第9話 無力

「ぐっ」


 ワーウルフの攻撃の合間を縫って何とか抜け出そうとするが無理だった。ひたすらに上からくる蹴りを受け続けるしかない。


 ふと、目を至装の方に向けると真っ白だったそれが少し黒ずんで見えた。見間違いかと思って、一度目をつむってから再び見る。


 それは確かに黒くなり始めていた。いやなことが頭をよぎる。どうしても思ってしまう。至装デウスウェアは別に万能じゃない。それは【紫】であっても変わらないだろう。


 こんな敵の攻撃を無力化する力が永遠に続くわけがないのだ。多分だか、この腕輪の色が完全に黒になった時この力は使えなくなってしまうのだろう。


「うわああああ」


 さっきまでとは違い、今度は必死に抜け出そうとする。だが、ワーウルフの力は俺の力よりも上のようで、全然抜け出せない。


 暴れまわって少しでも隙を作ることを目指す。そこで腰にあった短剣の存在を思い出した。


 何とか腰に手を伸ばすとまだそこには短剣があった。それを抜き、振ってきたタイミングでワーウルフの足に思いっきり突きつけた。


 奥まで入っていくことはなかったが、その短剣は確かにワーウルフに傷をつけることができた。


「ギャウン」


 反撃が来るとは思ってもいなかったのだろう。ワーウルフは思わずといった具合にその場から飛びのいた。


 前のめりの姿勢でうなりながらこちらを観察している。


「うおおおお。来るならこい!」


 俺は短剣を前に突き出しながら吠えた。それは敵に対する威圧というよりも俺自身を奮い立たせるための咆哮だった。


 本当は逃げ出したかった。でも、背中を向ければまた蹴り飛ばされて同じ結果に戻ってしまうような気がしてできなかった。


 敵もなかなか攻撃を仕掛けてくることはない。思ったよりも知性があるのかもしれない。


「グガアア」

「ゔゔゔ」


 蹴りが飛んでくる。それを腕を交差しながら受け止める。後ろの壁を使うことで飛ばされずに済んだ。


 奴の足が下がったときに、奴の顔に向かって短剣を突き出した。この短剣は手入れは全くできていない。そのため切れ味はないと思っていい。使うならこの突き出ししかないだろう。


 それで最大の攻撃にするなら目だ。奴の両の目をぶっ潰してやる。


 だが、そううまくいくものでもない。顔の位置を少しずらすだけで簡単にそれは防がれてしまった。


「くっ」

「ガアア」


 再びの蹴りがくる。また防戦一方になってしまった。いくら【紫】の至装を手に入れたと言ってもこの至装はどう見ても防御に寄っている。攻撃力が足りない。


「どうすれば」


 攻撃をひたすらに耐えつつ、手首にある至装を確認する。その色はどんどん黒くなっている。限界が分からない。死が近づいてくる。至装を手に入れたことでの興奮が途切れてきて、恐怖が俺を再び支配しだす。


「クッソ」


 短剣を振るがそれはやはり当たらない。一つじゃ足りない。もっとたくさんの至装、生き残っていくためには必要だ。


 攻撃も敏捷も器用も知力も俺にはまったく足りていない。いやだいやだいやだ。このまま死んでしまうなんて耐えられない。


 生き残りたい。それ以外はもう贅沢言わないから。だからお願いだ。神様。俺にもう一度奇跡を起こさせてくれ。


「うっ」


 横から攻撃をくらい吹き飛ばされてしまった。また俺の上にワーウルフが来る。足の振り下ろしが続くようになる。


 目はもうワーウルフをとらえてはいなかった。俺はただひたすらに涙を流しながら手首にある至装を見つめていた。


 攻撃を喰らえば喰らうほど黒くなる。黒くなる。蹴りが来る。黒くなる。蹴りが来る黒くなる蹴りが黒にけりくろけり。


「ああああああああああああ」


 おかしくなりそうだ。痛くない。痛くないのに、俺は何一つ怪我なんて負ってないのに、じわじわと確実に死へと近づいてくる。その恐怖が俺を襲ってくる。


 これが終わればあの永遠の苦しみが俺を待っている。死は救済なんかじゃないのだ。俺はこのまま狂いながら死んで、そのあとも永遠を苦しむのか。


「たすけて。誰か助けてくれよ!」


 必死に助けを呼ぶ。ここまで来てやっとその言葉を出すことができた。もし、クリファたちがいるときに言えていたら結果は変わっていたのだろうか。彼らにも仲間を助けようという思いは芽生えたのだろうか。


「いい感じになってきたなー」


 声が聞こえた。今の現状に全くあってない可憐な声であった。聞きたくない。ずっと怪しいと思ってたんだ。やっぱりあいつが良くなかったんだ。


 目だけ動かして確認すればそこにいたのは、やはりルノであった。


「ルノ!」

「ん? 何かな」


 笑顔を浮かべていた。俺の苦しみがまるでショーであるかのような風であった。やっぱりこいつは初めから俺をはめる気だったんだ。


「お前がやりやがったな」

「やったって何を? ていうかよくその状態でしゃべることができるよね。すごーい」

「死んじまいやがれ」

「ふふ。今から死ぬのは君の方でしょ」


 死ぬ。手首の至装はもう真っ黒でいつ終わっても不思議ではない。おわる。もう終わってしまう。


「はーい。ストップー」


 その直前、ルノがワーウルフを斬り飛ばした。意味が分からない。こいつは俺を殺すつもりじゃないのか。


「このまま何も知らずに死んじゃうのはいやでしょ。私がなんでも質問に答えてあげる」


 意味が分からない。何が言いたいんだ。そんな俺の生死を娯楽みたいに扱うなんて。ありえない。なんでそんなことができるんだ。こいつはまともじゃない。


「何でも聞いていいよ。これは私からのプレゼントだよ。ほらわからないことがあるまま死んじゃったらそのあと大変でしょ」


 その笑顔をにて俺は狂ってしまいそうになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る