第5話 なんか可愛くてさ
次の日。
ユディットはつま先に鉄板の入った靴を持ってきた。
「まさか本当にやるとは思わなかったよ……」
「なんでよ。昨日伝えたでしょ? はい、これ履いて」
「うん。って、重っ! なにこれ! こんなに鉄板必要⁉」
「わかんないけど、サンダースさんが昨日作ってくれたの。自重トレーニングにも使えそうだよね」
「トレーニングって……。あ、そういえばサンダースさん、サンドバッグ打つとき、足首と背中に鉄の重りくくりつけてるよね」
「すごいよね、あれであの速さだよ?」
「腕に巻いてるのがブレスレットじゃなくて重りって……。淑女にあるまじき行為だよ」
ユディットのお目付け役として宮中伯が王都から連れてきただけはある。
シリウスのつぶやきに、ユディットは陽気にあはははと笑う。
とりあえず手渡されたブーツを見る。
ブーツというより軍靴だ。使い古された感じはしないが、かといって新品でもない。編み上げになっているのでしっかり縛り上げていけばフィットするだろう。つま先の革だけ黒光りしている。たぶん鉄板を貼り付け、上から新しい革を貼ったためだろう。
「履いて履いて」
ユディットは言いながらイジェット君に近づいた。
なにをするのかと見ていると、両腕に見立てた棒をつかみ、鼻歌を歌いながらくるくると踊り始める。
シリウスの準備が整うまで、イジェット君で練習するようだ。
「もうそれでいいんじゃない?」
「なにが」
「練習相手。イジェット君」
「うーん……。まだ魂と肉体が融合した感じがしないからなぁ」
「またそういうコワイこと言う。夜、イジェット君と僕、ふたりっきりなんだからね」
「寝返りうったら隣にいるかもよ」
「怒るよ、ユディット」
あはははとやっぱりユディットは愉快そうに笑ってダンダカダンダカと好き勝手なステップを踏んでラグの上をイジェット君と踊る。
ユディットはため息をついてスツールに座り、靴を脱いで手渡された鉄板入りの軍靴を履く。
重い。やはり想像以上の重さだ。
こんな重量と強度でもってしか安全性がはかれないとは。ユディットのダンスはやはり殺傷能力が強すぎる。
「そういえばユディットのパートナーは決まったの? というかエスコート役」
選ぶのは宮中伯だと聞いた。
たぶん、その男がユディットの結婚相手のひとりなんだろうなと思いながら尋ねる。
「うーん。お父様に昨日も聞いてみたけど、難航中」
「……それ、ダンスは踊らなくていいから、って言ってみたら? もっと簡単に決まるんじゃない?」
「すべてダンスのせいにしないでよ」
むぅと口をとがらせてから、ユディットはイジェット君の一本足を蹴り上げた。華麗な払い足だ。
「あ。そうそう。私はシリウスがいい、ってお父様に伝えてるのよ?」
「僕? それはないでしょ」
「なんでよ」
だって僕は囚われの処刑待ち元王子だから。
心の中でつぶやき、口に出しては「よいしょ」と声を発した。
シリウスは立ち上がり、その場で足踏みをする。編み上げをしっかり結んだせいでうっかり脱げるということもない。踏まれても靴がすっぽ抜けるということもなさそうだ。
「準備できたよ」
告げると、ユディットはくるくると旋回しながら壁に近づき、元通りにイジェット君をたてかけた。
そしてしずしずとシリウスの前に来る。
本当に、とシリウスは口をへの字に下げた。
ここまでは完璧な美少女なんだけどなぁ。
すぃ、と。
ユディットが差し出す手を受け、腰をホールドする。
「じゃあいくよ」
「うん」
シリウスがカウントをし、ぐい、と一歩踏み込む。
大きくユディットがバックスイングをする。振り回されまいとシリウスがさらに身体を近づける。
それをさけるように急ターンするユディット。彼女のつま先がシリウスの左くるぶしを狙い、「そこは鉄板ない!」とシリウスはひざを上げてステップを踏む。
着地と同時にぐいと彼女を左に振る。その動きを待っていたかのようにユディットは左ヒールでシリウスの右つま先を踏みつけた。
かーん、と。室内に硬質な音が鳴る。
ひぃ、とシリウスは小さく悲鳴を上げつつも、痛みがないことにほっとしつつ前にステップを進める。ユディットは見事なバックステップを踏み、そこから一気に身体を密着させ、足を絡ませてシリウスを転倒させようと画策する。シリウスは素早く体を右にひねることによってその攻撃をかわした。
「すごい、シリウス!」
「はあ⁉」
「私、ちゃんと踊れてるし!」
「踊ってないよ! 君は確実に僕を狙っているよ⁉」
「そんなことないって!」
「自覚がないのがもう怖いよ! ちょ……、待った!」
シリウスが伝えるのにユディットはお構いなしだ。
自由気ままに動く。
もう、とため息をついてシリウスはいきなり彼女から両手を離した。
さすがにきょとんと立ち止まる。
そんなユディットの両腰を捕まえると、シリウスは持ち上げた。
「ひゃあ⁉」
「ほら、ここ乗って」
言ってから、シリウスはユディットを自分の甲の上に載せる。
彼女の左足はシリウスの右足甲の上。
彼女の右足はシリウスの左足甲の上。
「ほら、両手は僕の背中に回して」
そう指示すると、おとなしくユディットはぎゅっとシリウスに抱き着いてきた。
「おもうにさ、君、リズムというかテンポ感が違うんだよ」
シリウスもユディットの背中に軽く両手を回す。彼女の体幹を考えればないとは思うが、転倒を防ぐためだ。
「テンポって?」
「君、好き勝手カウントしてるでしょう? あれじゃあ相手が困っちゃうよ。いい? せーの。1、2、3。はい」
カウントを繰り返しながらシリウスはユディットを足の甲に乗せてステップを踏む。
これなら足を踏まれないし、ユディットも動きを覚えやすいはず。
「ほら、いま足を動かそうとした」
「だってなんか調子狂うし」
「いや、それ僕のセリフだから」
「ってかさ」
「なに」
「私、この踊り方昔やったことある」
「あ、そう」
「子どもに教えるやつだよね」
「そうだっけ?」
聞き流していたものの、じっとりとした視線を感じて顔を向けると。
ぎゅっとシリウスに抱き着くようにしてユディットが上目遣いにこちらをにらんでいた。
だけど。
「なんで笑うのよ! 怒っているのよ、私!」
「ごめんごめん」
なんか、可愛くてさ。
その言葉は胸でとどめ、シリウスは少しだけ彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
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