旅路の終着点
…逆瀬川サネミは咳をする。
長い長い廊下を走り続け、内部にて護衛を務める抜刀官が闖入者を発見次第切り掛かる。
その際に、逆瀬川サネミは〈歪昊〉を使い、自身が切り裂かれると言う事象を反転し、逆に相手を切り裂いた。
「逆瀬川サネミを攻撃するなッ!!逆にやられるぞ!!」
等と、逆瀬川サネミの能力を知る抜刀官による情報共有。
だが、相手が後手に回ると言うのならばそれで良い。
「試刀流、斬術ッ、戦法…〈
鞘から抜き放たれる斬光。
千金楽アキヒトと共に斬術を学び、その抜刀術は兄弟子を越える神業を宿す。
抜刀し納刀、刹那の間にその動作を終わらせる、闘猛火を局部に集中させ循環させる事で、肉体の限界速度を超える動作が可能となる。
当然、酷使する以上、肉体に対する負担は倍増するが、逆瀬川サネミの肉体は闘猛火の超高速循環に耐え得る肉体を持つ。
だが、その唯一無二の長点を掻き消す程の欠点が、彼の肺に宿りつつあった。
「すぅ…っ、げほっッ!ごヴぉッ、がっ…」
抜刀官を処した後、逆瀬川サネミは咳と共に大量の血を床に吐き出す。
灰血病。
肺を汚染する瘴気が酸素を供給する事で細胞が爛れる病だ。
爛れた肺細胞から出血していき、咳をする度に血液を排出する。
定期的に肺に残留する血液を抜かなければ死に絶える病であり、呼吸をすればする程に肺が脆く崩れてしまう。
逆瀬川サネミは元々重病人であった。
薬を飲まなければ生き永らえる事は不可能。
そんな彼が動き続ければ、その分寿命が縮まってしまう。
自らの命を捨ててでも、果たしたい願いがあったからこそ。
逆瀬川サネミは、膝を突きながら深く呼吸を行う。
「サネミ、大丈夫ですか?」
そう言いながら、彼と共に行動を行う八十一鱗ヤヲが顔を近づける。
赤い口紅をした唇を開けると、逆瀬川サネミの口に近付ける。
咥内が血だらけの逆瀬川サネミに口づけをすると共に、八十一鱗ヤヲは産霊火を彼の肺へと送り込んだ。
「ッ…く、はっ…はぁッ!げぶぉッ」
産霊火により肺の傷が修復される。
肺に溜まった血を吐き出しながら、呼吸を行う。
「ぺっ…これで少しは楽になるでしょう」
と、口を血だらけにしながら、彼女は咥内に入った血を吐き出して告げる。
八十一鱗ヤヲ、彼女は緋之弥呼であった。
万物の生命力たる産霊火は、生命力を増長させる力を宿す。
それでも、灰血病が治る事は無かった。
あくまでも、産霊火を与えた人物の肉体を癒す効果であり、病そのものを治すには、産霊火を使い製薬された薬を飲み続ける他無い。
そしてその製造方法は、神官こと〈月黄泉〉しか分からぬものだった。
「…今回の旅路で俺の役目は終わりだ」
廊下に膝を突きながら、逆瀬川サネミはゆっくりと身体を起き上がらせる。
痩せ細った身体、筋肉は萎み、骨と皮だけの肉体。
即身仏に近しい姿であり、全身は苦痛を覚えているだろう。
それでも逆瀬川サネミは奔走を止めない。
後に続く者達の為に、少しでもその道が歩き易くなる様に、逆瀬川サネミは突き進むのだ。
「はい、それは知っています、貴方の体は限界を超えて、残り火しかありません」
生命の火。
それを視る事が出来る八十一鱗ヤヲだからこそ、刻一刻と逆瀬川サネミの寿命が近づいてきている事を察していた。
だが、八十一鱗ヤヲは、逆瀬川サネミの歩みを止める様な真似をしない。
長く生き続けると、その生命の火の輝きが空しくも美しく見える時がある。
多くの斬人と見送った、逆瀬川サネミもその斬人の中の一人。
口で言おうと、身体で教えようと、決してその心を止める事は出来ない。
ならば、後悔の無い様に突き進む、逆瀬川サネミの最期を見送るのが、八十一鱗ヤヲの決意だった。
「大丈夫…俺が死んでも、目的は遂げる、シンやツネヒサは俺より強くなる、…キイトは若いのに実力は申し分ない、今回の戦いも自ら志願してくれた、成長すれば優秀な人材になるだろう」
この場に居ない者たちを賞賛する逆瀬川サネミ。
それは八十一鱗ヤヲも同調するのだが、一人を除いての話だ。
「…しかし、キイトさんに、魔剣妖刀を持たせたのは…」
キイト。
一年前に参加した斬人。
齢十二歳でありながら、大人と同等の力を持つ。
何処か、陰のある人間で、影が薄く、気味が悪い。
何よりも、一員同等の志の中、その少年だけは別の何かを求めている。
「…いえ、なんでもありません」
だが、それを今、相談した所で意味が無い。
出来る事ならば、逆瀬川サネミには、心に陰り無く、終わりを迎えて欲しい。
