二十六話 隠せるのならやくそくを

 めげずに何度か神落としを繰り返すも、見事に全戦全敗した私はすっかり拗ねて窓から外を眺めていた。


 王城の敷地は広いので、王都の様子はほとんど見えない。だというのに、どこか浮き立っているような雰囲気が伝わってくるのはルヴィにお祭りがあると聞いたからだろうか。


 少し広く取られた窓枠に頬杖をついていると、まだ神落としの盤を前に座って本を読んでいたルヴィが声をかけてきた。


「祭り、行きたいのか?」

「ん、そうですねぇ。行ったことがないので興味はあります。でもいま私が外を見ていたのは拗ねているからです」

「拗ねているのは知っている。その上で言うが、お前が弱いのが悪い」

「ルヴィが強いのが悪いと思います」


 意見がぶつかったので睨み合ってみる。ちなみに、ルヴィは強いし私は弱いというのが真相だ。つまりどちらも間違っていない。


 溜息を吐きながら本を閉じたルヴィが私の隣に並ぶ。ふわりと甘辛い匂いがした。


「今は準備の真っ最中だが、瘴気の浄化が終わって帰ってきた頃には始まっているだろう。戻ってきて疲労が抜けたら出かけるか?」

「えっ」


 思ってもみなかった言葉に、私は弾かれたように彼を見上げる。二色の瞳が嫌そうに細められた。


「何だ」

「そんなこと言うなんて、どうかしちゃったんですかっだだだだ!」

「瘴気祓いに向かうのは初めてなのだから必要以上に体力を消耗するだろうし、羽根休めの時間くらいは必要だと思っただけだ。兄上も言っていただろう、聖女に無理をさせるわけにはいかないんだ」


 何の躊躇いもなく私の顔面を鷲掴みにしながら平然と話さないで欲しい。一応私がその無理をさせてはいけない聖女なのだが。それとも無理をさせることだけが駄目で、握力で顔を半分にしたりするのはいいのだろうか。今すぐ判断基準を見直していただきたい。


 解放された顔を撫でながら唇を尖らせる。


「別にちょっとくらいなら無理しても平気ですけど」

「はいそうですかと引き下がるとでも?」

「思いません」


 圧のこもった声音に、私はふるふると首を振った。ルヴィは満足そうに腕を組む。


「ならそういうことだ。そもそも俺は誘拐被害者でしかない聖女にこの国の問題を押しつけるのが嫌なんだ。せめても気を配るのは当たり前だろう」

「その割に私の扱い結構雑な気がするんですが、そこのところどうでしょうか」


 主に頭をかち割ろうとしたりとか顔を潰そうとしたりとか。頬を千切ろうとしてきたこともあった。千切っても食べられないのに。


 別にそこまで切実でもない訴えは、鼻を鳴らす仕草であっさりと退けられた。


「それは聖女に対してではなく友人に対しての態度となる。つまり話が別だ」

「わー、嬉しいけど嬉しくない」


 友人としての特別扱いは嬉しいが、痛いのが好きなわけではないので特別扱いの内容が嬉しくない。複雑である。


「そもそも俺に頭だの顔だのを狙われるようなことをしなければいいだけの話だろう」

「努力はしてみますけども。ところで、私が一緒にお祭り行きたいって言ったらルヴィついてきてくれますか?」

「は?」


 さっきまで何とも興味なさそうに私を見下ろしていたルヴィが、目を見開いた。特に気にせず、話を続ける。


「お祭りってお友達と回るものなんでしょう。だったら私、ルヴィと行きたいです」

「あ、のな。忌み子の俺が祭りに参加したら民衆を怯えさせることになる。その程度のことも分からないのかお前は」

「なら隠せば良いじゃないですか。帽子とか深めに被ればバレないのでは。というか、体の一部の色を変えるみたいな神術とか神具ないんですか?」

「ないことはないが」


 見張られていた色違いの目がゆるゆると細くなり、眉間には皺が刻み込まれた。嫌そうというより、考えているような表情だ。


 あぁやっぱり。人避けが出来る神具があるのなら、何かの色を変える神具くらいあってもおかしくはないと思っていたのだ。


「じゃあそれ使いましょうよ。どうせルヴィのことだからあんまりみんなの前に出て姿晒したりとかしてないでしょう。目の色さえ違えば大丈夫ですよ」

「……お前は」


 ルヴィが何か言いかけて止まる。ますます眉間の皺を深くしながら視線を彷徨わせ、それから言葉の代わりに深い溜息を零した。


「ったぁ⁉ な、何で今おでこ弾いたんですか⁉」

「うるさい」

「理不尽! というかルヴィ、今まで思いつかなかったんですか? 頭良いのに」


 じんじんする額を押さえて問いかける。ルヴィは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「忌み子であるという事実が当然のものになりすぎていて、隠すという発想がなかった」

「あー」


 納得して遠い目になる。


 私と違って生まれたその時から忌み子として扱われてきた彼だ。もう忌み子ということが自分を構成する大きな一要素になっているのだろう。


「それで、ルヴィ。これであなたの懸念はなくなったはずですが、一緒にお祭り行ってくれますか?」

「………………気が向いたらな」


 素っ気なく答えて、ルヴィはそっぽを向いてしまった。


 思った通りの答えだが、思っていたよりも悩んでくれたのでもしかしたら一緒に行ってくれるかもしれない。


 もしそうなったら嬉しいなぁ、なんて思いながら私はにっこりと笑った。

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