二十八話 よろめきよろめき支え合う

 ぱたぱたとルヴィに手を振りながら扉を閉めて振り返ると、オリビアが微妙な顔をしていた。


「オリビア、どうかしましたか?」

「聖女さまからお聞きしてはいましたが、本当に……」

「本当に、あの忌み子の第二王子殿下と私が親しくしているなんて思っていませんでした?」


 彼女が濁した言葉の先を引き取る。オリビアの肩がびくりと揺れた。


 分かりやすく狼狽する彼女が面白くて、私はくすりと笑う。その声に急かされたように、両手を胸の前でわたわたと振りながらオリビアが弁解した。


「いっ、いえそんな! ただ、あの、第二王子殿下があんな風に誰かと話していらっしゃるのを見たのが初めてで……!」

「つまり、いつもルヴィと楽しくお話をしているという私の話を丸きり信じていなかったということですね?」

「や、ちがっ、」


 私が意地悪なことばかり言うものだから、オリビアは可哀想なほど慌てている。


 ここでオリビアをからかっているのも楽しいが、いつまでもそうしているわけにはいかない。夜会の準備があるのだ。そろそろ切り上げないと。


「ふふ。ごめんなさい、冗談ですよ」

「せ、聖女さまぁ」


 情けなく眉を下げるオリビアに小さく舌を出して、一歩先に歩き出す。私と大して歩幅の変わらない彼女は、すぐに追いついてきた。


 私より少し背の高いオリビアが、腰を屈めて覗きこんでくる。


「あの、聖女さま」

「何でしょう?」


 躊躇いがちな呼びかけに、私は促すように小首を傾げた。いちど視線を泳がせ、それからオリビアは口を開く。


「聖女、さまは。第二王子殿下にあのように扱われて、気にしていらっしゃらないのですか?」

「あのように? あぁ、殴られたり割られたり千切られたりのことですか?」

「殴られたり割られたり千切られたり⁉」

「はい」


 こっくりと頷くと、オリビアがふらりとよろめいた。慌てて彼女の腕を捕まえて支える。


 流石に当代聖女が頭をかち割られたり顔を千切られたりするなんて情報は、衝撃が大きすぎたらしい。


「大丈夫ですかオリビア!」

「も、申し訳ありません……驚いてしまって……」

「そうですよねごめんなさい。何の気なしに言ってしまいました、日常過ぎて」

「日常過ぎて」


 またオリビアがよろめく。危ないので彼女の前に回って、幼子を導くように両手を取って歩くことにした。自然、後ろ歩きになるので今度は私が危なくなるが、まぁオリビアが見ていてくれるだろう。


 とりあえず、彼女の問いかけに答えようと思考を巡らせる。


「んー、そうですね。気にしてるか気にしてないかで言うと……まぁ別に気にしてないです。友人の関わり方の一つだと思っているので」

「そ、そうなのですか」


 オリビアの返事は鈍かった。多分、それは友人の関わり方ではないとか思われている。人と人の関わり方なんてそれぞれなので勘弁して欲しい。それに。


「私もルヴィも今まで友人がいなかったので、正解が分かっていないのですよ。私に至っては、たとえ正解でなかったとしても構わないと思っています」

「それは何故」

「彼の友人として楽しく過ごせるのが嬉しいからです。そりゃ、本気で殴られるとかは嫌ですけど、ルヴィはそんなことしませんし」


 満面の笑みで言うと、オリビアが困った顔をした。


「どうしてそんなことを言い切れるのですか?」

「彼は優しい人ですから」


 オリビアの足が止まる。彼女を引っ張っていた私もつられてがくんと立ち止まった。つんのめって、数歩オリビアの方に近づいてしまう。


「おっとっと」

「も、申し訳ありません聖女さま。あの、もう手を離していただいても大丈夫です」

「本当に大丈夫ですか? なら離しますけれど」


 言われるがままに手を離し、彼女の横に並ぶ。握っていた体温が無くなって少し寒くなってしまった。誤魔化すように後ろ手を組む。


「以前も言いましたが、彼は忌み子です。あなたが忌み嫌うのは仕方のないこと」

「聖女さま……」

「でも、ごめんね。我が儘を言います」


 目を伏せたオリビアが、続けた言葉に顔を上げた。


「少しだけ、ほんの少しだけで良いです。『忌み子の第二王子殿下』ではなく『ルヴィ・ゼーレリア』のことを見てあげてくれませんか?」


 ただ真っ直ぐに、彼女の黄色い花を敷き詰めた瞳を、潰した花色の瞳で見詰める。

 オリビアは視線を逸らさなかった。惑うように数度だけ瞬きを繰り返す。そして、決意するように瞼を下ろし、目を開いた。


「……聖女さまのお言葉とあらば」

「そんなに畏まらなくても。これは命令などではなくお願いですし。無理強いするつもりはありませんよ」


 言いながらまた歩き出す。私の部屋まであと少しだ。


「わたしはこのゼーレリアで生まれ、育ちました。ですので聖女さまがおっしゃったからといって、簡単に彼への恐怖を拭うことは出来ません」


 辿り着いた部屋の前に立ったオリビアが、招き入れるように扉を開けてくれる。


「──けれど、頑なに拒み続けるのも、誤りなのではないかと。そう、思ったのです」

「オ、リビアっ!」

「きゃっ、聖女さま!」


 彼女の出してくれた答えが嬉しくて、私は堪らず飛びついた。よろめいたオリビアと一緒に部屋の中に入る。


「もう、聖女さま! いきなり飛びついてこられては危ないですよ」

「オリビアオリビアオリビア! えへへ、とっても嬉しいです! あなたが私のメイドで良かった!」

「まぁ……! っそ、そんなことを言っても誤魔化されませんよ!」


 嬉しそうに瞳を煌めかせたオリビアだったが、すぐにぶんぶんと首を振ると、開けっぱなしだった扉を閉めた。


「さ、早くお支度を始めましょう。夜会に間に合わなくなってしまいます」

「はあいオリビア。よろしくお願いします!」


 ご機嫌に言うと、オリビアは仕方なさそうに微笑んでくれた。

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