第二章

第9話 涼介の決心

 燃えた後の恥じらいもありながら、3人ともシャワーを済ませてディナーが始まる。


「うふふ、なんかすごい一日になっちゃったね」


 ワイングラスを持ったまま肩を竦める綾乃。


「うん。綾乃、なんかさっき別の人みたいだった」


「嫌だった?」


「全然。むしろ、すごく……」


 さっきの自分を思い出した亮介は恥ずかしくなり、言葉が紡げなくなった。


「よかったのね。あたしもいろいろ考えたり勉強してるのよ?」


「……もしかしてあれって昼の仕返し?」


「ふふ。ご想像にお任せしとこうかな」

 

「そういうことか……。なんかしてやられた感じがするな……。あ、涼ちゃん遠慮なく食べてね」

 

 バゲットをちぎりながら亮介が言う。涼介は押し黙ったままテーブルの一点を見つめている。その目を覗き込みながら綾乃が声をかけた。


「どうしたの? なんか気に障ることでもあったの……?」



 ◆



「あの、僕……僕……綾乃さんが好きです!」


 夫婦揃って優しく微笑みながらうなずく。


「違うんです、そんな軽い気持ちとは違うんです。あれ以来綾乃さんのことしか考えられないんです。亮介さんは寝取られがお好きだと聞いていますし、今日来てみてそれがよくわかりました。そしたら、だから、もし……もしよかったら……」


 冗談ではないということは声の張りと大きさ、そして何よりも顔つきでわかる。そんな涼介の真剣さは綾乃と亮介の背筋を真っ直ぐにさせた。


 涼介は鼻から大きく息を吸い、はっきりと言った。


 「僕を綾乃さんの公認彼氏にしていただけないでしょうか!」


「きゃ……」


 思わず両手で口元を覆う綾乃。上がった眉毛がその驚きを示している。そのまま横目で夫の様子をうかがう。

 

「ふーん……。じゃ、公認彼氏って具体的にどんな関係になるのかな?」


 そう驚いてもない様子で尋ねる亮介。


「それは……まだこれから考えようかと……」


 先週まで童貞だった涼介はそもそも恋人同士の付き合いというものがよくわかっていない。勇み足というわけではないが、すでにビジョンがある方が不自然だろう。


「そうなんだね。じゃ、俺からルールを提案してもいい?」


「はい、お願いします!」


「最終的には綾乃と合意してもらうことが前提だとして、まず一番大事なルール。言うまでもないけど、綾乃を大切にすること。悲しませたりしないこと」

 

「もちろんです」

 

「次ね。2日連続で綾乃を独占しないこと。例えば、土曜にデートしたなら翌日は相手の番ってこと」


「これで最後。全ては綾乃の判断が最優先されること」


「え、それだけですか?」


「うん。俺に内緒で二人で旅行に行ったりしても大丈夫。報告するかしないかは綾乃の匙加減さじかげん


「いいの? 亮介ちゃん」


 夫にちゃん付けする時の綾乃は普段と違うモードに入ったことを意味する。あえて亮介がそこに反応しなかったのは、ノッている綾乃を見ていたいからだった。


「いいよ。でも、綾乃を傷つけるようなことがあったら許さないからね」


「はい、綾乃さんを大切にします!」


 彼女の父と結婚の申し込みに来た彼氏のようなやり取りだ。


「綾乃は? そもそもOKなわけ?」


「うん!」


 綾乃はニコニコ顔で大きくうなずいた。

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