第4話 危険性

 ルノが帰った後はもうお祭り騒ぎのようだった。


「やったー。これでこんな生活抜け出せるぞ」

「ねえねえリーダー。さっきもらった至装デウスウェアの補正はどれだったの」

「わからない。【白】ってことに驚いちまって聞いてなかった」

「まあ、明日も会うんだしその時でいいんじゃね」


 特にもらったばかりの至装について盛り上がっている。その輪から抜けているのは俺とカラルの二人だ。やはりカラルはダンジョンに行くことに不満があるらしい。


「おい。カラルもいつまでいじけてるんじゃねえよ」

「いじけてなんていない。ただお前らは本当にダンジョンの危険性をわかってんのかよ」

「もちろんだよ。でもそれでも行く価値はあるんだろ」

「うんうん」

「……去年までいたフォートさん、覚えてるか」

「? 当たり前だろ」

「死んじまったってさ」


 フォートは去年までこのグループに入っていた男で今年から15歳になったから探索者になっていた。気のいい奴で俺に対しての扱いもそこまで悪くはない。まあ、その代わりに最底辺のいじめられっ子は別にいたのだが。


 そうか。顔を出しに来ないと思っていたら死んでしまっていたのか。不思議と悲しいという感情は浮かんでこなかった。これは俺がひどい人間になってしまったからだろうか。


「……本当か」

「ああ、俺は抜けた後もたまに話したりしていたが一月ぐらい前にダンジョンでな」

「なんで言わなかったんだ!」

「言って何かなったのかよ」

「こいつッ」


 感情的になったクリファがカラルの胸倉をつかむ。他のメンバーは何も言えない。それはフォートの死に衝撃を受けているのか、それとも怒っているクリファの目が自分に向かないようにしているのか。


 さすがに殴ったりはしなかった。そこまで行けばカラルも抵抗して、グループ内の空気は最低になるだろう。俺を殴るのとはわけが違うのだ。


「ちッ」

「……」


 さっきまでのお祭り騒ぎは鳴りを潜めた。ただ、代わりにダンジョンの危険性がメンバーの中に刻み込まれた。


 知り合いの死を知ってやっと自分たちのやろうとしていることの危険性を認識できたようだ。だからと言っていまさらやめることはできない。


 クリファはリーダーとして一度言ったことを取り消すという決断はできないだろうし、他のメンバーはそんなクリファに逆らえない。


 そもそも、今も知り合いの死を聞いただけで少しすればその認識は消え、自分ならば大丈夫だという根拠のない自信が出てき始めるだろう。結局自分が経験したことでなければそこまでではないのだ。


 俺は自分の毛布をかぶって横になった。寝床と言っても、探してきた板とかを寄せ集めて何とか雨よけをつくっているに過ぎない。その中にこれまた拾ってきた毛布を持ち込んで寝るのだ。


 皆に背を向けながら服の中に隠していたリンゴを取り出す。


 あの時、ルノからもらった時にすぐに食べなかったものだ。あの時から何かがおかしかったはずだ。俺の行動指針は生き残ることのはず。


 それを最優先にしていたはずの俺が見ず知らずの奴からあんなにすんなりと食べ物を受け取るだろうか。寝床に案内するだろうか。


 時間がたったからか今になってそのことに対する違和感が強くなっていく。それにあの時、ルノが帰る直前に言った言葉。


 何かしようとしてるのだろうか。すぐに考え付くのは囮。ダンジョンには当然ながら死の危険がある。


 それは魔物だったり、人だったり。特にこれからやろうとしていたのは侵入だ。正規の手段でないということが危険性を上げる。


 もし戦闘に自信がないのだとしたら俺たちのことをそういった危険の囮に使うつもりなのかもしれない。


「なんだそれ」

「何かあったのか……おい、こいつリンゴを隠し持ってるぞ」


 ばれた。外で食べてくるべきだったか。いやそもそも捨てるべきだったのだろう。


 殴られたりする前に起き上がり弁明をする。


「これはルノにもらったんだ」

「お前だけか」

「それは……そうだね。欲しいならあげるよ」

「欲しいならだと! 同じグループに入っておきながらなんだその言い方は」

「ぐっ」


 今のクリファは機嫌が良くない。さすがにあの状況で俺を殴っても八つ当たりとみられて印象がよくなかったが俺が失態を犯したならその限りではない。


 座っている俺の腹にクリファの蹴りが入る。痛みから思わずリンゴを落とし、腹を抱えてうずくまる。


「これは俺たちがもらってやる。いいかこれ以上裏切りみたいなことをするんじゃねえぞ」


 おまけとばかりにもう一発蹴りを入れられてリンゴはとられた。残りの5人で分けるのだろう。


 まあ、いいか。どうせもとから食べるつもりはない。そう思い込んでこの理不尽に耐えようとする。


 奴らが俺のリンゴを食べている音を聞きながら俺は再び毛布を頭までかぶり、今度は本当に寝ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る