第12話 綾乃の別の顔

 ティアラを載せる位置あたりの髪を無造作に掴まれる綾乃が声をあげる。


「ひゃあっ!」


「脚を大きく広げてごらん。爪先を左右に外へ逃す感じ」


 恐る恐る股関節とかかとを駆使する綾乃。


「ようし、よくできたね」

 

 亮介の左手の電気マッサージ器が唸り出す。同時にヘッドが綾乃の鼠蹊部そけいぶに押し当てられて、ほぐしくていく。


「ぁ……あ……」

 

「さぁ、このまま気持ちよくして欲しかったら、ここからは頑張って立ってないとね、わかった?」


 前髪を掴まれたまま綾乃がうなずき、猫撫で声で言う。


「うん……わかったけど……」


「じゃ、止めるね」


 キッパリと亮介が言い、部屋に静寂が戻る。


「いや、やめないで――」


「頑張れそう? 立っていられそう?」


「うん、うん……」


「涼ちゃんに、綾乃の全てを見てもらいたい?」


「そんなこと言わない……で……」


 亮介は前髪を掴んだ綾乃に顔を近づけ、意地悪そうに言った。


「見てもらいたい?」


「うん……だからお願い……」

 

 綾乃の返答直後、部屋には再びバイブ音が共鳴する。亮介はヘッドを上へとずらしていく。綾乃の声はまた一段と高くなる。

 

 高くも低くもない、うわごとのような声。骨格のない軟体動物が声を発するとしたらこんな音だろうか。振動音も相俟あいまって、よこしまな愉楽に身をやつしている様子は普段の綾乃からは到底想像できないものだった。

 

「よくできたね、お利口。じゃ、そろそろ大好きな涼ちゃんにもしてもらう?」


 綾乃の顔がパッと明るくなり、大きく2回頷いた。綾乃の正面にひざまずく涼介に亮介が言う。


「俺はサブに回るから、涼ちゃんは好きなようにしてみていいよ」


「は……はい!」


 若干の戸惑いが有りながらも、涼介は迷わず唇を綾乃に寄せていくのだった。


「涼ちゃん……お尻……叩いてぇえん……」


 涼介が一瞬固まる。


「そんなに難しく考えなくていいよ。音だけ出してみる感じで叩いてみて」


(パン――)


「もっと……もっと……」


 

(パンッ、)

「ぁあっ!」


(パンッ、)

「ぁあっ!」

 

(パンッ、パンッ、パンッ――)

「ぁはっ……涼ちゃん……ごめんなさい……あたし……あたし悪い子なの……」


 

 綾乃の表情の崩れ方は泣き笑いに近かった。まだ滴ってはいないが、涙混じりの声。

 焦らされ、自白させられ追い詰められ、ついには被虐要求とカミングアウトにまで。


 (綾乃さん……綺麗だ……)

 

 出会ってから1週間。自分を男にしてくれた大人の女。

 下から見上げたあの時とはまるで違う、もう一つの素顔。

 

 大きく息を吸った涼介は、新しい顔を見せてくれたこの人妻に再び恋をした。

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