第6話

 少しだけ話が逸れてしまうが、拳銃というものについて話そうと思う。

 仮定の話であるが、例えばそう、文明が発達していない未開の土地に住まう原住民がいたとして。

 彼等に対して拳銃を向けたとしたらどのような事が起きるだろうか?

 恐らくだが警戒するかもしれないし、向けられた黒光りする謎の物体に興味を持つかもしれない。

 しかし、拳銃そのものに対して恐怖を抱く者は恐らくいないだろう。

 何故ならば、その者達はみな拳銃の威力というものを知らないからだ。

 ……まずは拳銃を発砲しなければその恐ろしさを理解する事は出来ない。

 その爆発音、光、それらを経験して初めてその恐ろしさを理解するだろう。

 そして威嚇射撃を何回かしたと仮定して、恐らくその内拳銃に対して恐れを抱く者はいなくなるに違いない。

 何故なら、威嚇射撃ではそれが殺傷能力を持つと理解出来ないからだ。

 だからこそ――ああ。

 拳銃に対して真の意味で恐怖を感じさせたいのならば、撃つしかない。

 そして弾丸が肉を割き骨を砕き命を奪うその様を間近で見てこそ、その拳銃は初めて「恐怖」となる。


 さて、話を戻そう。

 私の話だ。

 より正確に言うのならば、宇宙人の話。

 今のところ私は未知なる存在として彼等からは不気味なもののように見えている事だろう。

 しかしだからといって私に対してそのような感情を抱くのはあくまで「未知数」だからであり、恐らく時間が経ち私が一切の敵対行動をしない事が分かれば、きっと私に対して恐怖を抱く者はいなくなるだろう。

 それは不味い、極めて不味い。

 何故ならば私一つの命と地球一つでは釣り合わないからだ。

 勿論――私の方に天秤は傾く事だろう。

 ぶっちゃけ現在も地球が存続を許されているのはそれこそ「価値が認められていない」からなのである。

 それこそ冗談で地球丸ごとバラして石材として利用する方が有意義かもしれないとか言われる程度には。

 だから万が一地球の者が私を傷つける、いや、敵対意思を見せた時点でもうアウト判定が下されて地球もろとも滅ぼされてしまう可能性がある。

 そうなったらおしまいだ。

 

 だからこそ、私は彼等に印象付けなければならない。

 逆らってはいけない存在として、定義させる。

 騙して信じ込ませるのだ。

 その為に、うんそうだな。






 



  ◆



 宇宙人「アロマ」の来訪、そして日本の大臣との会談は大々的に報じられた。

 彼等の対談は極めて平和的に、悪く言うのならば中身のない会話だけで終了する事となり、様々なところでその意味について議論された。

 大臣は地球を守護したという者もいればもっと強気でいるべきだったと断言する者。

 中にはそれこそ「あの宇宙人は実は大した事ないのでは?」などと疑問視する者もいた。

 それらは勿論ネットの中でも行われていたし、そしてそれを雑談のネタとして扱う配信者だって少なからずいた。

 とはいえ無責任な事は言えない、言ったら最悪責任を問われる事になるであろうと判断して口を噤んだ者の方が多い。

 企業に所属している配信者達はみな「上」から口止めされたし、そしてそれは当然の事なのだろう。


 そして、そのVtuber。

 現在150万人のチャンネル登録者数がいる企業所属の大型配信者、倉田幽もまた宇宙人については全く触れずに配信を行っていた。

 中には空気を読まずにコメントで「宇宙人の事どう思う、幽ちゃん?」とか尋ねる者もいたが彼女も当然その事には一切触れない。

 だから今日の雑談配信もこのまま恙なく終わる筈、少なくともみんなそのように思っていた。


 そう、その時までは。


「えーと、それではみなさま今日は私の配信にお越しくださりありがとうございます。スペチャしてくださった方、いつも本当にありがとうございます! みなさまのお陰で私は活動出来ていま――ん?」


 一瞬、配信画面にノイズが走る。

 不自然な挙動に一瞬バグか配信機材の故障か、あるいは何らかの障害を予想したが、しかし次の瞬間彼女のアバターを通じてでも分かるほどに彼女があんぐりと大口を開けてしまうような出来事が発生した。




 配信画面に、なんか例の宇宙人が現れたのだ。


「どもども、みなさま~」

「は、え?」


 困惑する幽に対し、アロマは勝手に話を始める。


「えっと、勝手に逆凸配信です! 宇宙人系配信者のアロマです!」


 マジかよ、ていうかこれ逆凸じゃなくて配信ジャック……

 そう思ったが、しかし彼女は口をパクパクさせる事しか出来ない。

 宇宙人と会談し顔を真っ青にする大臣を見、大変だなーと彼女はその時他人事のように思っていた。

 ……いざ、自分がその立場にたった今分かる。

 ヤバい。

 今、自分が下手な事をしてこの宇宙人の機嫌を損ねてしまったら――

 どうなるかなんて、流石の彼女でも分かる。

 その時点で彼女の配信を視聴する者は加速度的に増えていっているが、それに対して驚く事も喜ぶ事も出来ない、ただただ身体が冷えていくのを感じる事しか出来ない。


「えーっと、ではでは倉田幽さん。本日私がここにやって来たのは他でもありません! 私が提供するアプリを利用して貰いたいのです!!」

「……っ」

「ああ、安心してください、これで貴方が何かを失うという事はありませんのでご安心を。ただ貴方にはこれから私が提供するとあるサービスのデモンストレーションのお手伝いをして貰いたいのです」

