第29話 密会
その次の日。
シリウスはアジル派の高僧ソビシュの手引きにより、王城のほど近くにある修道院内でひっそりと義兄であるパトリックと会っていた。
「お久しぶりです、義兄上」
そう話しかけたが、パトリックは燃えるような瞳でにらみつけるばかりでいまだ声を発しない。
お互い、従者はひとりずつと取り決めていた。
そのため、室内にはシリウスと、事情を説明して内緒でついてきてもらったサンダースさん。それからアジル派のソビシュ。パトリックと、パトリックが連れてきた年配の男の5人がいるだけだ。
「単刀直入に申し上げます、義兄上」
黙ったまま数分が経過したので、シリウスはふたたび口を開いた。
「謀反などとバカげたことはおやめください」
「お前のほうこそどういうつもりだ!」
机をたたき、パトリックはいきり立つ。
「なぜ父上から王位を簒奪した泥棒風情の言いなりになっておる! なぜ俺の言ったことを実行しない!」
「もはや我々は廃王子なのです。政権はルブラン王朝のものなのですから」
シリウスは椅子に座ったままパトリックを見上げた。
自分とは真逆だ。
塔で会った時よりもやつれている。
目は血走り、肌はかさつき、とげとげしい威圧感だけが増していた。
「この腑抜けが!」
腕を伸ばしてシリウスにつかみかかろうとしたが、サンダースさんがその手を扇でぱしりと打った。
「無礼者!」
パトリックが唾を飛ばしてサンダースさんに怒りの矛先を向けたが、同席していた年配者に止められた。
「王太子、落ち着かれませ」
何度もそう言われ、ようやく荒い呼吸を整えながらパトリックは椅子に座った。
「教義の解釈の違いで戦乱を起こすなどばかばかしいことだ」
ソビシュが年配の修道士に静かに切り出した。
「論じるのは大事なことだ。議論することで互いを高めあうのは。だがそこに暴力を関与させてはいかん」
「貴様らこそが神を冒涜しているとなぜわからんのだ」
年配者が静かな怒りをにじませる。
「各地の修道院の退廃ぶりは目に余る。あれはなんだ」
「炊き出しをしていることか? 修道士ではない者たちを修道院の片隅に住まわせてやっておることか?」
「修練の足らん努力の足らぬ人間など放っておけ!」
「誰もがそなたたちのように生きられるわけではない。人は怠惰で、ひ弱で、情けない存在なのだ。そういった者たちにも我らは門戸を開かねばならぬ」
ソビシュは言う。
「なぜなら神は、そのような人こそお救いになるからだ」
「違う! 教義の曲解もはなただしい!」
年配者が怒鳴った。
「人は常に神に近づくため、修練に修練を重ねるのだ! 清貧と静謐のなかにこそ神の声はある! その神の声を聴くがいい!」
「その神は、戦えとおっしゃっているのですか?」
シリウスは年配者に尋ねた。
「あなたの神は、人を殺せとおっしゃるのですか? 言うことを聞かないやつは殴れ、と。話合え、互いを理解しあえ、とは言わないのですか」
「詭弁だ!」
年配者がシリウスを指さして言い放つ。シリウスはまっすぐにその目を見て言った。
「あなたの神は随分と心が狭いらしい。義兄上」
シリウスは年配者との会話を打ち切り、怒りのためなのか小刻みに震えるパトリックを見つめた。
「ベネディクト王は我々の敵ではありません。彼は寛大であり、ロバートの遺骨も歴代王家の墓に埋葬してくださいました」
「お前はなにを勝手に!」
「そして野心家でもあります。莫大な財産を持ち、その情報統制力は国内を網羅している。勝てません。負けるしかないのです」
「やってみなければわからんだろう! いや」
パトリックはきっぱりと言った。
「神は正当な裁きをくだされるはずだ!」
「そうです、王太子」
熱を帯びた瞳でうなずきあう主従を見て、ソビシュは落胆の息を漏らした。
シリウスも額に手を当て、深い息を漏らした。
簡単に説得できるとは思っていなかったが、取り付く島もない。
接触を希望してきたから多少望みをいだいていたのだが。
「お前はきっと後悔するだろう!」
パトリックは立ち上がり、宣言した。
「俺とともに立ち上がらなかったことにな!」
もう戦は避けられない。
シリウスはゆっくりと顔を上げた。
「これだけは覚えておいてください、義兄上。これが今生の言葉だと思ってくださってもいい」
「なんだ」
パトリックが座ったままのシリウスを睥睨する。
「北に上がった港に、商船を用意しています。ご利用ください」
それだけ言って、シリウスはソビシュとサンダースさんを連れて修道院を出た。
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