その男の正体

刀を振り上げる。

感傷に浸る事も待ったを掛ける事も無い。

逆瀬川サネミの最期は抵抗する事無く、斬首を受け入れた。

世に語る事実はそうなる筈だった。


だが…この幕引きに缶を投げ入れる様な行為が、逆瀬川サネミの肉体を切り裂いた。


「っ」


千金楽アカシ、では無い。

彼は敵に対し敬意と残忍さを以て首を一太刀で斬り落とそうとした。

だが、扉の先から放たれた斬撃は、逆瀬川サネミ…では無く、千金楽アカシに向けて飛んだのだ。

殺気を感じ取った逆瀬川サネミは、千金楽アカシに手を伸ばし、彼を弾いて代わりに斬撃を受けたのだ。


体を切り裂く一撃を受けた逆瀬川サネミ。

彼は、斬撃を受けた際に切り口から亀裂を奔らせる斬術戦法を知っていた。


「ッ…な、ぜだ」


掠れた声を漏らしながら、逆瀬川サネミは、その者の名前を告げた。


「きぃ、と」


キイト。

その言葉を最期に、無様に逆瀬川サネミは死んだ。

言葉を発する事無く、肉の塊となった逆瀬川サネミを、唖然とした表情を見詰める千金楽アカシ。

そして、寺院の内部へと踏み込む闖入者の姿へと視線を移す。


「チッ…死に損ないが、邪魔せず死んどけ」


尊敬すら抱いていた、逆瀬川サネミに対し、その様な暴言を吐くと共に、黒髪に白髪が混じる少年が入って来る。

歳は、千金楽アカシよりも上だろうが、それでも若い、十二歳。

年齢が上であり、その体格も千金楽アカシより上だ。


「…なん、だよ」


千金楽アカシは弛緩した指の力を込める。

小指を欠損した右手が感情と共に硬く柄を握り締める。


「あぁ…でも少しだけ、スッキリしたなぁ、なぁにが、世界を救うだ、病の人を助けるだ…口を開けば人の為人の為なんて…うざってぇたらありゃしねぇ…けど、傑作だよなぁ、最期は何も成せず、ぽっくり死んじまったんだから…っくく」


