第14話 寝取られの真髄

「おはようございます」


「おはよう。もう12時だけどね」


「え、あ、ほんとだ。すみません爆睡してました」


「綾乃は? まだ寝てる?」


「はい、身動き一つせず静かに寝てます」


 それもそうだろう――。

 長時間身体を拘束され、ただでさえ負担の大きいSMプレイ。昨夜のように我を忘れて乱れるのなら、その負荷は精神の奥深いところにも及ぶのは想像に難くない。


「そっか。じゃ、もうちょっと寝かせておいてあげようかな。お腹減ったよね? チャーハンでいい?」


「はい、いただきます!」


 ライバル――?

 それはちょっと違う。かといって親友でもなく、強いて言うなら僚友や盟友といったところか。裸の付き合いでもあるわけだが、綾乃という妻をめぐっての夫と公認彼氏という立場同士。利害が一致しているかどうかも定かではないが、意地悪をする理由も見当たらない。確かに存在する共通点、それは綾乃に対する想いの強さだ。


 白昼の襲撃から深夜のSMプレイまで、それぞれ感じたことや想いを述べ合ううちにいつしか綾乃の好きなところを語り合う会になっていた。付き合いの長い分優位に立てているが、惜しげもなく涼介の質問に答え、過去のエピソードも共有する亮介だった。


 

「一つ、質問してもいいですか」


「どうぞ」


「寝取られの何がそんなに良いんですか? 僕なら耐えられません。気が狂いそうです」


「気は狂うよ、俺だって」


「え?」


「あはは。狂い方が違うんだよ、たぶん」


「狂い方……ですか」


「うん。例えば先週セックスの最中に電話かけてきた時だよね。俺何にも聞いてなかったから、驚きを通り越してぶっ倒れそうになったし、頭狂いそうというか狂ったと思う。だって、精神的にダメージ受けて涙流してんのに下はギンギンなんだよ。心はズタズタなのに、体は最高に喜んじゃってるわけ」


 呆然とする涼介に構わず亮介は続ける。


「で、悶々とした状態でそこから何時間も待つわけ。部屋の隅で体操座りして――ってのは嘘だけど。で、綾乃が部屋に入ってくる、そしたらもう無理やり綾乃をめちゃくちゃにするしかないよね。前戯なんてしない。ていうかそんな余裕なんてない」


 ゴクリと涼介の喉が鳴る。


「でも、憎いのが綾乃はしたたるほど濡れてるんだよね。ドM的な嬉しさももちろんあるけど、俺が冷静さを失って激しく求めてくるのが、あ、これを上書うわがきプレイっていうんだけど、なんとなく意味わかるよね? これがたまらなく感じるんだって言ってた」


「二人とも楽しみ方は全然違うけど、夫婦で寝取られを謳歌しているっていう感じですね……」


「そういうことになるね。でも、共通してることが一つあるんだ」


「なんですか?」


「お互い、すごく愛が深まるんだよ。寝取られる度に『もう今回で終わりでいいよ』って言うし、俺も実際本気でそう思ってる。でも、やっぱり綾乃が他の男に抱かれ……いや、キスだけでいい、キスするのを見たくなるんだ。胸を締め付けられたいっていうか、嫉妬に狂いたいというか」


「……そろそろわからなくなってきました……」


「だろうね。俺自身もわからないんだ。でも――」


「おはよう……」


 リビングのドアを開けてパジャマ姿の綾乃が起きてきた。


「おはようございます!」

「おはよう、よく眠れた?」


 「え〜ん、化粧落としてない〜あたしダメな女〜」

 

 うつむきながら両手で顔を覆って洗面所に駆け込む綾乃。


「かわいいですよね、ほんと」


 そう言うと、涼介はチャーハンの最後のひとさじを口に運んだ。

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