合格を
「大丈夫ですか?アカシくん」
衆難山の入り口前で待機していた門下生の人が話し掛けてきた。
門下生の人は俺が戻ってくるのを待っていたらしく、もしも夜が明けても戻ってこなかった場合、門下生の人々が俺を探しに山へと入ってくる算段だった。
けれど、こうして俺がやってきた事で彼らは徒労をせずに済んだらしい。
「はい、大丈夫です、ご心配なく」
俺は体の怪我を触って確認する。
肉体は疲弊していたが大した傷はなかった。
五年前で受けた戦闘の傷の方が遥かに酷い程だ。
それに能力の相性があるといえども俺は特級に分類される祅霊を討伐して見せたのだ(正確に言えば特級では無いが…それでも特級の領域である事は確かだろう)、体の傷は痛いけどそれ以上に達成感と満足感を噛み締めている。
「台明寺先生は、まだ起きてるかな?」
出来ることならいの一番に台明寺先生に討伐完了の報告をしたかったが、夜も深い時間帯だ、報告系は明日の朝になるだろう。
と、俺はそう思っていたのだが。
「台明寺先生がお待ちです、貴方の帰りを待っています」
そう門下生の人はそう言った。
こんな時間帯だと言うのに夜更かしをするだなんて体に悪いなと俺はそう思った。
「分かりました、台明寺先生は、自室ですか?」
俺がそう聞くと門下生の人は首を左右に振る。
「道場でお待ちです、アカシくんが来るまでずっと待っていましたよ」
春と言えども夜中になれば冷え込む季節だ、そんな寒い中で、道場で待機だなんて…。
「分かりました、すぐに行きます」
着替える時間すら惜しかった。台明寺先生は衰弱しているのだ。
この五年間で色々あったが、中でも一番の事件は、台明寺先生が倒れてしまった事だった。
既に御老体として肉体は衰えていく一方だったが、逆瀬川さんの事件から、『山籠り』の撤廃により苦労を掛けてしまい、身体を壊してしまった。
今では、恰幅のある肉体は、筋肉を削ぎ落とし、枯れ枝のようになっていた。
「失礼します」
道場の中に入る。
台明寺先生は正座をしながら俺の到着を待ちわびていた。
そして、窪んだ眼窩から俺の顔を見つめる台明寺先生は、生気を失った骸骨に近づいた顔をしている。
何も言わず、俺は台明寺先生の前に座る。
先生は俺の顔をじっと見つめていて、ふと、疑問に思った事を口にし出した。
「アカシ、…お前がここに来て何年目だったかな?」
そう言われて、俺は少し考える。
「細かい日数は覚えて居ませんが…大体五年くらいになりますね」
そう答えると、台明寺先生は少し口を開けた。
時の流れを噛み締めるように奥歯を噛んでいた。
「そうか…時の流れは、早いものだな」
思い出を浮かばせているのか、台明寺先生は言う。
「…お前と最初に出会った時は、アキヒトとは似ても似つかぬ大人しい子だと思っていたが…まさか血が繋がっていないとは思わなかったなぁ…お前を引き取ったのはセンジからの願いでもあったが、一際珍しい闘猛火が成長するに連れ、どこまで伸びるか見てみたかったのが心情だった…山にて、ユノと過ごし儂の下で鍛練を積み続けたその結果、儂の予想を遥かに越える斬人と成ったな」
長々と、台明寺先生は、思い出しながら笑みを浮かべていて、そして。
「…合格だ、アカシよ、お前の成長は、儂の予想を上回った…、儂から教える事は何もない」
俺が祅霊を討伐したかどうか聞かず。
その様に、合格を口にするのだった。
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