不揃いな歯並び。

尖り切った牙を剥き出しにして、肩に背負う刀を担ぎながら。


「ぎゃはッ、ひゃはははッ!あぁバカみてぇだなぁ!!逆瀬川ァ!!こぉんな夢見がちなオトナ様にゃなりたくねぇぜッ!!」


逆瀬川サネミを嘲笑う、その声が、どうしようも無く…千金楽アカシを逆撫でする。

彼の頭に過るのは、不快な存在を消し去ってしまいたいと言う感情、そして、自身が尊敬するものを踏み躙られた…怒りが沸き上がった。


「黙れぇ…てめぇは、誰だよッ!!」


納刀と共に闘猛火を鞘内部へと貯め込む。

すぐにでも敵を斬り殺したいと言う感情が、十分に奥義を放つ段階に至らず、早計のままに抜刀し〈襲〉を放つ。


放たれる超密度の超重力による斬撃。

それを目測で認識し、身体を縮める様に動く事で攻撃を回避。

壁に斬撃が衝突し、一線の穴が刻まれた。


「逆瀬川さんを、侮辱するな…ッ」


怒りの形相を浮かべながら、千金楽アカシは対峙する。


大きく手を広げてお道化た姿を見せる男。


「なに、キレてんだよ? こいつは敵だったんだろぉ?死んで万々歳じゃねぇかよ」


この男の言う通り。

逆瀬川サネミは敵だ。

彼が引き起こす惨状を止める為に奔走した。

けれど。


「…この人は、確かに俺の敵だった、この人にとって俺が敵であったように…だけど、父さんの知り合いで、台明寺先生の教え子で…最後の最期で、俺に剣を教えてくれた」


逆瀬川サネミが居なければ、〈襲〉の技は完成しなかった。

父親が遺した技を知る事無く、成長する所だった。

それを教えてくれたのが、逆瀬川サネミと言う男。


「逆瀬川さんの間に、確かな繋がりがあったんだ…ッ俺が、この人の分まで頑張ると、だから俺がッ」


逆瀬川サネミを背負い、強くなる。

そう覚悟して、殺す想いを抱き、刃を振るった。

なのに、あの男が、その覚悟を踏み躙ったのだ。

許せる筈が無い、許してなるものか。


「俺が殺す筈だったんだッ!…俺が背負う筈だったんだッ!!、お前なんかが、へらへら笑って、横取りして良い人なんかじゃないッ!!この人の晩節をお前が穢したんだ!!」


刀の切っ先を男に向ける。

その熱意、殺意を受け止めて、男は嬉しそうに笑みを浮かべてみせた。

何処までも神経を逆撫でする行為に、千金楽アカシは歯軋りをする。


「んん~、無駄な講釈ご苦労さん、けど、やぁっとオレの方を向いてくれたなぁ?千金楽アカシ」


名前を呼ばれる。

可笑しい事に気が付く千金楽アカシ。

自分の名前は、彼には教えていない。

そしてその口振りから、前から、その男は自分の事を知っている様子だった。

だが…面識など無い、その男の瞳に写る狂気は、怨嗟の塊…そう思ってしまう。

思考を巡らせるが、それでも正体に辿り付く事が無い。

頭を悩ませる千金楽アカシに、男は楽しそうに声を張り上げた。


「俺の正体知りたいか?いンや是非とも知ってくれ、俺はお前の恩讐の相手、復讐の申し子、仇成す凶器」


気が狂った様に叫ぶ。

意味の無い言葉を並べて焦らしているかの様に思え、不快感を覚える。

この男と寸劇をする気など毛頭ない、今すぐにでも斬り伏せてしまいたい感情を抑えながら声を漏らす。


「わけ分かんねぇ事を喋んじゃ…ッ」


即座。

男は刀を振るう。

闘猛火を付加された斬撃が、千金楽アカシに向かって飛んで来る。

下から上へ振り上げた斬撃を、千金楽アカシは刀を振るい斬撃の軌道を重力で歪ませて斬撃を弾いた。

男の表情は目を大きく見開かせて、穴が開く程に千金楽アカシを見詰める。


「黙って聞け、聞いて驚け、驚いたら死ね、俺の名前は淵東えんどうクズハ」


それが男の名前だった。

名前を聞いても尚、千金楽アカシには聞き覚えの無い名前だ。

しかし、次の台詞を聞いた時、千金楽アカシは悲惨な過去が降り注ぐ思いをする。

口を開き、卑下た笑みを浮かべ。


「―――望月もちづきアクザの弟分だ」


千金楽アカシは驚く。

その男に両親を奪われた。

その名は望月アクザ。


斬神〈襲玄〉によって潰された因縁の相手の名だった。


「…っ!!?」


淵東クズハ。

名前など知らない。

だが、望月アクザの妖刀師としての組織。

その残党が、千金楽アカシを狙っていると言うのならば…可笑しくはない話だ。

だが、こんなにも、若い子供が望月アクザの子分だとは到底思えなかった。


「聞いて驚いたなぁ?そうだよ、その顔が見たかった、俺のアニキを殺したテメェを殺す為に、なかよしこよしな慈善団体にまで入る苦行を受け入れたんだ、それくらい驚いて貰わねぇと逆に困るぜッ!」


