第5話

 とりあえず成田国際空港を利用して、テレポーテーションで地球に着地する事に成功。

 テレポーテーションも事故る確率がゼロという訳でもないし、かつ私は元々テレポーテーションとは無縁な生活をしてきたので未だにこの技術を使用する事には慣れていない。

 それでもひとまずこうして地球にやって来た事には変わりない。

 母なる地球――ではないけれど。

 それでも懐かしい星である事には変わりない。

 感慨深い気持ちになり掛けてしまうが、しかし今回の目標は観光ではない。

 いやまあ、私がやる事なんてそれこそ観光ぐらいで目的なんて大きなものを持ってはいないのだが。

 とりあえず、今回やるべき事は決まっている。

 まずは私という宇宙人がいる事を知ってもらうのだ。

 そしてオルタデルタカンパニーが地球に対してどのような価値を見出しているのか、そしてオルタデルタカンパニーとはどのような宇宙企業なのかを知って欲しいところだが、しかし今回はそこまで話せはしなさそうだ。

 少なくとも宇宙人がテレポートを用いて姿を現すというだけでもインパクトとしては十分だし、事実この場で私の到来を待っていた人々はみなあんぐりと口を開けている。

 非常に間抜けな図ではあったが、このまま見ている訳にもいかないので「こほん」と咳ばらいをする。

 それから改めて「本日はお日柄もよく」から話し始めた。


「今日はこのように私の来訪を出迎えていただき、誠に感謝しております」

「あ、ああ。こちらこそ、ようこそ地球へ……?」


 まさか日本の大臣も宇宙人に対してそんな事を発する事になるとは着任当時には全く考えていなかっただろう。

 それどころか、そもそも「ようこそ地球へ」という言葉を宇宙人に対して初めて発した人物として歴史に残るかもしれない。

 えっと、彼の名前は――って、これはむしろ相手に自己紹介をさせる流れか。


「まずは軽く改めて自己紹介から始めましょうか。私の名前はアロマ、オルタデルタカンパニー所属総合娯楽開発部と言うところの責任者を務めております」

「は、はい。私はこの地球、日本という国家の総理大臣――行政機関の長を務めている者です。遠藤と申します」

「ええ、では遠藤さん。ひとまずこちらは貴方達に返却した方がよろしいでしょうか?」


 私はしっかり特殊プラスティックで出来た包装に包んだボイジャーのゴールデンレコードを見せる。 

 それをおっかなびっくり受け取った遠藤さんは「そ、それではこちらへどうぞ。この日本をご案内いたしましょう」と道を歩き始めた。

 私はそれについて行きつつ、改めて地球の様子についてきょろきょろと観察をし始めた。

 一応宇宙船の方から日本の事は観察していたが、しかしいざ実際に自分の眼で見るとふつふつと感動が沸き上がって来る。

 ああ、懐かしき故郷である地球。

 私は帰って来た。

 血肉は既にこの星のものではなくなってしまったけど、しかしこの魂は未だにこの星を母星と思っている。

 口が裂けても言えないけど。

 

 そして、私はやたら奥行きのある立派な黒光りする車(見た目こそ高級車だが、その実態は間違いなくしっかり鉄板などで強化された装甲車である)に乗り込み、そして移動を開始する。

 予想できていた事だが、どうやら私が現れるという事で道路は完全に封鎖しているみたいだ。

 その事に少しだけ申し訳ないなと思いつつ、ふと空を見上げると「バラバラ」と音が鳴っているのに気づく。

 なんだろう、いや、ヘリコプターなのは分かるけど、もしかして私が移動しているところを観察しているのだろうか?

 

「遠藤さん、あれは?」

「あ、あ! ――っと、あちらは、そ、その……恐らくは、放送局の者かと」

「ふむ……ああ、別に気に障ったとかではないのでご安心を。ただ気になっただけですので」


 危ない危ない、今の私は一応この地球に現れた初めての宇宙人なのだ。

 その待遇はVIPという言葉では言い表せない。

 私の機嫌を損ねたという理由だけで人一人の首が物理的に飛ぶ可能性だってあるのだ。

 スマイルスマイル……


「す、すみません……我々もあのような行為はしないようにと前もって深く釘を刺していたのですが」

「いえいえ、ご心配なく。あの程度で私がどうこう出来るとは思えないので」

「……」


 なんか顔を青くさせてしまった。

 やっべ。

 と、とりあえず空気を和ませるために小粋なジョークでも。


「我々、オルタデルタカンパニーの内部にも情報を扱う部署はあります。それらの立ち位置はしかしわが社の中でも最下層に位置しています」

「は、はあ……」

「情報は売り物ですからね、信用出来る情報は自ら購入するか、あるいは独自の情報網を用いて手に入れるものと我々は考えているため、自然と情報を専門で扱うだけの場所というものは優先度が低くなるのです」

「なる、ほど」

「それに対してだからどうだと言うつもりはありませんが――それにしても、私達の事を追ってわざわざ貴方達の申し出を無視するなんて。いっその事今から私達の情報を公開します? どうせ道を大規模に封鎖しているのですし、ある程度どこをどう移動しているのかは推測されてしまうのでは――いえ」


 私はそこまで話して、流石にこれは自分勝手が過ぎるなと反省する。

 頭を下げて、「申し訳ありません」と謝罪した。


「これは自分の勝手な我儘ですね。遠藤さん、貴方達にも守るべきものがあるのでしょうし、それをわざわざ私が土足で踏みに行く必要性はないでしょう。むしろ今回の私の目的は、あくまで友好的な握手を交わす事なのですから」

「……寛大な心遣い、感謝します」

「いえ、貴方もこの国を背負う責務者として多大なるプレッシャーを常日頃から感じている事でしょう。だという事を私は理解しているからこそ、貴方に今以上の重荷を増やそうとは思いません。そもそも私がいるという事自体が貴方のストレスになっているのでしょうが」


 くすくすと笑う私に対し、遠藤さんは苦笑いを浮かべる。

 まあ、そんな風に表面的だけだとしても笑えるのならば大丈夫か。

 私はひとまず自分も安心しようと「ほっ」と息を吐き、それから遠藤さんに対して「とりあえず」と前置きをしてから話し始める。


「先ほども申しましたように、今回私の目的は貴方と友好的な握手を交わす事。つまり私達が友好的な関係を結べた事を大々的にアピールする事なのです」

「は、はあ」

「それは別にこれという契約を結ぶという訳でもなく、本当に仲良しである事を証明するのです……だから、そうですね。その時はちゃんと笑顔を浮かべて握手をしましょうね?」


 私の言葉に対し、遠藤さんは少しだけ表情を引き攣らせつつ、笑った。

 どうやら分かってくれたらしい。

 良かった良かった。

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