〈襲〉対〈收閃〉



「すぅ…」


肺に酸素を貯め込む。

炎子炉へと酸素を直入。

生成される闘猛火を排気孔へと運ぶ。

焱門を開き掌から刀へ向けて流し込む。

紫と黒の闘猛火が刀身を纏い出す。

刀身が重くなるより速く。

刀を振り払い、重力と斬撃を付加した闘猛火を薙ぐ。


夜咫烏やたがらす・〈かさね〉ッ!!」


糸よりも髪よりも細く圧縮した超密度による超重力。

万物を切り裂く一撃、それはしかし、逆瀬川サネミに接触する事無く、遥か斜め上の仏像の頭部を斬首した。


(紫と黒の闘猛火…焔転変火による属性の変質か)


逆瀬川サネミは千金楽アカシの斬撃が特殊なものであると看破する。


(第一に俺の脅威を知って貰う、迂闊に飛び込めない様にするッ!だけど問題は、刀だッ!!)


逆瀬川サネミに己の力を誇示した。

次に行うのは攻略法である。

事象を反転させる事が出来る能力。

それを使われてしまえば、優勢であろうとも逆転される。

魔剣妖刀を警戒する千金楽アカシに対して、逆瀬川サネミは咳をしながら告げる。


「この刀の脅威を恐れているのか?なら心配するな、魔剣妖刀の力は使わない」


その様に宣言してみせた。

敵の言葉など信用には値しない。

だが、逆瀬川サネミはそう宣言した以上、絶対に自ら使用はしないだろうと言う納得感がある。


「何故使わないんですか…俺が子供だからですかッ!!」


千金楽アカシは声を荒げる。

逆瀬川サネミは頷くと共に、彼に向けて告げる。


「子供だからだ、これは舐めているワケじゃない、魔剣妖刀の契儀の問題だ」


魔剣妖刀〈-歪昊-ふじつせいてん〉。

『この状況を引っ繰り返したい』『絶望を希望へ変えたい』『弱き者が強き者を下したい』と言う渇望。

盤上を引っ繰り返す事を前提とした魔剣妖刀。

発現した能力は事象の反転と言う破格の力。

しかし当然それを扱うにはそれ相応の代償もある。

能力の性質上、上記の中の何れかを満たさなければ発動しない。

そして逆瀬川サネミは極度の虚弱体質と灰血病。

精神的に自分と同等の体格には劣ると言う思考故に三番が当て嵌まる。

即ち、〈歪昊〉は弱者の牙であり、戦況を逆転する切り札でもある。


だが、千金楽アカシは違う。

彼は子供である、自分よりも弱き存在。

何よりも逆瀬川サネミは千金楽アカシよりも上の存在で在りたいと言う想い故に、〈歪昊〉の使役をする事が出来なかった。


だが、それでも。

魔剣妖刀の力が無くとも。

逆瀬川サネミの技術は千金楽アカシよりも遥か上を行く。


「試刀流斬術戦法」


逆瀬川サネミは抜刀した状態で構える。

既に肺に溜まった酸素を炎子炉へ焚べ、闘猛火を生成。

それを刀身へと流し込む事で放たれる斬撃。


「〈-弔辻-とむらつじ〉」


抜刀時、斬撃が射出される。

三日月の形状をする斬撃を、千金楽アカシは刀身から闘猛火を放出して空を斬る。

紫と黒の闘猛火が残留し、その残滓に触れた三日月の斬撃が軌道を変えた。

斬った方向へと重力を変え、攻撃を回避したのだ。


(重力…嘗て英雄が持っていた襲玄と酷似している…一度握った事があるのか?)


逆瀬川サネミは千金楽アカシに対する興味が尽きない。

険しい表情を浮かべながらも、戦いを愉しんでいる様子だった。


「…っ」


千金楽アカシに集中していた時、ふと真横からの殺気に勘付いた逆瀬川サネミ。

魔剣妖刀を抜刀し、斬撃を〈流刃〉で弾いた。

千金楽アカシの攻撃…では無い。

逆瀬川サネミは視線を八十一鱗ヤヲとユノとの戦いに向けた。


器用に三節棍を振るいながらユノとの接近戦に興じる八十一鱗ヤヲ。

ユノは彼女の攻撃を回避しながら適度な距離を保つと、刀を振り上げて斬撃を放つ。

器用に曲げながら、斬撃が逆瀬川サネミの方へと向かって来るので、その攻撃を逆瀬川サネミは抜刀と共に防御しようとした。


「けほッ…一対一と言った筈だがね…」


だが、ユノの斬撃に目を引き過ぎていた。

逆瀬川サネミの懐へと入り込む千金楽アカシ。

瞬時に焱門を開き〈炉心躰火・煙〉から〈炉心躰火・爆〉へと切り替え、瞬間的な身体能力を向上させる。


「夜咫烏ッ〈やと〉ッ!!」


刀身に力が纏う。

重力によって重量した刀身を大きく振り上げた。


(受けるのは、不味いな…)