「で、でも?」

「はい。では、貴方のパソコンのデスクトップ画面に一つのアプリがある筈です、それを起動してくれませんか?」


 言われて確認してみると確かに見知らぬアプリのショートカットがあった。

 どうやらこのパソコンは既に掌握済みのようだ。

 ……もう、幽にとってはアロマに従うしか選択肢はないので、せめて変な事にはなりませんようにと願いながらそのアプリを起動する。

 すると開かれたのは――何やらネットショッピングのサイトのような場所だった。

 一番上の欄には3500000という数字が表示されている。

 350万、これは一体何の数字だろうか?


「頭に表示されているこの数字は、我々が利用している通貨、ギャリカです。今、貴方のアカウントにはそれだけ振り込まれているという事になります」

「は、はあ……」

「では、試しに購入してみましょうか――今はもうお昼時ですし、ご飯を頼んでみましょう」


 ええいままよと彼女は左脇に表示されている「フード」のところをクリック。

 すると今度は様々な料理が表示された。

 幽はアロマに急かされるままひとまずハンバーガーをカートに入れる。

 そしてそのまま購入完了ボタンを押す――



 チャリーン♪



「……!」


 背後でいきなり、やたら可愛らしい音が聞こえた。

 恐る恐る振り返ってみると、そこには小綺麗な紙の箱があり、それをさながら爆発物を扱うように慎重な手つきで開けてみると、その中には先ほど彼女が選択したハンバーガーが入っていた。


「どうぞ、めしあがれ♪」


 いや、マジかよ……

 しかしどうやらもう食べる以外の選択はないらしい。

 いつからこの雑談配信は食事配信になったんだと的外れな事を想いつつ、幽は小口を更に小さくしながらちょこっとパンのところに嚙みついた。


「……!」


 美味しかった、今まで食べたどんなパンよりも。

 空腹だった事もあるだろうが、その一口で彼女はそのハンバーガーへと警戒レベルを一気に下げ、次に挟まっていたハンバーグを口に含んだ。

 じゅわっと肉汁が溢れ出し、ソースと絡みつく。

 甘じょっぱいソースはボリューム満点のパティととてもマッチしていてとても美味しい。

 そのまま彼女は貪りつくようにそのハンバーガーを食し、そして気づいたらコメント欄が大騒ぎになっている事に気付いた。



 コメント:ちょっ!

 コメント:大丈夫!?



 幽は慌ててフォロ―に入る。


「だ、大丈夫ですよみんな! す、凄く美味しかったです!!」

「ありがとう! これは我らオルタデルタカンパニーが誇るフードメーカーが作るもので、安全性は勿論味もしっかり保障されています。幽さんが無言でバクバク食べている事からもそれは明白でしょう!」


 つまり、自分はだしにされたって事か……

 いや、それだけで済むのならば良いんだけど。

 アロマは続ける。



「こちらのアプリ【アロマシンク】は現状日本に住んでいる者なら誰でも利用可能! ダウンロードはこれから表示されるURLから行けるサイトから出来ます! 今ならなんと、100万ギャリカを無料でプレゼントしちゃいます!!」




 ……そして、彼女が紹介した【アロマシンク】が実際にサービスを開始してから2か月が経過した。

 その存在はすぐに様々な情報媒体で紹介され、誰もがその存在について認知する事となる。

 最初こそそれを利用する者は少なかった。

 そう、少なかった。

 ネットの中で「受け」を狙う為に【アロマシンク】を利用する事を実況する者が多数現れ、そしてそれが極めて自分達にとって有益な存在である事を知らしめていく。

 100万ギャリカという固有の電子マネーを用いる事によってすぐに自分の元にサイトで紹介されている物品が届く。

 現状、販売されているのは食事、衣服、そしてちょっとした家具やインテリアだ。

 それ等は最低でも5000ギャリカ以上の値が付けられていたが、そもそも最初から100万ギャリカが手元にあるのだから、結構な者が値段を気にせずそれらを利用し始めた。

 更に言うのならば、ギャリカを入手する手段が独特かつユニークであった事も大きいだろう。

 まず、毎日「ログイン」する事によって1000ギャリカを獲得する事が出来る。

 その為、例えそれらすべてを消費してしまったとしても一日過ぎればギャリカは増えていく。

 そして何より「ゲーム」があった。

 スマホとパソコンで遊べる「ゲーム」。

 画面に表示される丸いボタンを消える前にタップあるいはクリックする事によって点数を貯めていくゲーム。

 そしてそれで獲得した点数はギャリカとして利用する事が可能だ。

 ……中には既に一回のプレイだけで10万ギャリカを獲得した猛者や、攻略方法を共有する者も現れ始めた。


 今や日本人でスマホ、パソコンを持つ者の大半が【アロマシンク】を利用している。

  






 ――そして、どうやらアロマはギャリカで決済できるシステムを公開するつもりのようだった。

 









































「……そういえば、なんかあのアロマって宇宙人。話し方がなんか独特だったな……?」

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