第三章

第15話 送り狼

(うん、わかった。じゃ今から降りるね)


「下に車着けてくれてるって。行こっか」


 亮介がレンタカーを借りてきたのは涼介を送るためだが、それだけのためではなかった。少しでも綾乃のそばにいてもらうことが夫婦それぞれにとって望ましいからだ。


「ん――」


 玄関のドアにてをかけようとした綾乃の唇が奪われる。涼介の瞳が心なしか潤んでいるように見える。


「うん。またすぐ会おうね」


 ニコリと笑うと案外素っ気なくドアを開けた綾乃。少し落胆する涼介。エレベーター内でもカラッとした雰囲気のままなのが寂しさを増幅させてしまうのだった。


「はい、先に乗って乗って」


 意外なことに、綾乃は助手席ではなく涼介と同じく後部座席に乗り込むのだった。先週のタクシーと同じ構図だ。


「よし、じゃ、出発するね。途中コンビニとか寄りたくなったら言ってね」


 亮介も妻が夫の隣に座らないのを当たり前かのように振る舞っている。


(気を遣ってくれているのかもしれないな。ありがとうございます)


 なんとなく、感謝を口にしない方がいいように思われた。


 車は早稲田通りを山手通りに右折して池袋方面に進む。


「あんまり混んでないし、高速乗るから1時間ちょっとで着きそうだね」


「そうなんだ。ちょうどいいぐらいだね」


(ちょうどいい? なんのことだろう……)

 

 自分を送った後に用事でもあるのかもしれない。夫婦としての二人を認識せざるを得ないが故に嫉妬心が胃の底から湧き上がってきたその瞬間だった。


「涼ちゃん、キスの続きしよ?」


 綾乃は左耳を噛みながら囁き、両手で涼介のベルトに手をかける。


「え……?」


 デニムのボタンを外し終わると、綾乃の舌が涼介の上歯茎と唇の間に侵入してくる。玄関でのあっさりした態度や後部座席に乗り込んだ理由もこれで理解できる。二人は最初からこういう楽しみ方をするつもりだったのだ。してやられたと思いつつも、あまりに予想外、そして車内とはいえではなくの社会にいるわけだ。童貞喪失一週間という条件も加わり、さすがの涼介も緊張は隠せなかった。


「ちょっと緊張しちゃった? 大丈夫だよ。後ろの席は外からは見えないんだから」


「もうすぐ高速道路で人目も減るしね。俺のことは気しないで楽しんでよ」


 亮介も続ける。


「はい……」 


「涼ちゃん、ちょっと腰を浮かせてくれるかしら」


 横断歩道の信号待ちの人が大勢いるにも関わらず、綾乃はまだ本調子でない涼介に優しく奉仕し始めた。

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