第2話 鬼咲桜雅という男

 ローションで足を滑らせて死んだら、エロゲー世界に転生していた。

 それもまさかの悪役キャラクターである。


「マジかよ。どーすんだこれ」


 駆け込んだ校舎のトイレで俺は独り言ちる。


 整った顔立ち。短く切った赤髪。鋭い眼光。頬に十字傷。

 体格は大きくガッシリとしていて、野獣を思わせる強そうな男。


 鏡に映っているのは間違いなく、あの『学スト』すなわち『魔法使いの学園青春ストライヴ!!』のキャラクター「鬼咲きざき桜雅おうが」だ。


 俺は個室に入って便座に座る。

 デカい。

 ナニがデカいかと言えば、ち●ちんだ。


 気になって確認したが、流石は俺たちの桜雅さんだ。

 アソコも桜雅さんだった。


 いや、落ち着け。

 そうじゃない。

 俺は頭を振ると、冷静にこのキャラクターの事を思い出す。


 鬼咲桜雅。


 この国立 天空学園高校の男子高校生。学年は二年生。

 力に貪欲で、欲望に忠実。


 暴力上等、成績下等。

 最低で最高の獣でありオス。


 それがこのキャラクターだ。

 俺は深く息を吐く。


「エライことになってしまった」


 何を隠そう。このキャラクターは悪役だ。

 学ストの物語を端的に表すと、魔法バトル学園ファンタジーである。


 現代日本な世界観で、かつての多くのエンタメが使ってきた学園という設定。

 そこに、これまたお馴染みの魔法というファンタジーを足して、少年漫画のような熱いバトル展開を繰り広げる。


 そんな青春描写アリ、戦闘描写アリ、エロい描写アリの物語において、このキャラクターは印象深い悪役だ。


 主人公の前に立ちはだかって敵対し、時には協力し、時には裏切る。

 攻略ヒロインが何人もいるゲームだが、そのどのルートでも敵役として登場する。


「ここまでなら普通なんだが」


 俺は冷たい汗が流れた。

 このキャラクターは学ストファンの間で人気のキャラクターだ。

 俺も大好きだ。


 親しみを込めて「桜雅さん」と、さん付けで呼ばれるくらいなのだ。

 だが、ファンの間で呼ばれているアホみたいな二つ名がいくつもある。


 曰く、生きてる死亡フラグ。

 曰く、必ず死ぬ人。

 曰く、死神に愛された男。


 つまり、このキャラクターはどのヒロインのルートでも必ず死ぬキャラなのだ。

 その死に様のバリエーションは豊かだ。


 主人公やヒロインのパワーアップの試し切りで死んだり、ヤバい怪物や怪人に殺されたり、力に溺れて自爆して死んだり。

 なんなら主人公と共闘しても、かませ役として死ぬか誰かをかばって死ぬ。

 ヒロインのHシーンをコンプすると死ぬ傾向にあるので「寿命:Hシーンの数」なんて揶揄されたりもする。


「これからどうする。俺」


 ポケットに入っていたスマホを取り出した。

 今現在の時間軸を確認する。


 画面の日付とさっきの少女クリキチが言っていた話から、おそらくゲーム開始直前だ。


 これから最初のイベントが起きるはずだ。

 この先、原作のシナリオ通りに事が進むのか。はたまた違うのか。

 シナリオ通りなら、抗ってみるか?


「いやぁ。それは解釈違いだわ」


 俺はすぐさま否定する。

 抗って幸せになる?

 バカな。そんなのは俺が知っている「桜雅さん」じゃない。


 でもせっかく大好きな学ストの世界に転生したのだ。

 あっさり死ぬなんてもったいない。

 出来る事なら最大限まで楽しみたい。


「だったら、答えは一つだろ」


 俺は立ち上がって拳を握る。

 興奮で下半身がいきり立つ。


「俺がラスボスとして華々しく散った、主人公のハーレムルートを目指す!」


 どーせ死ぬ運命にあるなら、物語の最後に死ぬルートを選ぶ。

 主人公とヒロイン全員をくっ付けて、ハーレムルートから繋がるトゥルーエンドを目指す!


 あのルートなら「女体に沈む桜雅さん」と呼ばれた名シーン、すなわち攻略ヒロイン全員の裸が拝める。


 あの画面の前で恋焦がれたヒロインたちが生きている世界だ。

 彼女たちの「ちち」「しり」「ふともも」を余すことなく拝みたい。


「ヤってやる。ヤってやるぞ、俺!」


 悪役らしく、俺の欲望が求めるままに暴れてやろうじゃないか。

 いいぞ、最低で最高な目標だ。


 思考がこのキャラに引っ張られているのか、それとも俺という人間が最低なのか。

 どちらでもいい。

 俺は鬼咲桜雅として生きて、死ぬ!


 方向性が決まったので、俺は個室から出て手を洗い、最初のイベントに向かうのだった。


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格好良く決めてますが、状況はトイレの個室で下半身を丸出しにして決意してます。

というわけで、馬鹿な男の物語が始まります。



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