第9話 アンタと勝負よ!

 主人公が負けた。

 勝つはずのイベントだったのに。


 なぜだ。なぜ、本気を出さない。

 俺は混乱していた。


 バトルフィールドが収束する。

 アバターが消えて、二人が元の生身に戻った。


「いやー。強ぇ、強ぇ。俺の負けだ。じゃ、お疲れさん」


 大和はケロッとした雰囲気で、立ち上がると立ち去ろうとした。

 だが、エリーゼは怒った。


「ふざけないで! アンタ、手加減したでしょ!」


 そうだ。彼女の言う通り、あの避けられない攻撃を避ける手段を彼は持っている。

 なのになぜそれを使わなかった。


 俺も彼に駆け寄って叫んだ。


「そうだぞ! 龍胆!! お前、今の避けられただろ!」


 大和は鬱陶しそうに耳穴をほじる。


「うるせぇな。戦ってやったんだからそれで良いだろ。ドンパチしたいならお前らでやれ。俺はもうそういうのご免なんだよ」


 これはマズイ。

 この勝負は戦闘パートのチュートリアルなのだ。


 しかもこの先のシナリオのため、主人公が主人公たる所以を見せつける場面でもあった。


 つまりゲームでは、シナリオとシステムのおかげで負けようがなかったのだ。

 でもこの世界は現実だ。


 プレイヤーが介在しないと、彼がここまで消極的とは思わなかった。


「じゃあな。もう俺に関わるな」


 大和は「言いたいことはそれだけだ」と言わんばかり、さっさと立ち去る。

 彼の友人の薫瑠が、悲しそうな顔をして、それを見ていた。


 クソッ。本当にマズイ。

 俺が死ぬとかそういう問題じゃなくて、この先起こる事件を考えると、学園のみんなが死ぬし、最悪人類が滅ぶ。


 俺が代わりになる?

 いや、絶対にそれは無理だ。

 彼の『龍属性』がないとこの先、本当に詰む。


「アンタ。随分、悔しそうね」


 焦っていた俺の様子を見て、どう受け取ったのか。

 エリーゼが話しかけてきた。


「そういえば、アンタずーっと私に張り付いていたわよね。私と勝負したいんでしょ」


「い、いやそれは」


 イベントのためだったなんて言えるわけがない。


「私、不完全燃焼なの。この火照りと苛立ちを解消するために、アンタと勝負よ!」


 獰猛な笑みでワッペンを叩きつけてきた。

 ヒロインの矛先がこっちに向いた。


「っ…………!」


 俺は息をのむ。

 面倒なことになった。


 これ、俺が戦っても負けるんだよなぁ。

 シナリオではチュートリアルのイベント後、桜雅さんはエリーゼに挑んで負ける。


 だから、たぶん今戦っても負ける。

 彼女のフラストレーション解消にはならないだろう。


 どうする?

 クリキチがズイっと前に出た。


「おうおうおう! 桜雅さんはお姫様なんて興味ないんっすよ。だから勝負なんて受けないっすよ!」


 う~ん三下ムーブ。

 たぶん彼女は俺が勝てると思ってる。

 勝てばお姫様と婚約だ。


 つまり俺を取られるので、嫉妬で威嚇しているなコレ。

 可愛い。


「へぇ。じゃあ、アンタと戦っても良いわよ?」


 エリーゼは歯むき出し、目に殺気を乗せてニィっと笑う。

 エリーゼ名物。ヒロインがしちゃいけない、オリジナル笑顔。


 ビリビリと魔力の波動が吹き荒れる。

 相当ご立腹のようだ。


「ひぅっ。そ、そんな怖い顔したって、引き受けないっすよ!」


 クリキチはビビって俺の後ろに隠れた。

 可愛い。


 いや、ほっこりしてる場合じゃない。

 ここは桜雅さんの性格なら「戦う」一択だろうな。


「良いぜ。俺もお前たちの戦いを見て、滾ってたところだ。お前を屈服させて理解わからせてやる!」


 俺はワッペンを引きちぎって叩きつけた。


 焦りと戸惑いはあるが、実は主人公たちの戦いを見て、ちょっと俺も戦ってみたくなった。

 いつだって桜雅さんは、目の前の事を楽しむ。


 ならば俺も学ストのヒロインとバトってみようじゃねぇか!

 細かい事は後で考えるぜ!


 俺とエリーゼは腕の端末を操作する。


『デュエルモード! ルールチェック・ソウルバトル! フィールドチェック・スタンダード! マジックテリトリー・オープン!』


 バトルフィールドが展開して俺たちは飲み込まれる。


『デュエルアバター・スタンバイ!』


 俺とエリーゼの戦闘人形が出現。


『ボディ・アウト。ソウル・イン!』


 肉体が別空間に沈んで、魂がアバターに入る。


 この感覚、初めてだけど面白いな。

 ぬるっと出て、するっと入る感じだ。


 ていうかさっきからテンション上がりまくってる。

 俺は今、本当に学ストの魔法決闘をしようとしてるのだ。


 絶対に負ける戦いだが、彼女が満足するまでバトろうじゃないか。


「簡単にやられないでよね!」


 エリーゼは火炎の剣を顕現させる。


「それはこっちのセリフだ。お前の全てを喰ってやるぜ」


 俺は鬼咲桜雅と心が一致したような感覚を持った。


 拳を打ち鳴らし、足を踏み鳴らす。

 出現したのは俺の武器。


 籠手と具足。

 鬼咲桜雅のバトルスタイルは徒手空拳だ。


 使っている武器は市販品だが、使い込まれていて良く馴染む。

 審判精霊が出現した。


『プレイヤースタンバイ!!』


 アナウンスと共に俺たちは構える。

 俺の心臓の高鳴りが聞こえる。


 アドレナリンが駆け巡って、自然と凶悪な笑みが浮かぶ。

 エリーゼも同じような顔をしていた。


『マジックバトル! レディィィィィィ・ゴォォォ!!』


 審判精霊が宣言。


「うおおおおおお! やってやるぜ!!!」


 俺は雄たけびを上げて、エリーゼに突貫するのだった。


-----------------------------------------

次回、鬼咲桜雅の強さが分かります。


読んでいただき、ありがとうございます。

よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る