十九話 ひとよけ忌み子、私もおなじ
そうやって楽しくお喋りしている間にも、神殿から王城へ、王城から神殿へと足早に行き来する人が何人かいた。急いでいるようなのに、全員示し合わせたかのようにわざわざ私たちを大きく避けていく。何か結界でも張られているのかと疑ってしまいそうだ。
私と目が合って会釈してくれる人はいるものの、ルヴィ殿下に会釈する人はいない。まず彼自身が通り過ぎる彼らのことを認識していないような態度を取っているし、通り過ぎる彼らの方もルヴィ殿下をなるべく意識しないようにしているようだった。
ちょうど会釈してくれた神官さんに会釈を返してから、私は首を傾げる。
「ルヴィ殿下、王城と神殿って関係微妙なんですよね?」
「それはそうだが、聖女たるお前がそういったことを堂々と口にするな。公然の秘密と言うものを知らないのか」
「異世界から来たもので」
「そう言えば何でも見逃してもらえると思ったら大間違いだぞ。……それで?」
「いえ、そんな関係の割に行き交う人が多いなとおもって」
呆れながらも促してくれたルヴィ殿下に甘えて、疑問を発する。思い返してみれば、神官ではなさそうな人が神殿にいたし、明らかに神官な人が王城にいたりした。
まぁ仲が微妙なことなんて仕事には関係がないと言われてしまえばそれまでの話なのだが。それぞれの組織の力関係に目を配りながら働くのは非常に気疲れしそうだ。
「お前が召喚されたからな」
「私のせいです?」
「あぁ」
力強く頷かれた。やっぱりもう少しこう、手心とかはないのだろうか。
色違いの瞳で私をちらりと見下ろして、ルヴィ殿下が続ける。
「聖女召喚は言うまでもなく国の一大イベントだからな。それに伴って普段は手を取り合いたがらない王城と神殿も、いつも以上のやり取りをする必要があるんだ」
「大変ですねぇ」
「本当にな。気にする人間などいるのかと問いたくなる程細かいところにまで気を配り、問答を繰り返さないと洒落にならない事態に陥ったりもするし」
「やだ怖い」
分かってはいたが、この国における聖女の存在が重すぎる。国を救わせるために聖女を喚び出したくせに、国の二大勢力間で洒落にならない事態を引き起こしかけないでください。
「でもそう考えると逆に人の行き来少なくないですか」
「俺がいるからな」
「俺がいるからな?」
ごく自然に発された言葉を、私は繰り返す。
いくらルヴィ殿下が忌み子だからって、お仕事でめちゃくちゃ忙しいときにまで気にしますかね? 根が深すぎませんか。というか別に、ルヴィ殿下の姿を見て回れ右する人はいないんですけれども。ルヴィ殿下を見て一瞬硬直することはあれど、みんなそのまま突っ切っていく。
ふん、とルヴィ殿下が鼻を鳴らした。
「ある程度人避けをしているんだ」
「王子特権ですか? こんな忙しい時に権力振り翳すのはいかがなものかと」
「誰がそんなことをするか、この阿呆が」
違うらしい。しっかりと睨まれてしまった。
溜息を吐いたルヴィ殿下のしなやかな指が、彼の左耳の方に伸びる。そのまま艶やかな茶髪が耳にかけられると、青いクリスタルのようなピアスが露わになった。日の光を浴びて主張しすぎない程度に煌めくその中には、よく見れば液体が入っている。
「このピアスに軽い人避けの神術がかけられているんだ。ちなみに、こういう神術が込められた物を神具と言う。神力を持たない人間でも、神術と同じような現象を引き起こせるようにと開発された」
「うわお便利。ん、もしかして私たちがここにいるのってあんまり良くない?」
「そうだな。私たちというか俺がだが。……余談になるが、ここは王城と神殿を繋ぐ一番の近道になる」
「早く離れましょう⁉」
私たちがいるせいで連絡が滞ったりしたら困る! 洒落にならない事態が起きかねない!
思わず悲鳴じみた声を上げて、私はルヴィ殿下の背中をぐいぐい押す。火事場の馬鹿力だろうか、筋力気力体力が平均以下な上、くたくたな私でもルヴィ殿下の足を動かすことに成功した。
「おい押すな。歩き辛い。というか自分で歩ける」
「でもだって早く離れないと!」
「それくらいお前に言われずとも分かっている。というかお前がいちいち付き纏ってくるから足を止めていただけだ。俺はお前の力の程を聞いたらとっとと王城に戻るつもりだった」
「私のせいですか」
「あぁそうだ」
ひどい、何でもかんでも私のせいだ。いや事実なのだけれども。
わあわあ言い合いながらもルヴィ殿下の背中を押し続ける。途中まで渋々といった感じで歩いてくれていたルヴィ殿下だったが、途中で身を躱されてしまった。危うく転びかけたが、その前に彼が腕を掴んで助けてくれる。
「ありがとうございます」
「いやお前俺のせいで転びかけたんだけどな」
「それはそうですけど。ところで、何にも考えずに押していましたけどどこか行きたいところとかあります? どこでもお付き合いしますよ」
「ついてくるのは前提か。やめろ鬱陶しい。いい加減離れろ」
「え、嫌です」
「何の淀みもなく言い切りやがって」
ルヴィ殿下の手が、私の腕からパッと離れる。離れた手はそのまま苛立たし気に彼の前髪をかき上げた。
「何故こうも俺に執着する? もっと簡単に親しくなれる相手など、忌み子ならぬお前にならいくらでもいるだろう。兄上、はお勧めしないが、メイドや庭師、それに神官たちもいる」
「私はルヴィ殿下がいいんですよ」
「……だから、それが何故だと聞いている」
しれっと自分の兄を私の友人候補から外したルヴィ殿下に、さらりと言い返す。呆気に取られたように目を見開いた彼は、すぐさま顔を歪めた。
私は殊更親し気に見えるように微笑む。
「あなたと私が似ているからです」
「…………はぁ?」
ルヴィ殿下の表情が、一瞬にして憤怒と嫌悪に染まった。
気が弱い人なら泣き出してしまいかねないほどに鋭い眼光が私を射抜く。ただ、残念なことに私はこの反応を予想していた上にそこまで気が弱くないので動じなかった。立場が逆なら、きっと私だって彼を射殺さんばかりに睨みつけている。忌み子でないはずの存在に、忌み子である自分と似ているだなんて
少ないながらもこの道を行き交っていた人が、ふと途切れた。
ルヴィ殿下が次の行動を起こす前に口を開く。
「私も、忌み子なんですよ。あなたと同じで」
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