千金楽アカシの旅路
「台明寺先生、そんな、事を?」
ユノの身柄をテロリストに預けるなど、正気の沙汰では無い。
だが…そう判断しなければならない、そう選択しなければならない事情があるのだろう。
「これにて、完治とします」
そう言われて、身体に流れる暖かな熱が離れていく。
体の負傷は治っているが、肉体に感じる疲弊と気怠さは残っている。
それでも、歯を食い縛れば戦う事自体は出来るだろう。
「ユノを、あんたらには預けられない…」
床に転がる刀を持つと、それを構えた。
彼女達は敵だ、革命めいた事を口遊むが、行う事は政府に対する反逆。
即ち悪であり、彼女達の組織に、ユノを預けられなかった。
「…その刀で斬りますか?それでも良いでしょう、ですが、殺す事は出来ませんよ?」
千金楽アカシが、女を斬れないと思っているのか。
いや、違う、尤も単純な事であるらしい。
「私は千年を生きました、緋之弥呼として肉体に流れる産霊火は、細胞を回復し、致命傷の傷を癒してしまう、不老不死なのです、…貴方の刃が私を殺せるのならば、是非とも命を断って欲しい」
背を向けながら、八十一鱗ヤヲは歩き出す。
その後ろを狙い、刀を振り下ろせば、彼女を斬る事が出来る。
だが、もしも彼女の言葉が本当ならば、彼女は死ぬ事も出来ずに生き永らえる。
傷の痛みを抱き続けるのだ。
「…やはり、優しい子ですね、後ろから斬らない、だなんて…」
そして、八十一鱗ヤヲは、一体の死体の前に座る。
それは逆瀬川サネミであり、生気を失った瞳が虚空を見詰めていた。
「…この切り傷は、キイトによるもの、ですね、…横槍を入れられたのでしょうか、それはさぞかし、無念だった事でしょう」
人差し指と中指を逆瀬川サネミの瞼に当てると、瞳を閉ざす。
そして、彼の頬を優しく撫でると、八十一鱗ヤヲの指先から、神の火を放つ。
「さようなら…貴方の築いた道は、私達が進み続けます」
彼女が此処に戻って来たのは。
逆瀬川サネミの遺体を弔う為であった。
肉体が暖かな炎に包まれると、逆瀬川サネミの肉体は滅んでいき、塵と灰と化す。
死臭など無かった、それすらも燃やし尽くして、逆瀬川サネミが居たと言う痕跡が消えていく。
「…ユノをどうするつもり、なんだよ」
八十一鱗ヤヲに聞く千金楽アカシ。
「もしも目が覚めたのならば、台明寺さんにお返ししようと思いますが…けれど台明寺さんは、魔剣妖刀を所持し続ける事が出来ないと仰いました、それに従い、ユノさんに、何かしら、命に支障があるとも、そうであれば、このまま彼女を保護しようと思います」
治すと決めた。
そこから先の事の面倒も見る。
一度関わった以上、投げ出す真似はしない。
律儀に八十一鱗ヤヲはそう言った。
ならば、と。
千金楽アカシは八十一鱗ヤヲに近付き。
「だったら…俺もッ、俺も行くッ!!ユノ一人を、預ける事なんて…」
自分も共にすると、そう言い掛けた時。
八十一鱗ヤヲは振り向くと共に、人差し指で、千金楽アカシの口に指を添えた。
そしてしゃがみこんで、千金楽アカシと同じ目線になる。
「…それは出来ません、貴方は、抜刀官になるのでしょう?…サネミならば、きっと、貴方の加入を認めない」
儚げな表情で微笑みながら、彼女は人差し指を離すと。
そのまま、千金楽アカシの頬を撫でて指先で肌をなぞる。
「言うなれば、ユノさんは捕らわれの御姫様です、返してほしければ、力づくで取り返しに来ると良い…貴方が、私の命を終わらせてくれる事を願います」
そうして、八十一鱗ヤヲの唇が近づいた。
咄嗟の事に反応する事も出来ず、千金楽アカシは二度目の口付けを許してしまう。
口の中へと入り込む、柔らかな舌先、ぬるりとした軟体生物の様な感触が口の中に広がると、そのまま、暖かな熱が千金楽アカシの咥内へと流れ出す。
熱が喉を通り過ぎると、千金楽アカシの意識は唐突に途切れる。
体中の力が抜けて、倒れそうになる彼の体を八十一鱗ヤヲが抱き留めると、彼女は下唇を舌先で舐めながら微笑んだ。
「それでは、おやすみなさい…栄えある未来の抜刀官」
意識を燃やされた千金楽アカシは、そのまま眠りに落ちるのだった。
二週間が経過した。
「なに、アカシが目覚めたのか?」
台明寺ギンジョウは諸々の引継ぎ処理を終わらせ、一息吐いていた時だった。
業務室へとやってきた弟子から、千金楽アカシが目覚めた事を知った。
「はいっ!あの、物凄い勢いでお粥を食べてます!!」
千金楽アカシが目覚めた事だけ教えてくれれば良いのだが、それに付け加えてどうでもいい事を教えてくれる弟子。
台明寺ギンジョウは、千金楽アカシへと宿泊場へと向かい出す。
千金楽アカシはずっと眠り続けていた。
八十一鱗ヤヲの産霊火による意識の焼却。
昏睡状態から二週間の経過、千金楽アカシは覚醒したのだ。
目覚めた場所は衆難山寺の宿泊場。
布団が敷かれてその上に眠り続けていた。
台明寺ギンジョウの弟子が交代しながら眠りから覚めるのを待っていたらしく、千金楽アカシが目を開けた時に弟子は騒ぎ、台明寺ギンジョウを呼び寄せる様に伝達していたが、ようやく目覚めた様子だった。
「失礼する、アカシ、目覚めたか?」