逆瀬川サネミは直感的に斬撃を受けるのが不味いと判断する。

地面を強く蹴り上げる、千金楽アカシの斬撃を回避。

しかし跳ねた際の足が、千金楽アカシの刀の切っ先で裂かれた。

背後へと飛び、背中から迫る斬撃を、背面へ回転する様に飛ぶと、刀身に〈流刃〉による闘猛火を纏い、攻撃を弾く。


そして、着地する逆瀬川サネミは、千金楽アカシの方に視線を向けて態勢を整えようとして、脚部に違和感を覚える。


(斬られた箇所、その部分が重たい…重力を纏う闘猛火、斬った箇所に闘猛火を流し込み、疑似的な重量による枷を付けたと言うワケか)


夜咫烏・咒。

刀身に纏う〈刃〉を受けた際に、咒を脚部に流し込んだ。

これにより逆瀬川サネミの動きが必然的に制限されてしまう。

足を引き摺る様に動かすと、逆瀬川サネミは足だけが重たい事を察知。


「強いなぁ…」


逆瀬川サネミはそう呟く。

千金楽アカシには聞こえない声だ。

掠れた様な声は、声帯や食道が腐敗している表れだった。

咳をすると、大量の血液が掌に付着する。

何れ終わりが見えている、生命の火が弱まるのを感じる。

気弱になる己の心を握り潰す様に、赤く濡れた手を強く握ると、刀を構えた。


(まだだ…まだ…教えていない、この技を)


命が潰える前に。

逆瀬川サネミは相手を見据える。

千金楽アカシ、嘗ての兄弟子の息子。

それに、教えられたものを、教えなければならない。


(先輩の奥義、抜刀術、〈-收閃-しゅうせん〉を)


得た恩義を、返さなければならない。

それが、逆瀬川サネミが最期に選んだ選択だった。


逆瀬川サネミは刀を構える。

片手で鞘を握り締め、もう片方の手で柄を握り締める。

刀の位置は垂直に、脇腹に当てる様に刀を構える。


(なんだ…この構え)


深く呼吸を行う逆瀬川サネミ。

抜刀した所で、技がどの様に飛んで来るのか、刀身が抜き放つ角度を見れば余裕で回避出来る。


「これは、キミのお父さんが生み出した神業を、俺が継承したものだ」


父親の斬術戦法。

それを聞いたと共に千金楽アカシは驚いた。

父親から、斬術戦法を習った事は無かった。

普通の抜刀官であるが故に、その斬術戦法は公式で教授される試刀流斬術戦法。

そんな父親が、独自で開発した斬術戦法が、逆瀬川サネミが使役しようとしている。


「構えろッ」


逆瀬川サネミの声に反応し、咄嗟に千金楽アカシは刀を振った。

重力の向きを変える斬撃の残滓。


逆瀬川サネミが抜刀する。

輝かしい一筋の刃が目に映ったかと思えば。

背後から、衝撃が走り出す。


「が、ぁ?!」


それは、ユノであった。

その斬術戦法に危険を感じ取ったのだろう。

八十一鱗ヤヲとの戦闘を放棄して、ユノが千金楽アカシを助けたのだ。

体当たりをされて、ユノ諸共千金楽アカシは倒れる。


「く、っ!?」


千金楽アカシは驚きを隠せない。

先程の斬撃は、千金楽アカシは反応出来なかった。

だが、原理は何となく理解出来た。


(俺の〈襲〉と同じだ…闘猛火を限界まで圧縮して放つ斬撃ッ、だけど、俺の斬撃よりも威力も精度も、あっちの方が上…ッ!!)


