第11話 見舞いの品

 三日後。


 シリウスとユディットはテーブルの上に置かれた4つのガラスカップを真剣に見つめていた。正確にいうなれば、ユディット総指揮によって作成されたプリンだ。


 日はまだ中天にあり、透明度の高い日光が室内を満たしている。


「……あのさ、ユディット」

「なに」


「君が僕を楽しませたいって気持ちはすごくわかるよ」

「伝わってる?」


「うん。だけどさ」

「うん」


「はずれありのプリンって……。これ、ようやく今日から普通食が始まった人間にはきつくない?」

「いや、大丈夫だと思う」


「それはなにをもってそう思うわけよ」

「シリウスなら大丈夫かなって」


「そんな信頼はいらない」


 断言してから再度目の前の4つのプリンカップを見た。


 プリンと言いつつ、プリン色をしているのは1つ。

 そのほかは、黄緑、薄紅、濃い橙色をしている。


 このなかのひとつが、『はずれ』なのだそうな。


「で、本当にユディットもどれがはずれかは知らないんだね?」

「そうなのよ、ひどいと思わない⁉ うちのシェフが『それは公平じゃないから』って教えてくれなかった!」


 腕を組んでぷんすか怒っている。

 というかシェフ。

 公平うんぬんの前に、ユディットが申し出た段階で止めてくれ。シリウスは大ため息をついた。


「それって不味いってこと?」

「だと思うんだけど」


「どんな味なの? はずれは」

「わかんない。なにも教えてくれなかった」


「ええぇ……。じゃあなにを基準に判断したらいいかわかんないじゃん」


 ユディットは深刻な顔で頷いた。


「運。ひとえに運よ」

「だとしたら僕、絶対運ないよ……」


 だって義兄に毒盛られるわ、国家転覆の手伝いをさせられそうになってるわ……。シリウスは心の中で独り言ちるが、ユディットは我関せずとばかりに真剣にプリンカップを観ていた。


