二十九話 うつくしくなどないでしょう
夜会は、私に宛がわれている部屋がある棟とは反対の位置にある棟で開かれる。当然離れているので移動には時間がかかるが、今回は私が主役だ。多少遅れても構わない、どころか遅れて入った方が良いらしい。ちょっとよく分からないが、まぁそういうものだそうだ。
だから、素晴らしいオリビアの手腕も相まって時間には大分余裕がある……はずだったのだが。
私はいつにも増して動きにくい、しかしいつも通り白のドレス姿で小走りしていた。会場につくまではもう少しかかるが、訳は一瞬で説明できる。
オリビアが張り切りすぎた。この一言に尽きる。
どうやら私の優秀なメイドさんは人を着飾るのが大好きなようで、何度も何度も着せ替えられたのだ。髪型にもかなり拘っていらっしゃったので、今宵の私は恐らく過去最高の出来だと思われる。私のただでさえ少ない気力とたっぷりあったはずの時間は貴い犠牲となった。オリビアが楽しかったなら私はそれで良いです。
ようやく会場付近に辿り着くと、そこには第一王子殿下がいた。今日エスコートしてくれるのは彼なので、待っていてくれていたのだろう。遅くなってしまって申し訳ない。
「第一王子殿下」
「聖女、遅かったね。……聖女? 既に相当疲れているようだけれど」
こちらを振り向いて目を丸くする第一王子殿下に、私は口角を引き攣らせるようにして笑顔を作りながら問いかけた。
「準備に手間取りまして。あの、いつものドレスでは駄目だったんでしょうか」
「あぁ……メイドが頑張りすぎたみたいだね。普段のものでも構わないのだけど、せっかくの機会だからきみを飾り立てたかったのだろう」
言って、第一王子殿下は苦笑する。私が疲労を押して作っている表情とは比べるまでもなく綺麗だ。あのルヴィのお兄さんなのだから、当然顔も整っている。
だが残念なことに、私はそれに見惚れる感性を持ち合わせていなかった。
「そういうものですか。確かに楽しそうでした」
「だろうね。彼女はメイドたちの中で一番聖女に憧れていたからきみのメイドに選ばれたのだし」
「そんな選定基準が」
「人は好ましい相手の為なら尽くすものだろう? 勿論、優秀でなければまず候補にすら入らないけれどね」
どうやらオリビアは王城のメイドさんの中でも指折りの実力者らしい。そりゃあ仕事が早くて丁寧な訳だ。
「相性ばかりは会ってみなくては分からないから心配していたのだけど、問題ないようだね」
「えぇ、とっても良くしてくれていますよ。何より、私を好いてくれる理由がはっきりしているのが良いですね。これは他の方にも言えますが」
それが本当に気楽で良い。向けてくれる好意が嘘かもしれない、何かの謀りかもしれないなんて怯えなくて済むから。
自然に差し出された手を取りながら口にすれば、第一王子殿下の瞳が静かに細められた。
「どういう意味だい?」
「大抵の人は私が聖女だからという理由で好いてくれています。人を好く理由でこれ以上分かりやすいものはそうありませんよ」
「周囲はきみ自身ではなく『聖女』という立場を好いていると」
「そんな言い方をするつもりはありませんが、理由の大部分は私の立場とそこに重ねた幻想でしょう。私の中身のどこどこが好きだなんて言われるよりずっと安心できます」
だって私の中身のどこに好かれる要素があるというのだ。というか、外見にだって好かれる要素はない。つまり私に好かれる要素などない。
だから私がオリビアたちに良くしてもらえているのは聖女という立場のお陰だ。
「うーん、まぁ言いたいことは分からなくもないね。ただ親切にされてもその意図が分からないと警戒してしまうし」
「そうそう、それです。怖くなっちゃいます。その点、この世界の人たちは分かりやすいから大好きです」
「……ルヴィとはまた違った形で拗れているんだね」
第一王子殿下の言葉にこくこく頷くと、何故か困ったような哀れんでいるような顔をされた。なにゆえ。ルヴィのように捻くれているつもりはないのだが。
というか第一王子殿下も同調するようなことを言ったのだから、同じく拗らせている側なのでは。
私が問い詰めるより早く、第一王子殿下が歩き出した。手を繋いでいるような状態なので、私もそれにつられざるを得ない。
「それにしても、今日のきみは輪をかけて美しいね。ベールを被ってしまえばもう花嫁のようだよ」
「今思いっきり話逸らしましたね? ……まぁ良いですけど。今日はオリビアがとっても頑張ってくれましたから」
話題の変え方が強引すぎて、責める気も失せてしまった。これがいつも私の無理やりな方向転換に付き合わされるみんなの気持ちか。よく分かった。これからもこの手段を使っていこうと思います。
私の手を引きながら、第一王子殿下がくすりと笑う。
「勿論、彼女の腕もあるだろうけれどね。きみ自身が美しくなければ、この神々しさは決して出せなかっただろうさ」
「…………はぁ。褒めても何も出ませんよ」
あまり嬉しくない褒め言葉に、私はほとんど溜息のような相槌を打った。神々しいなんて言われても何にも嬉しくない。
そもそも美しいとか麗しいというのは第一王子殿下やルヴィのことを言うのだ。私には当て嵌まらない。そりゃ、オリビアが嬉々として準備をしてくれたのだから二目と見られないような出来ではないだろうけれど。
せっかく褒めたというのに喜びもせず微妙な顔の私を横目に見て、第一王子殿下が小首を傾げた。
「別にご機嫌取りだけで言っているわけではないよ?」
「ご機嫌取りもあるにはあるんですね」
胡散臭いくせに変なところで素直な人である。
「そりゃね。……見目を褒められるのは嫌い?」
「いえ、そういうわけでは。ピンと来ないだけです」
「なら良かった。夜会では嫌と言うほど称えられるだろうからね」
「うわぁ」
さらりと告げられた事実に、思わず唇をへの字に曲げてしまった。嫌いではないにしろ腑に落ちない言葉をいくつも重ねられるのはあまり楽しいことではないだろう。
気が重くなってきたかもしれない。
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