千金楽ちぎらアキヒトが考案し、たった一度使用した奥義。

その後、弟弟子である逆瀬川サネミへと継承された。

試刀流斬術戦法〈-鞘辷-さやすべり〉より派生。

極限にまで突き詰めた技であり、実戦で使役する事は不可能とされた欠陥の一撃。


「これが…〈收閃しゅうせん〉だ」


膨大な熱量を鞘の中で膨張させ、その熱を剣筋へと凝縮させる事で放たれる技である。

零に近しい線状の斬撃は、分子と分子の狭間を斬り断つ原理上・万象切断を可能とした斬撃であった。


「っ…あ、ユノ!!」


己と共に倒れるユノに目を向ける。

彼女は動く事無く倒れたままだった。

それもその筈、先に千金楽アカシを助けた際に、ユノだけが〈收閃〉を受けてしまったのだ。

腹部を綺麗に切断されて血を流すユノ。

彼女の傷を見て狼狽えてしまう千金楽アカシ。

その前に…八十一鱗ヤヲが立ち尽くす。


「ユノ…ゆのッ!」


血を止めようとする千金楽アカシ。

八十一鱗ヤヲは、彼らに向けて手を伸ばすと、神の火を燃やし出す。

そして…その掌を、ユノに当て、傷口を癒した。


じゅうじゅう、音を立てながら、傷口の細胞が増殖していき、塞がっていく。

敵である八十一鱗ヤヲに目を向ける千金楽アカシ。

何故、敵が治してくれるのか、とそう思った。


「これは、一対一の戦いです、サネミはそれを望んだ、貴方が死ぬか、彼が死ぬか…それ以外の死は望んでいない」


そう八十一鱗ヤヲは告げる。

ある程度の応急処置を終えたが、ユノは目を開く事無く気絶している。


「応急処置は終わりました…さあ、続きをお願いします」


ユノを抱き上げながら、八十一鱗ヤヲは彼女を連れてその場から離れようとした。


「ゆ、ユノを…どこへ」


そう千金楽アカシが聞くが、八十一鱗ヤヲの足は止まらない。

時間が惜しいのだろうか、振り向く事無く告げた。


「御心配無く、この戦いに支障が出ぬ様に、安全な場所へと向かいます、…一つ、言っておきますが…この戦いは、彼の最期なのです」


視線を千金楽アカシの方へ向け、言う。


「サネミをどうか、失望させて死なせない様にお願いします」


その言葉を残して、寺院内部から離れる八十一鱗ヤヲ。

残された者は、逆瀬川サネミと、千金楽アカシの二人だけだった。


「…死ぬ?」


千金楽アカシは、逆瀬川サネミを見る。

先程のやり取りを待っていた逆瀬川サネミ。

千金楽アカシに立つ様にと、視線を向けている。


「…死ぬんですか?」


千金楽アカシは聞いた。

逆瀬川サネミに、そう聞くと、彼はゆっくりと頷いた。


「そうだ…俺は、もうじき死ぬ、キミが勝とうが敗けようが、俺の人生は此処で終わりだよ」


ならば。

千金楽アカシの脳内に過る疑問を、声として出す。


「だったら…戦う意味なんて、無いじゃないですか」


刀を握り締める力を緩める。

逆瀬川サネミ。

その願いは世に蔓延る灰血病を治すこと。

その為に奔走し続けた。


その願いの為に夢を見続けた筈だ。

なのに、逆瀬川サネミは夢の末路を見る事無く死ぬ。

自らが呪い恨んだ灰血病によって死ぬ。


夢が見たいから戦ったのだろう。

夢を叶えたいから戦い続けたのだろう。

なのに、その結果が、その夢が果たされるかどうかも分からず、病によって死ぬ。


「こうして…戦って、俺が死んでも、貴方も死ぬ…戦わなければ、生き永らえる事も出来る、なのに…なんで、俺と戦ってんですか!!」


既に、魔剣妖刀を回収する事は叶わない。

魔剣妖刀・襲玄は強固にして厳重な守りで封印されていた。

ならば、その時点で逃げれば良かった。

次の計画の為に英気を養えば良かった。


なのに何故、子供相手に戦うのか。

それが千金楽アカシには分からなかった。

命を無駄に捨てる行為が、どうしても理解出来なかった。


「…俺の願いは、世界の人々から、灰血病を治す事…」


自分が苦しんで来たこの痛み。

磐戸国だけでは無い、世界規模で灰血病は発症しており、致死率は九割を超える。

嘆き、哀しみ、絶望を抱く人々を救いたかった。

だから、己を犠牲にしてまでも、哀しみを捨て去り笑顔を咲かせたかった。


「それが…国賊の妖刀師、逆瀬川サネミの願い、だから…」


