第8話 実感

 俺たちはワーウルフと遭遇した。その時には声は出すことはできなかった。それは恐怖に身が縮んでしまっていたためだ。


「ウォオオオ」


 とっさに行動をとることができない。ああ死ぬんだ、と目の前でよだれを垂らしている化け物を見て思っていた。


 最初に正気に戻ったのはクリファであった。


「うわああああ」

「ぐふっ」


 さっきと同じように悲鳴を上げながら彼がとったのは生贄をささげることであった。ちょうど後ろにいた俺の腕を取ると、自分の前に向かって飛ばした。


 至装デウスウェアによる補正も入っていて、俺はちょうどワーウルフの前に飛ばされた。


「ウウウウウ」

「はあはあはあ」

「逃げるぞ!」


 振り抜けば、声掛けをしたクリファと他のメンバーが逃げ出していくのが見えた。それを呆然として見ている。どうすればいいのかわからない。


 俺は死ぬのか。ここに来る限りはそういった危険がある事なんてわかり切っていた。永遠にあの苦しむを受けることになるのか。思考がうまくまとまらない。


 知ったような気になっていたのは俺だったのだ。現にクリファは死を目前にしてあんな風に行動に移すことができている。生き残ろうと足掻くことができていた。


 それに比べて俺はどうだ。ただ恐怖に震えて、まともに助けを呼ぶことさえできていない。


「はっはっは」


 そもそもだ、来るべきじゃなかったんだ。彼らがダンジョンでどうなろうと知ったことではないと、断固として拒否すればよかったのだ。


 それをくだくだと理由を並べてついてきたのは、やはり興味があったからだろう。


 結局俺もやはりどこか他人事として見てたからなのだろう。あの苦しみを知ってなお、俺は死を自分のこととしてみることができていなかった。。自分なら大丈夫と心の隅で思ってしまっていたのだ。


「いやだよぉ」


 涙が止まらない。声は出てこない。頭上からワーウルフのうなり声がずっと聞こえてくる。なぜ俺は攻撃を受けていないのか。


 恐る恐る上を見れば、ワーウルフと目が合った。 彼は動けていない。まるで何かに縛られているかのようだ。


 チャンスだ。まだ俺は死んでいない。生きていられるんだ。逃げ出そうと、立ち上がり、俺はこけた。


「あっ」


 足に力が入らない。なんで、こんなはずじゃないのに。いやだ、いやだいやだいやだ。死にたくない。


 這いつくばりながらなんとか前に進む。


「ウウウウウ」


 うなり声はまだ動いていない。俺はまだ生きられる。


 なのに腕も足も、体は思うように動いてくれない。遅い速度でしか俺は進むことができていない。


「グガアアアアア」


 遂に恐れていた時が来た。ワーウルフは解き放たれた。それまでの我慢を解放したかのように、俺に蹴りを入れてきた。


「がはあ」


 まっすぐに蹴り飛ばされて体が壁に当たる。生きてる。死ぬほど痛いけど、あの蹴りをなんでかわからないけど耐えられた。


 逃げなきゃ。そう思っても今度は痛みで何も動かなくなる。


「はあ、はあはあ、いやだ。いやだ。じにだぐない」


 涙がどんどん出てきて止まらなくなる。前もまともに見ることはできない。ひたひたとワーウルフの近づいている音が聞こえてくる。


 ゆっくりゆっくり俺のいるところに、恐怖を与えるように焦らしながら近寄ってくる。


「ぐるな、ぐるなよー」


 手元にある小石を拾ってはなげる。ただ、うまく力が入らず全然届かない。やがて手元に小石もなくなった。


 何か、何かないのか。周りに手を探っていると、壁の下に隙間があるのを見つけた。中に手を入れれば何かある。リングのようなものがあった。それを引き抜く。


 みればそれは真っ白な腕輪であった。腕輪。ダンジョン……。止まっていた俺の頭が動き出す。


 そうだ、そうだよ。俺は15歳になるまでに【紫】の至装がもらえるんだ。これがそうに違いない。


 こんな危機的状態になって見つけたんだ。これがそうにがいない。俺はこれで助かるんだ。やっぱり俺は選ばれたんだ。


 それがどんな効果なのかはわからない。でも俺はすぐに震える手で右の手首にそれをはめた。きっとこれが俺を救ってくれるはずだ。


 ワーウルフが俺のところに来るのとそれはほぼ同時であった。再び俺は蹴られた。


「うっ」


 蹴り飛ばされたのに今度は痛みを感じなかった。それどころかさっきまで感じていた痛みも俺には感じられなくなっていた。


「はあはあはあ、痛くない。いたくない!」


 これで大丈夫だ。これなら安心だ。きっとこれがこの至装の能力なのだろう。俺はそう直感した。


 これで逃げられる。俺は生きていられるのだ。立ち上がって逃げ出そうとして、俺は後ろから蹴られて飛んだ。


「ぐっ」

「グウウウウ」


 俺の飛んだ場所に今度はすぐにワーウルフは飛んできた。今度は俺の上から何度も何度も足を振り下ろし始めた。


 でも、痛くない。俺に傷を与えることはできていない。俺は死なないんだ。


 俺にダメージを与えることができていない様子にワーウルフはどんどんといらだっていく。


「ワオオオオン」

「はははははは。痛くないぞ。お前の攻撃なんて、俺には効かないんだ!」


 どんどん興奮してくる。今の俺は無敵になったんだ。だけど、できるだけ考えないようにしてるけど。時間と共にその思いは増えていく。


 これはいつまで続くんだ。俺はいつまでなぶられ続ければいいんだ。


 ワーウルフの攻撃は一向に衰えを見せてはいない。

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