十八話 神様はざんし、ほしいは神術
「──さて、ルヴィ殿下。そんなお父さん代わりな神官長を安心させるため、私とお友達になりましょう!」
「どう舵を取ればそういう話になるんだ。燃やすぞ」
「燃やすぞ⁉ 火の気なんかどこにもないのにどうやっ……あっ凄い、炎だぁ」
罵倒よりも暴力性の高い言葉に、私は素っ頓狂な声を上げた。そしてその素っ頓狂な声は尻すぼみになる。
目の前の人が『こうする』と言わんばかりに突然掌の上に炎を灯せば、誰だってそうなると思うのだ。真っ赤な炎はこちらにまで熱を伝えてくるのに、ルヴィ殿下を焦がすことはなかった。
「ルヴィ殿下って手品得意なんですか?」
「阿呆。ディークに教えられていないのか? 聖女にゼーレリアの基礎的な知識を身に着けさせるのも神官長の仕事のはずだが」
呆れ顔のルヴィ殿下がひらりと手を振る。炎は幻のように消え失せ、感じていた熱もなくなった。
手品でなければ魔法だとしか思えないし、魔法でもないというのならそれは。
「あー。神術、でしたっけ。神力と呼ばれる力を持って生まれた人が使うことが出来るという」
「あぁそうだ」
神術。
それはこの世界における魔法、のようなもの。結界を張ったり身体能力を強化したり風を巻き起こしたり傷を癒したり何かを浄化したり、炎を起こしたり。普通の人間ならば出来ないことを可能にする能力だ。
攻撃が得意な火系や癒術等の補助が得意な水系などいくつか系統があって、自分が得意とするもの以外は子供のお遊び程度のことしか出来ないらしい。ルヴィ殿下はたぶん火系。……炎使ってたからってだけじゃないですよ?
使用するためには神力という力が備わっている必要があり、その神力を消費することで神術を行使することが出来る。ちなみに神力が後天的に宿ることはまずないそうだ。ついでに私は当然ながら神力を持っていないので神術は使えない。残念。
「そういえば神官長が『当代随一の実力者』ってルヴィ殿下を称してましたけど、それってもしかして」
「俺の神術を指しての言だ。神力量とその扱いで誰かに負けるつもりはない」
「へぇ、そうなんですか。ルヴィ殿下凄いんですねぇ」
「神から賜りし奇跡である神術の申し子が忌み子だなんて、どんな皮肉だろうな」
そう言って、ルヴィ殿下はつまらなさそうに鼻を鳴らした。全く、本当に捻くれた人である。
「なんか、最奥部と聖女の部屋を守ってるのも神術なんでしたよね」
「そうだな。特定の人間以外がその場を認識できなくなる結界が張られている。認識できる者でも許可なく踏み入ろうとすればただちに弾かれ、罰を受ける」
「罰とは」
「魂を抜かれるとか呪われるとか何とか。……まぁ実際は術者に報告が行き、尚且つその結界で囲われた空間に触れた部位が爛れる程度だそうだ」
「程度とは」
うっかり落とした何かがその結界内に入ってしまったらどうするのだろう。腕が爛れるのを覚悟で取りに行くなんてことはないだろうから、大人しく諦めるのだろうか。
私は思わず溜息を吐いた。
「そこまで一生懸命守る必要もないと思うんですがねぇ。神様の残滓なんかより、命が健やかである方が大切でしょうに」
「阿呆が。もし万が一侵入者に神樹や聖女の部屋を害されたらどうするんだ」
「んん、それはそうなんですけどね」
鈍く返事をしながら腕を組んで首を傾げる。理屈は分かるし、たとえ残滓であっても神様は神様だ。損なえば何が起こるか予測がつかない。そこまで理解していても、納得は出来なかった。これは多分、私が神様好きじゃないからなのだろうとは思う。つまりただの意地というか子供の駄々というか、そんな感じのものだ。
うーむ、と唸っているとルヴィ殿下の視線が鋭くなった。
「それよりお前、神の残滓とは何だ。俺は気にしないが、ここは神殿の傍。いくら聖女であっても聞き咎められかねんぞ」
「あ、そうですね。気を付けます」
残滓は残滓だから残滓なのだが、まさかそれをゼーレリアで生まれ育った彼に伝えるわけにもいかない。
さらっと謝るだけに留めておいて、話をくるりと変える。
「というか、聖女の部屋なのに実際の聖女は王城で生活してるのおかしくないですか? 私、今日教えてもらうまで、聖女が寝起きする場所は神殿にはないんだと思ってましたよ」
「そこらへんは政治的な事情だ。あと、とある代の聖女がその部屋で暗殺者に襲われた」
「そりゃ使われなくなりますね……あれ、結界は」
「当時はなかった」
「成程。にしても良いですよね神術。私も使いたかったです」
私もルヴィ殿下みたいに炎出したかった。何より身体能力の強化をしたかった。切実に。筋力気力体力その全てが平均値以下の私なので、実はもう既にくたくたなのである。人と言葉を交わせる嬉しさが上回っている内はいいけど、気が抜けたら座り込んでしまうんじゃなかろうか。
そんな風に羨ましがっていると鼻で笑われた。
「歴代最優の力を持っていながら神術まで欲しがるなど、強欲な聖女サマだ」
「いいですかルヴィ殿下。聖女はずば抜けた癒しと浄化の力を持つそうですが、神術のように身体能力を強化することは出来ないんです。分かりましたか、分かりますかルヴィ殿下」
「そんなに真剣な顔をしたお前を俺は初めて見た。分かったから迫ってくるな鬱陶しい」
分かってくれたらしいので、とりあえず真顔で迫るのはやめる。その場凌ぎで言っただけに思えるが、まぁその言葉を彼が発したという事実が大事なのだ。ルヴィ殿下を追いかければ神術が使えるようになるわけでもあるまいし。
神術を使うことは一旦諦めてまた溜息を吐く。
「そもそも癒しと浄化の力を持っていても、自分には使えないのでしょう? 不便すぎませんか」
「聖女は神の代理人だからな。神にとって癒しと浄化とは、自身に使うものではなく人間に施すもの。なれば聖女が自身に使えないのも道理だ。それはそれとして不便すぎるという点については賛同する」
「え、賛同してくれるんですか。もっと嫌味とか言われるかと思いました」
「この国にとって欠けてはならない存在が、この国最高の癒術を受けられないことを不便以外にどう表現すればいいんだ? あとお前は俺のことを何だと思っている」
凄い皮肉屋さん。
……とは流石に言えないので、笑って誤魔化すことにした。
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