けれど、今は違う。

千金楽アカシに出会った事で。

忘れていた筈の感情を。

千金楽アキヒトの後輩であった頃の自身を思い出してしまった。


「俺は此処で死ぬ、けれど、俺の意志を継ぐ者は居る…アカシくん、キミも、俺の意思を継いでくれ…此処で無駄に死ぬ事を嘆くと言うのなら…俺の意思を…」


ゆっくりと手を伸ばす。

しかし、千金楽アカシは首を左右に振った。


「…俺は、俺の目指す道は…抜刀官だ、父さんが歩んだ道だ…だから、俺は、貴方の敵だ」


その決意は揺るがない。

逆瀬川サネミの願いを否定され、そして逆瀬川サネミは満足げに納得する。


「…あぁ、やはり、先輩の、御子息だなぁ…」


逆瀬川サネミの意志は別の誰かが受け継いだ。

千金楽アキヒトの意志は、千金楽アカシが受け継いだ。

血の繋がりが無くとも、家族の繋がりが其処にあり、それを目にした逆瀬川サネミは。


「なら…話は終わりだ、…この一振りを以て、終わらせて貰う」


そうして、逆瀬川サネミは構える。

最大奥義の抜刀術〈-收閃-しゅうせん〉を以て、斬り伏せる。


千金楽アカシは考える。

〈收閃〉と呼ばれる斬術戦法。

それは千金楽アカシの〈襲〉と同じ斬撃の超圧縮である。

しかし、千金楽アカシの〈襲〉は斬撃を振るう際にブレが生じ、狙いが定まらない。

なのに、〈收閃〉は狙った箇所に確実に当てる事が出来る。

その際は一体なんであるのかを、相手の構えから学習する。


(なんだ、俺の技と何が違う、何が…刀)


自分と相手の相違点。

千金楽アカシは刀の鞘を腰に携えている。

それに対して、逆瀬川サネミは鞘を手で持っていた。

単なる構えとばかり思っていたが、其処に相違点がある事に気が付く。


(刀じゃない、鞘だッ、鞘で刀の位置を固定して斬撃を固定してるんだッ!)


腰から鞘を抜く。

納刀し、逆瀬川サネミと同じ構えを取る。


(逆瀬川さんの様に…鞘を持って、刀を構える…ブレを減らし、相手に狙いを定める)


両者。

共に刀を構える。

千金楽アキヒトから教授された奥義の構え。

片手で鞘を握り、もう片方の手で柄を握る。

逆瀬川サネミの斬術戦法。


その技を見倣う、千金楽アカシ。

意識を研ぎ澄まし、逆瀬川サネミの技術を奪い糧とする。


「す、ぅ…う…ぅぅぅ…」


深く呼吸を行う。

酸素を吸い上げ炎子炉へぶち込み、闘猛火を量産する。

炎子炉を全開させ、刀身へと流し続ける。

一秒でも早く、一滴よりも多く、刀身へ注ぎ込む。

相手が抜くよりも速く刀を抜く。

しかし、相手よりも速ければ、相手はより多くの闘猛火を流し込み、斬撃を凌駕する一撃を放つ。


敵より遅く、敵より早く。

その矛盾を込めた斬撃の最中。


(今だ…ッ)


千金楽アカシが、逆瀬川サネミよりも速く抜刀を決意する。

重力を乗せた斬撃は、逆瀬川サネミの技よりも速く撃った所で、斬撃の重さの分、逆瀬川サネミの斬撃を凌駕するだろう。

ならば、ある程度、溜まった状態で放てば、逆瀬川サネミを押し切る事が出来る。

そう思っていた。

だが、引き抜く寸前で思い止まった。


(…なんで)


逆瀬川サネミの顔を見詰める。

敵である筈の相手の表情。

険しい顔でも怒りに満ちた顔でも。

敵を見詰める顔ですらない。


「 …」


その顔は。

何処までも優しさに溢れていた。

久しく、その顔を忘れていた千金楽アカシ。

懐かしさを思い出して、涙が零れ出す。


(なんで、そんな顔をッ)


その表情は、以前から知っていた。

幼き頃、父親や先生が、彼に向けて浮かべる柔らかな顔。

斬術戦法を教える際に、小さな自信が折れぬ様に、崩れぬ様に、優しく手解きをした者達の顔。

成長を誇らしく思い、見守り続ける時の表情だった。


『がんばれ』

『つよくなれ』

『おれをこえれるように』


千金楽アキヒトの様に。

銅島センジの様に。


想いを継承する者たちの暖かな願いが。


逆瀬川サネミにも感じ取れた。

だから。


(相手よりも、多くの闘猛火を、鞘を握り締める手首は固定しろ、柄を握り締める手は柔軟に、放たれた斬撃の流れ変えない様に、受け流すようにッ!!)