「いい、シリウス。ひとりふたつずつね」

 まるで危険物でも扱うような顔でユディットが言う。


「まずはひとつずつ、取りましょう」

「どっちが先に取る?」


「それはレディーファーストでしょ?」

「嘘でしょ。これ見舞いの品なら僕が先じゃない?」


「見舞いの品なんて言ってない」

「は⁉」


「一緒にシリウスと食べようとは思ったけど、見舞いの品とは一言も言ってない」

「あーあー……。ユディット。君ってやつは汚れてしまったね……。わが身可愛さに」


「なんとでもいいなさい。とりあえず、私はこれ!」


 そう言って引き寄せたのはスタンダード色をしたプリンだ。


 見た目も、そしてよく見ると細かい黒の点々もバニラビーンズのようにさえ見える正真正銘のプリン。


「……それさ、ひっかけ問題かもよ」

 シリウスの言葉にユディットが肩を跳ね上げる。


「だって、いかにもって感じじゃない? ぼくならとらないなぁ」

「そうやって私からこの本物っぽいプリンを引き離そうとしているのね! そんな罠にはひっかからないわよ! ってか、じゃあシリウスはどれを取るの!」


「僕はこれ」

 言ってから引き寄せたのは薄緑のプリンだ。


「それ⁉ あきらかに変な色してるじゃない! 体調悪いときのシェフの顔色よ⁉」

「だったらシェフを休ませてあげてよ」


 あきれて言ってから、シリウスは手元の薄緑色のプリンを見た。


「緑って植物によくある色じゃない? だからなんらかの植物の液体をいれたとしても味としては結構いけそうかな、って」

「あー……なんかわかった」


「なにが」

「そんなんだからシリウス、自然毒のなんかにやられちゃうのよ」


「どういう意味だよ」

「植物が安全ってわけじゃないのよ? 毒もった植物はいっぱいあるんだから。そんなんだから毒盛られちゃうのよ。危機管理が薄いのよ」


「……………ちょっと待って。このプリン、はずれがあるって言うのは毒が入ってるってこと?」

「わっかんないんだよねー……。まずい、だったらいいんだけど」


「こわいこわいこわいこわい! 宮中伯家、遊びも命懸け⁉」

「ま、とにかくシリウスはそれね。じゃあ次、私」


 ユディットは真剣なまなざしを残る二つのプリンカップに向けた。

 なんとなくその視線を追ってシリウスもプリンカップを見た。


 薄紅色か、橙色か。


 なんとなく警戒するのは薄紅だ。

 赤はそもそも危険色。

 激辛かもしれない。

 だが橙もあやしい。

 こちらは激すっぱい可能性もある。


「決めた」

 きっぱりと顔を上げ、決然とユディットは薄紅色のほうを取った。


「まじで⁉ 君の危機管理意識もどうなってるのさ!」

「え⁉ だって橙色のその濃さ、ぜったいおかしいでしょ! それはシリウスが食べるべきでしょう!」


「昨日まで病人だった人にそれを食べさせる君の人間力ね」

「この世は弱肉強食なのよ」


 言うなり、ついっとユディットは濃い橙色のプリンをシリウスに押しやった。


「じゃあ食べましょう!」


 ユディットは言うなり、スプーンを手に取った。しぶしぶシリウスもスプーンを手にする。

 見ていると、ユディットはまず薄紅色のプリンを手にする。


「意外。普通っぽいやつから食べるんだと思っていた」

 シリウスは濃い橙色のプリンに狙いをつけながら言う。


「……あれは、なんか確かにひっかけっぽいから」

「自分でもそう思うんだ」


 ぷ、と笑いながらシリウスはプリンの表面にスプーンを入れる。

 

 わずかな手ごたえさえなく、なめらかにスプーンはプリンに沈む。

 掬い取り、口に入れる。

 そろえたわけではなかったが、動きはユディットと同時だった。


「あ!」

「これ!」


 そして一緒に声を上げた。


「ラズベリー!」

「パンプキン!」


 向かいに座るユディットは嬉しそうに目をまんまるにしているし、自分もきっと同じような顔をしているに違いないとシリウスは思った。


 よく濾されて舌触りもいいパンプキン。かなり甘い品種なのだろう。砂糖の甘さというよりパンプキン自体の糖度を感じる。


 ふたり、黙々とひとつめのプリンを食べ終え、それからおもむろに二つ目を手にした。


「では」

「いざ」


 目を見合わせ、やっぱり同じ動きでプリンを口に運んだ。

 そして。


「これぞ王道派プリン!」

「わ! ピスタチオだ!」


 笑顔で言ったものの。

 互いに「ん?」となった。


「え、ということは。はずれなし?」

「ということに……なるねぇ。わー……。これ、こんなになめらかにするの、大変だったろうなぁ」


 ピスタチオが持つ油分というかうま味が存分に活かされている。舌触りの点でいえばパンプキン圧勝だが、それでもこの濃厚さは、パンプキンの甘みに匹敵するうまさだ。


「えー。これじゃあ勝負にならないじゃない」

「ってかさ。シェフもおもったんじゃない? 病人の見舞いにそんなはずれプリンをもっていくなんて非常識だって」


「楽しもうと思ったのに」

「はずれを引いた僕の顔を見て、楽しもう、だろう?」


「まあね」

「ひどい話だよ、まったく」


 ふたり一緒に笑い、そうしてまたプリンをひとすくいしたときだ。


 かち、と。

 シリウスはスプーンの先になにかが当たったことに気づく。


「ん?」

「どうしたの?」


 食べ終えたユディットが小首をかしげてこちらを見る。

 シリウスはそのままスプーンを持ち上げた。


「あ!」

「これ!」


 またも同時に声を上げる。

 スプーンの上にあるもの。

 それは空豆ほどの大きさの陶器の人形で、金色の冠をかぶっているのがわかる。


「王様のケーキだ」


 顔を見合わせてまた声をそろえた。

 夏至の祭りになると各家庭では『王様のケーキ』と呼ばれるアーモンドクリームをいれたパイ菓子を焼く。そのアーモンドクリームの中には王様を模した陶器の人形が入っていて、それを引き当てたものが「王様(女王様)」だ。


 新年までをつつがなく幸せに過ごすことができるとされており、麦で編んだ冠をかぶり、家族に対してひとつだけ命令をすることができる。


「はずれじゃなくて、あたりをいれてくれたんだ」


 シリウスはシェフの機転に感心するとともに、心底「これがユディット作の手土産じゃなくてよかった」と思った。彼女ならきっと激辛とか激すっぱいものを作りそうだ。


「仕方ないわね、シリウス」


 つまらなそうにユディットは唇を尖らせたけれど、スプーンの先をシリウスに向けて言った。


「王様の命令を言いなさい」


 これではどっちが王様かわからないなと苦笑いしながらも、シリウスは「そうだなぁ」と視線をさまよわせる。


「あ! じゃあ、イジェット君を持ち帰って!」

「却下」


「うそ。王様の命令を無視⁉」

「それ以外で」


「なんだよ、それもー……。ええええぇ。うーんとね」

 ほかになにかあるかなぁと首をかしげたものの、ぱっと思いつくものは特にない。


「仕方ないわねぇ。じゃあ、下々である私が王様に」


 ぱっと立ち上がったかと思うと、つつつつとシリウスに近づく。

 そしてスツールに座って見上げるシリウスの頬に、ユディットは軽くキスをした。


「キスをあげるわ。ありがたく思いなさい」


 胸を張っていうユディットを見て、シリウスは笑った。

 やっぱりこれじゃあ、どっちが王様なのかわからない。


 だけど。


「ありがとう、ユディット」

 自分があたりを引いたことは確かなようだ。

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