二十二話 鏡はすきじゃない
「と、いうわけでルヴィとお友達になれました! 思っていたよりも早かったです」
その夜、昨日と同じように擦った揉んだしながら湯浴みを終えた私は、鏡台の前に座ってにっこりとそう言った。
私の髪を梳いてくれていたオリビアは、何の反応も示さない。いや、完全な無反応というわけではない。先程まで私の話を聞きながらもずっと動き続けていた手が止まっているし、適度に打たれていた相槌もなくなってしまっている。反応が無くなるという反応があった。
いきなり「友達になった」とだけ口にしたわけではないから、私が何の切欠もなく突拍子も無いことを言い出したと思われているわけではないはずだ。経緯を語る中で言うべきでないこと──つまりは私が忌み子であるとかそういうことは話していないので、ルヴィの態度の変わりっぷりに謎を感じているのだろうか。
自分なりの結論を出して、私はとりあえず振り向いてみる。目の前の鏡越しに確認しても良かったのだが、自分の瞳を見たくなかったのでやめた。オリビアに世話を焼いてもらっている間も見ずに済むように目を逸らしていたのだから、継続しよう。
「オリビア?」
「っあ、申し訳ありません聖女さま! 少し、その、驚いてしまって」
「謝られるようなことは何もありませんよ。どうかしたのかと思っただけです。話が繋がらなくて戸惑わせてしまいましたか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ……」
言葉を濁したオリビアは、気まずげに視線を落とした。居心地悪そうにする彼女に、私は小首を傾げる。
「どうしても言いたくないのであれば強制はしませんけれど。良かったら聞かせてもらえませんか?」
「……っそ、その。第二、王子殿下は」
意を決したようにオリビアが口を開き、しかしすぐその声は途切れてしまった。そこまでさせて、ようやく私は彼女が言わんとすることに気が付いた。
そうだ、ルヴィって忌み子だ。忘れていたわけでは無いけど忘れていた。
私が察したことを察したらしいオリビアの顔が青くなる。
「も、申し訳ありません聖女さまっ」
「いいえ、オリビア。忌み子を忌避するのは人々の当然の反応ですよ」
そう、忌み子は忌み嫌われるから忌み子と呼ばれるのだ。人と異なるものを持っている全てに忌み子という呼称がついて回るわけではない。それを禁忌と定め、遠ざけようとするものがあってこそ忌み子は忌み子となる。
だからオリビアの反応は正常で、私は特に悲しみも怒りも感じなかった。だって私もルヴィも、そういうものなのだ。今更変えようとは思わないし、変えられるとも思わない。諦念を感じるだけだ。
……ただ、オリビアが丁重に扱ってくれる『当代聖女』も『第二王子殿下』と同じ存在であると知ってしまったそのとき、彼女はどんな顔をするのかと。それだけが僅かに引っ掛かった。
少しざらつく心を意図的に無視して、私はオリビアへと笑いかける。
「聖女である私が彼と親しくすることに不安を覚えることも無理はありません。あ、でも安心してくださいねオリビア。神官長から許可はいただいています」
「し、神官長から許可を?」
「えぇ。ルヴィは当代随一の神術の使い手なので反聖女派が私に近づこうとしても確実に守れるだろうと」
「それは、確かに……」
納得したようにオリビアが小さく呟いた。聞き返されなかった辺りを見るに、彼女も反聖女派のことを知っているらしい。王城や神殿に勤める人たちは大体知っているのだろうか。
「聖女さまの癒やしと浄化の力は国一番ですが、神術は使えませんものね……」
「はい、残念です。私も使いたかった。そういえばオリビアはどうなんです? 神術使えます?」
「滅相もありません。神術を扱えるのは一部の才ある方々のみですから」
緩く首を振ったオリビアが「さ、聖女さま。前を向いてくださいませ」と私を促した。どうやら一応は衝撃から立ち直れたようだ。良かった良かった。
言われるがままに前をむき直すと、濃い桃色の瞳と目が合う。うっかりしていた。思わず眉を顰めてしまう。
「聖女さま?」
「いいえ、何もありません」
訝しげに首を傾けたオリビアに、私はにこりと笑った。鏡の中で、韓紅も細くなる。それが嫌で嫌で、私は目を背けた。
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