口では無く、身体でも無く。

心で、逆瀬川サネミの指導を、意図を読み取り、修正していく。

精錬された構え、完成された技。

それを見た逆瀬川サネミは笑みを綻ばせる。


「上出来だ」


そんな、師と呼ぶに値する男の声が聞こえた気がした。

逆瀬川サネミの抜刀、放たれる〈收閃〉の斬撃は。

後手より抜刀した、千金楽アカシの夜咫烏〈襲〉に切り裂かれた。

刹那の瞬間、瞬きをするよりも速く。


逆瀬川サネミの体に、重力の刃が彼の身を切り裂いた。











「…まだ」


渾身の一撃を受けた筈の逆瀬川サネミ。

肉体は確かに、超重力の斬撃を受けて切断された筈だ。

だが、逆瀬川サネミの命は潰えていない。

それ所か、彼の肉体は切り裂かれた事実すら消えていて、傷一つ無かった。


「生きて、いる…」


理由を探す。

だが、心の底ではうすらと理解していた。

己の手にある魔剣妖刀〈-歪昊-〉。

ゆっくりと刀を引き抜くと共に、その刀身が折れている事を悟る。

…魔剣妖刀は意志を宿す斬神だ。

一振り一振りに個性や性格がある。

恥ずかしがり屋で、抜刀時、刹那を過ぎ去ると強制的に納刀状態になってしまう事象を発動させる〈歪昊〉は、刹那の瞬間に抜刀と対象を切り裂く事が出来る逆瀬川サネミとの相性が良かった。

故に、魔剣妖刀〈歪昊〉は自身の力を存分に扱える逆瀬川サネミに懐いていた。

そしてその感情は、自らの命よりも優先する主従関係の〈従〉を抱く程に。


「俺の代わりに、か?…ふじつ、せいてん」


故に〈歪昊〉は千金楽アカシが放つ〈襲〉の攻撃を肩代わりした。

肉体を切断される程の威力を〈歪昊〉が受け切る事で、代償として刃の粉砕…斬神としての終わりを示したのだ。


「…馬鹿な刀だ、…命短しこの俺の代わりに逝くなど…」


そう呟く。

例え攻撃を回避しても、逆瀬川サネミの命は此処で終わる。

〈歪昊〉の行為は無駄死にでしかない。


「…いや」


違う。

〈歪昊〉が無駄死にかどうかは、誰が決める事では無い。

少なくとも、終わりを迎えた者に意味を授けるのは、今を生きる者達の特権。

〈歪昊〉が逆瀬川サネミに命を託した、ならば〈歪昊〉が微かに残した残り火の意味は、逆瀬川サネミが決めるものだった。


「…アカシくん」


逆瀬川サネミは喋り出す。

呼吸をするだけで胸が苦しい。

だが、それでも伝えねばなるまい。


「…キミの夢は、抜刀官、だったね」


既に、国賊の妖刀師としての逆瀬川サネミの夢は他の者に託した。

ならば、今、ここに立つ逆瀬川サネミは、ただ一人の男として。


「なれるよ、何故ならキミは、千金楽アキヒトの技を…いや、逆瀬川サネミを打ち破った斬人だから」


夢を追う少年の背中を押す。

ゆっくりと、逆瀬川サネミは膝を突く。

そして首を垂らして、自らの死の在り方を決める。


「抜刀官になるキミは、何れ人を殺すだろう、その際に、命を背負うと言う覚悟が無ければ、何れ精神が崩壊してしまう…キミがその時、罪に押し潰されない様に…今、此処で覚悟を決めろ」


抜刀官になる。

その道は人斬りの所業。

茨の道であり蛇の道である。

千金楽アカシはそれでも尚、抜刀官になると決めた。

ならば、その背中を押すのが、妖刀師である逆瀬川サネミに出来る唯一の事。


「改めて、抜刀官になる事、罪を抱く者を処罰する事を、それが、俺がキミに教える最期のこと」


国賊の妖刀師・逆瀬川サネミが彼に教える事。

人を殺す事であり、その命を奪い、生命を終わらせる罪を背負う事を。

刀を強く握り締めて、千金楽アカシは深く息を吸いながら呼吸を整える。


「…背負いますよ、俺は全てを背負って、抜刀官になります」


既に人を殺す事に迷いはない。

先の戦いで、千金楽アカシは逆瀬川サネミから斬術を受け取った。

ならば後は、覚悟と想いを背負い生きるだけだった。









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