二十四話 ころころ手のひらのうえ

 緩く組んだ手の上に顎を載せていた第一王子殿下は、背筋を伸ばすとにこやかに口を開いた。


「いきなり呼びつけてしまってすまなかったね。今日はきみたちに大事な話があるんだ」

「大事な話、ですか」

「あぁ。聖女の役目の中に、浄化が含まれるのは知っているね?」


 さっきルヴィが言っていたことが頭を過ぎって一瞬身構えてしまったが、どうやら彼の用件は聖女のお役目についてだったらしい。ホッとした。


「えぇ、はい。初日にざっくりと聞きましたし、神官長からも教わりました。各地に発生している瘴気を祓うんですよね?」


 瘴気というのは、ゼーレリアで時々発生する毒のようなものだ。人や動物、植物などの全てに影響を及ぼし、時には命や自我を奪ってしまうこともあるのだとか。


 通常ならば浄化の力を持った神術使いが祓えば事足りる程度の量しか生まれない。が、数十年から百年に一度、あるいは更に長い間隔でただの神術使いでは浄化が追いつかないほどの瘴気が生じる。それに合わせて強大な浄化の力を持つ聖女が異世界から召喚されるのだとか。


「うん。そろそろきみもゼーレリアに慣れた頃だろうし、そちらの仕事も始めてもらおうと思って」

「分かりました。けど、どうして今なんですか? もっと早く動いた方が良かったんじゃ」


 首を傾げると、第一王子殿下はゆったりと頷いた。


「勿論、事態の収束は早い方が望ましい。だけど異界から喚び出した聖女に無理をさせるのはよろしくないからね。先代の聖女がこれ以上無いほど明確に示してくれている」


 彼の重たい声に、腕を組んだルヴィが不機嫌そうに顔を顰める。


「……おい、兄上。聖女にその話をするのが目的なら、何故俺まで呼んだ? まさかとは思うが」

「ふふ、ルヴィは本当に聡い子だね」

「ルヴィ? なに怒ってるんですか?」


 微笑みと顰めっ面という正反対の表情でありながら、兄弟たちはお互いの言いたいことが分かっているようだ。ちなみに私にはさっぱり分からない。一瞬、先代聖女の話が出たからそれが気に障ってるのかなとも思ったが、そういうわけでもなさそうだ。


 こちらを一瞥したルヴィは、八つ当たりのように私を睨んでからそっぽを向いた。代わりに、第一王子殿下が答えてくれる。


「瘴気祓いにはルヴィにもついていってもらおうと思うんだ。瘴気が発生している付近では動物が凶暴化していたりして危ないからね。今のところ自分の身を守る術がない聖女と、数人の神官だけで行かせるのは少し不安だ」

「神術を使える神官たちがいるのなら問題ないだろう。嫌がらせか? どうせ同行させるのは護衛もある程度こなせる連中のくせに」

「当代随一の実力を持つルヴィがいてくれたら何より安心じゃないか」


 有無を言わせぬ口調の第一王子殿下に、ルヴィは口を噤んだ。


『当代随一の実力者』という言葉にルヴィは弱い。別に調子に乗ってしまうとか褒められ慣れていないからつい相手の意のままになってしまうとかではない。単にそれが事実であるからこそ果たすべき責任や自分のやれることに思考が向いてしまうらしい。ゼーレリア国の第二王子殿下は意外と真面目なのである。


 それはそうと、私はルヴィと出かけられるのが嬉しくて両手を挙げた。


「わーいわーいルヴィも一緒に行けるんですね!」

「おい待て勝手に決めるな」


 しっかり噛みつかれた。喜んだだけなのに。ついでに頭に拳を見舞われた。痛い。


「ルヴィは私と一緒に行くの嫌ですか? ルヴィが本気で嫌なら無理強いしたりはしませんけれど……」

「っそ、そうは言っていないだろう」


 じんじんする頭を押さえた私に上目遣いで見つめられたルヴィが、肩を揺らして分かりやすく戸惑う。彼は優しいので悲しそうな顔と声で引き下がろうとすると、なんやかんやと言うことを聞いてくれるのだ。あと単純に初めて出来た友達だからなのか私に甘い。


 尚も私がじっとルヴィを見つめていると、第一王子殿下が楽しそうに笑った。


「あははは、ルヴィも聖女には勝てないんだね。今度からお前に言うことを聞いてほしいときは彼女から話を通してもらおうかな」

「やめろ、いらんことを思いつくな」

「僕にとってはいらないことじゃないしなぁ。話を戻すけど、お前にとっても無益なことじゃないと思うよ? 聖女が瘴気を祓う光景を自分の目で見るのはお前の研究に役立つんじゃない」


 心底嫌そうに顔を歪めたルヴィは数十秒ほど固まった後、深い深いため息を吐いた。


「………………あーもう。分かった分かった。行けば良いんだろう行けば」

「そうそう、行けば良いんだよ行けば」


 弟の答えに、第一王子殿下は満足そうに頷いた。さっき言うことを聞いてほしかったら云々と言っていたが、正直私なんか関係なくこの人は自分の要望を通せそうな気がする。


 今度は半眼で第一王子殿下の方を見る。目が合うと、ルヴィとは違ってにこりと微笑みかけてくれた。


「じゃあ決まりだね。出発はもう少し先になるけど、それぞれ準備しておいて」

「はあい」

「はいはい、分かりましたよお兄様」


 適当な返事のルヴィをちらりと見上げると、物凄く不機嫌そうに睨みつけられた。


◇◇◇

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