1204 使用人部屋

 三階の使用人部屋に案内された柚葉は、真っ白な布団に感動してしまった。自分の指先よりもなめらかな触り心地を確かめて、震えてしまう。

 二段ベッドと細長い棚が二つ、左右対象に置かれた部屋は狭いものだと判断していいのだろう。だが、柚葉には十分すぎる大きさだ。隙間風や雨漏りばかりの納屋に比べたら、天国と言ってもいい。

 備え付けの棚に配置を考えながら荷物を詰めても、ものの五分で終わってしまった。仕事は明日からだと言われているので手持ち無沙汰だ。部屋の埃を探して歩いていた柚葉は、ひとつも見つけられないとため息をついた。

 窓辺に置かれたランタンの火を消そうとして、小さな光の行列に目がいく。

 街を灯すガス灯だ。辺鄙な場所だと思っていたが、そう離れていないらしい。光をひとつふたつと数えて、自分の姿が映っていることに気が付いた。

 野暮ったくはあるが、ほぼ左右対照な目も二つあり、折れ曲がっていない鼻もあり、裂けていない口もある。大きなしみや切り傷や火傷の痕も、歪に膨らんでいるわけでもない。

 町行く人と変わらない顔だと思っているが、周りの人にはそうとは見えないらしい。

 親や兄弟からは家を名乗るなと嫌悪されるほどだ。

 どうしてだと、医者に聞けば頭に問題があると言われ、学者に聞けば何を言ってるんだと馬鹿にされた。

 黒いガラスに映る左半分を手で隠す。遠くを見る姿を眺めて、隠していた部分をさらした。

 変わらない顔にかかる前髪が長くなっていることに気が付く。ふと、支配人の伸びすぎた前髪を思い出した。


「あの人も、名字、名乗らなかったな」


 何か特別な理由があるのか、ただ面倒だったのか。

 考えても仕様がない。頭を振った柚葉はランタンの火を消した。



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