第5話 お風呂も寝室も二人きり

 バックハグの形で涼介に背中を預ける綾乃。時折顎を左に上げてキスを楽しむ。


「もともとはね、今日は亮介が料理を作ってくれることになってて、あたしと涼ちゃんは……っていう計画だったの」


「え、それって……」


「そう。彼が晩ご飯を準備する間、あなたはあたしを自由にできるの。だから心の準備ができてなかったわけじゃないのね」


「なるほど……」


「でもびっくりしたなぁ、まさか玄関でなんてね」


「ごめんなさい!」


「違うの、すごく良かったの……見てわかったと思うけど。それに、どうせ亮介の発案でしょ?」


「はい……」


「もちろん、知らない人なら絶対嫌よ。犯罪だしね。でも、好きな人に襲われるのって、すごくキュンキュンしちゃうんだ。亮介一人にされたことがあったけど、すごくよかったの」


「今日もそうでしたね」


「そうそう。ただ、相手が二人になったらもう頭がおかしくなっちゃいそうだったわ……。もう死んでもいい……なんて」


「そんなにも……」


「あたしね、今まで寝取られた経験の中でこんなにも特別な感情というか気持ちになったことなかったの。それに、涼ちゃんほどあたしに……あ、ごめん、ちょっとストップするね」


「え、どうして?」


「実は今日の本題はこれなの。亮介がそういうところを知りたいってすごく興味持ってて、あたしだけじゃなくて涼ちゃんからもいろいろ聞いて理解したいんだって」


「そうだったんですか!」



 ◆



 二人が長めの風呂に入っている間に下拵したごしらえを済ませておこうと、亮介は水切りが必要な野菜をカットしているところだった。

 脱衣所で盗み聞きした二人の会話が今も脳内にこだましている。綾乃の言葉のというのは今は深く考えないことにする。今はただ、綾乃の心までもが寝取られたというファンタジーに酔いしれていたいのだ。



 ちょっぴり涙が下睫毛まつげに滲む。いろんな想像をしながら、指を切らないように包丁を動かす。まな板に当たるトン、トンという音が一定のリズムになってきてわずかに現実から逃避できる。


 そんな亮介を嘲笑あざわらうかのように、綾乃の声が奥の部屋からカットインしてくる。ドアも閉まっているのでくぐもっているが綾乃がどういう状況なのかははっきりとわかる。この声を合図に自分も風呂に入ればいいのだが、二人の様子が気になってしまう。


(とりあえず、野菜だけは全部切ろう)


 亮介は深呼吸し、目の前の作業に向き合うのだった。



 ◆


 

 

「この部屋で……お二人が暮らしてるんですね……」


「うん……そうよ」 

 

「羨ましいです」


 涼介はそうつぶやくと、綾乃に口づけする。


「ん……ふうん……どうしたの? 寂しくなっちゃった……?」

 

 しょげてはいないが涼介の目に陰が落ちたように感じた綾乃は、涼介を仰向けにさせる。そっと涼介を優しく包む。



「あなたは特別なの」


 そう言うと、軽いキスをして綾乃は続ける。


「あたしと、あたしたち夫婦にとって、ね」





(なんて素敵なんだろう。どうして綾乃さんと俺が先に出会えなかったんだろう)


 涼介の心にあるのは間違いなく嫉妬を核とした情念であり、燃えたぎる情熱だ。だがそのエネルギーが焼き尽くそうとする矛先は夫である亮介へというよりも、出会いの順番という運命に対して向いていた。今更どうにもならない絶対的な事実が涼介の絶望と羨望に油を注ぐ。


「ぁああ、綾乃さん。大好きです……綾乃さん……」


 綾乃は、自分が歳上だという事実を久しぶりに思い出した。

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綾乃と亮介 5 R&R 宿羽屋 仁 (すくわや じん) @jsrm

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