叫ぶと共に、淵東クズハは地面を蹴る。

走る速度は其処まで早く無い。

〈炉心躰火〉を習得していないのだろう。

大きく刀を振り上げると共に、淵東クズハは千金楽アカシに向けて叩き付ける。


「くッ!!」


納刀した刀を抜刀。

半ば抜き身の状態で攻撃を受け止める。


淵東クズハは刀を持つ方とは逆の手を千金楽アカシに向ける。

人差し指と中指を向ける、指先には刺青の様なものが刻まれていた。


「〈しぃ〉〈つぅ〉―――〈しゃあ〉ッ!!」


言葉と共に、闘猛火を指先へと流し込む。

出力変換、特殊な技法により指先を疑似的な『焔転変火』へ変える。

特定の斬人の血液を濾して作られた墨を入れる事で使用出来る技だ。

指先に刻まれた紋様を通過する闘猛火は、指先から放たれると共に鋭い針の様に、千金楽アカシの腹部に突き刺さる。


「ぐッおぉおッ!!」


腹部から感じ入る激痛を覚えながらも、闘猛火を刀身へ込める。

そして鍔迫り合いをする際に、相手の重力の向きを逆にする斬術戦法・夜咫烏〈斥〉を使役。

背後に向けて落下する様に弾き飛ばされる淵東クズハ。


「く、そッ」


歯を食い縛りながら淵東クズハを見据える。

一度、刀を納刀する。

刀を下ろす様に構えて、集中する。


「く、ふ、ぅぅぅぅ…」


大きく酸素を吸い上げると、炎子炉が活発化していき、闘猛火が排気孔を通り刀身へと流し込まれる。


下から上へと放たれる斬撃・夜咫烏〈襲〉を抜き放つ。

鋭い斬光が放たれたと共に、淵東クズハは咄嗟に体を逸らして攻撃を回避したが、先の夜咫烏〈斥〉によって態勢を崩していた、回避行動が遅れて、刀を持つ方の腕が斬撃に巻き込まれる。

二の腕の半ばで綺麗に切断された淵東クズハは、大量の血液を流しながら腕を抑える。


「ぎ、ひッ、ぎゃッあああああああッ!!」


痛々しく声を荒げる。

その声すらも千金楽アカシには煩わしいものだった。

早々にトドメを刺そうとするが、再び、千金楽アカシは唖然とする。


「はっ…はッ、ひっ、い、痛ぇよぉッ、ぎひっひっ!いてぇ、イてぇ、痛くて、イっちまいそうだぁ…ひひゃひゃ」


被虐体質特有の、暴力を受けた際に笑みを綻ばせる行為。

腕を切断された筈なのに、淵東クズハは唾液を垂らしながら満面の笑みを浮かべて引き笑いをする。


「あぁ、チキショウ、こんな痛ぇのは、アニキが俺の局部を蹴り潰した時以来だぁ…あぁ、やべぇ…ひひっ、痛過ぎて、ケツ穴が緩んじまうぜぇ…」


下品な台詞を並べる。

だが千金楽アカシが唖然としたのは彼の顔でも、その言動に対してでも無い。

斬り飛ばした筈の腕部。

切断面から網に置いた餅の様に膨らみ、腕部の形状へとカタチが変形し、元の腕へと戻ったのだ。

人間の再生機能の限界を超えた異常事態に、驚きを隠せなかった。


「良いじゃねぇの…〈散華流廻さんげりゅうかい〉、俺に丁度良い魔剣妖刀だぜ」


掌を動かし、指の開閉を何度もしながら神経が繋がっているかどうか、感触が働いているかどうか確認した末に、淵東クズハは千金楽アカシを見る。


「しっかし、惨いなぁ、腕を斬り落とすなんて、そんな非道な性格で、アニキを殺したのか?千金楽アカシ」


魔剣妖刀と言う言葉。

その異常な程の再生能力は魔剣妖刀によるものらしい。

しかし、淵東クズハが所有する魔剣妖刀は、彼の腕諸共斬り飛ばした。

なのに何故、再生能力が発動しているのか分からなかった。


「…テメェのアニキは潰れて死んだ、だけどお前はその心配はしなくて良いらしいな」


恐らくは不死身。

だがそれがなんだと言う。

一度殺しても殺したりない。

それ程までに殺意が過るのだ。

むしろ、有難い事だろう。


「言うじゃねぇか…千金楽アカシぃ、まあ?尤も、お前のオヤジは、なんともまあブザマで笑える死にざまだったらしいけどなぁ?」


逆瀬川サネミはおろか。

千金楽アキヒトすら侮辱した。

最早、容赦はしない。

ただ静かに、千金楽アカシは殺意を鋭利に研ぎ澄ませる。




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