宿泊場へとやって来た台明寺ギンジョウ。
最後に見た時から少しやつれた様子であり、千金楽アカシは弟子が用意したお粥を啜る様に食していた。
「ぐあツぐアつッ」
熱々のお粥を箸を使い無理矢理喉奥へと流し込む。
予想以上に元気そうな千金楽アカシを見て安堵を浮かべる台明寺ギンジョウだった。
「おい、…もっとゆっくり食え、アカシ」
そう言うが、お粥を食べる速度が変わらない。
ようやく腹を満たした所で、両手を合わせて合掌する。
「ごちそうさま、でした」
久々の食事。
千金楽アカシは体を軽く動かす。
不思議な事に、身体には異常が無い。
二週間も眠っていれば、筋肉は衰えている筈だろう。
だが、千金楽アカシの肉体は眠る前と同じ状態だった。
産霊火による効果なのだろうと、千金楽アカシは思った。
自分の状態を確認した後に、千金楽アカシは台明寺ギンジョウに聞く。
「…台明寺先生、あれから、どうなったんですか?」
と、当然の事を聞いて来る千金楽アカシ。
「魔剣妖刀は奴らに回収され、ユノは連れ去られた、いや、連れ去って貰った、と言うべきだろう、それがユノにとって、最善だと判断した為だ」
台明寺ギンジョウは、濁す様に続けて言う。
「魔剣妖刀には命を助ける効果を持つ刀がある、ユノは魔剣妖刀と繋がっている故、回収されれば、ユノの命が危ういと思ったのだ」
その言葉に、千金楽アカシは、何かしらの違和感を覚えた。
だが、〈散華流廻〉と言う魔剣妖刀の再生能力を知った事から、ユノも同じなのだろうとそう思った。
だから、逆にユノは連れ去られた方がユノの事を考えての事だと、そう思った。
「…それで、台明寺先生は、どうなるんですか」
話を聞いた所を見るに、魔剣妖刀を奪われたと言う失態。
銅島センジの時は魔剣妖刀の回収の他にも異動が起こったと言う。
ならば、台明寺ギンジョウはどうなるのか、そう聞いた。
「儂か? 上層部からは試刀院の指南役の引退と多額の罰金を払う事で落ち着いた、本来ならば古来の領刀法に則り切腹を命じられたが、これまでの多くの抜刀官の育成と言う功績を鑑みた結果、この程度で済んだ」
本来ならば魔剣妖刀を奪われた時点で切腹らしい。
この時代にまだその様な風習があるのかと千金楽アカシは驚いていた。
「しかし…祅霊を山へ放し、修行者を育成すると言うやり方も問題視され、保有する山も無くなった、残ったのはこの衆難山だけである」
今までの様な、より効率的且つ、急成長が見込める修行方法の廃止。
同時に試刀院の指南役を引退が余儀なくされ、台明寺ギンジョウの地位が暴落しつつあった。
「尤もそう易々と隠居をするつもりは無い、此処まで来る様な修行者が居れば、鍛えてやるつもりよ」
今、衆難山に居る弟子は今まで通りに鍛える。
同時に、この山に勤務していた抜刀官も数を増強させるらしい。
魔剣妖刀が無くなっても、それでも台明寺ギンジョウは〈巖龍〉の契約者、警備と言う名目で抜刀官を増やすと言う結論になったらしい。
それでも、二級以上の抜刀官の配置は難しいらしく、一級以上の抜刀官は量産型の炎命炉刃金では無く、固有の能力を宿す斬神を扱う事で一級である事を認可されている。
その一級抜刀官は各地方に点在する祅霊や、妖刀師の討伐の為に国内中を転々と移動する激務である、同時に一級以上の妖刀師は数が少ない為に、駐在勤務自体が少ないのだ。
その様な状況を脱する為に、台明寺ギンジョウは一級抜刀官を量産するべく育成をしており、一級抜刀官の排出率が年間毎に右肩上がりに上昇しつつあった。
そんな台明寺ギンジョウの育成方法を廃止する事で一級抜刀官の排出率が低くなる事が懸念されるが、また別の組織が台明寺ギンジョウの育成法を倣い、修行場の建設をしているとの事だった。
「それよりも…お前の方は、大丈夫なのか?アカシよ」
ユノとは仲が良かった。
ユノの為によかれと思っても、千金楽アカシにとっては複雑な事だろう。
心中を不安視する台明寺ギンジョウに対し、千金楽アカシは自らの掌を見詰める。
「…なんだか、俺はまた、約束が増えてしまいました」
自らが喰い千切った四本指。
其処には様々な約束が生まれていた。
「早く強くなって…そして、迎えに行かないと。
じゃないと、約束ばかり増えちまいそうだ」
ぎゅっと。
拳を強く握り締めながら、千金楽アカシの脳裏に過る悪意を思い浮かばせる。
「それに…倒さなくちゃならない奴も出来た」
焦燥はある。
怒りも宿る。
何時までも、立ち止まるわけには行かない。
「山あり谷あり…果たさなくちゃならない事だらけで多難だけど」
否。
立ち止まる事を許してくれない。
既にその背中には、多くの想いを背負っている。
彼らが押してくれる限り、止まる事など出来ない。
「俺の旅路は、まだこれからだ」
台明寺ギンジョウは、何処かで聞いた事のある台詞に耳を疑った。
千金楽アカシの台詞に、嘗ての弟子の姿を思い出す。
しかし、台明寺ギンジョウがそれを語る事は無かった。
『転生抜刀官』第二章・完。
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