そう願い、それを最後まで言う事を止めた。
「…休憩は、終わりだな」
そろそろ行こうと、歩き出す。
(万事、順調だ、俺にしては、上出来だ)
これで自分が死んだとしても。
心残りなど一切ない。
今回の計画は八割成功している。
死んだ後に憂いなど残らない。
この先の未来、開国をすると言う目的が見られなくとも。
仲間が、意志を継いで果たしてくれると信じている。
何も無い、死んだ後に、後悔など一切…。
「…ふ」
そう思い、そう考え。
ふと、少年の顔を思い出す。
千金楽アキヒトの御子息、千金楽アカシの姿。
心残りなど無かったと思った。
だが、少年の顔を思い出して、思い止まる。
「…いや、行こう」
今頃は九頭龍山に居るだろう。
千金楽アキヒトから受け継いだものを、出来る事ならば返しておきたかった。
だが、時間が無かった、肉体の限界は迫っている。
「俺の旅路を終わらせる…」
八十一鱗ヤヲは逆瀬川サネミの肩を掴んだ。
そして、魔剣妖刀を強く握り締め、共鳴を探り出した。
長い長い廊下の先。
厳重に閉ざされた扉があった。
魔剣妖刀は強く呼応しつつある。
其処に、同胞が眠っている、と。
「…この扉だな」
魔剣妖刀を握り締める。
古惚けた札が張り巡らされた木製の扉は、結界の様な役割を果たし、侵入する者を弾く効果を持つ。
逆瀬川サネミが扉に手を触れた瞬間、磁力の反発の様に手が弾かれた。
「げほっ…成程、認められたものしか入れない結界か…」
台明寺ギンジョウの許可の無い者は、この中に入る事が出来ない。
ならば簡単な事だ、逆瀬川サネミは、八十一鱗ヤヲに視線を向けると、彼女は首を縦に頷いて、掌を口元に翳す。
そして、暖かな吐息を吐き出すと共に〈産霊火〉が広範囲に放射された。
万物の生命力を持つ緋之弥呼は、神の火を使役出来る。
万物に命を与える事は無論、その逆として万物の命を燃やし尽くす事も可能。
結界などと言う人の手で作り出された技術など、神の火を前にすれば、如何なるものでも灰燼と化す。
ばちばちと、燃え出す結界を前に。
逆瀬川サネミは刀を強く握り締めた。
踵を返して振り向くと共に抜刀を行う。
「〈歪昊〉ッ―――っ!?」
発動した筈の能力。
それが不発に終わると共に、衝撃を受けて壁に叩き付けられる。
背後から放たれたそれは斬撃であった。
如何に遠距離技であろうと、一度発動させれば距離関係無く、対象との事象を反転させる事が出来る。
だが、それが出来ないと言う事は、至極単純な話であった。
「…〈歪昊〉と同じ魔剣妖刀か…」
口元に手を添えながら、逆瀬川サネミは咳をする。
手に赤い血を付着させながら、逆瀬川サネミは思考を張り巡らせて解を生む。
「成程…既に、あの場所に魔剣妖刀はあったのか」
九頭龍山の頂上。
其処で〈荒刃金屍道〉を入手した。
その際に魔剣妖刀は共鳴したが。
更にその現場にもう一振りあったのだ。
「…と、言うことは少女の方か、魔剣妖刀は」
消去法でその様な結論に至ると共に同時に此処へと来る者の姿を思い浮かべる。
「…アカシくん、来たのか」
と。
そう思いながら逆瀬川サネミは笑みを綻ばせた。
「サネミ、結界は解かれました、行きましょう」
八十一鱗ヤヲに言われ、逆瀬川サネミは斬撃が来ないかを警戒する。
そして、扉の奥へと入り込んだ。
衆難山寺の寺院。
その長い廊下の奥には巨大な仏像が祀られている。
千手観音を模した仏像は、両手を覆う様に無数の手によって封じられている。
そしてその掌の中に、魔剣妖刀が封じられている。
簡単に魔剣妖刀を回収出来ない様に、物理的な封印が施されていた。
それを見て、八十一鱗ヤヲは仏像の一端に触れて、目を瞑る。
「…残念ですが、サネミ、これを燃やし尽くすには今の私では時間が掛かります」
そう言われる。
事実上、逆瀬川サネミが生きている内に回収する事は不可能と言う事だった。
「そうか…あぁ」
その場に尻を突く。
項垂れる様に頭を垂らすと共に、大きく息を漏らす。
「疲れたぁ…」
此処が、逆瀬川サネミの旅路、その終着点だった。
長い長い廊下の先。
それでも、千金楽アカシは地面を蹴り上げて進む。
〈炉心躰火・煙〉による持続的な身体能力向上。
息を荒げる事無く平然と冷静と走り続ける。
是迄の修行では山奥で足場の悪い環境で己を鍛え続けた。
平面を走るだけでこれ程までに快適に動く事が出来るのだろうか。
そう思える程に、千金楽アカシは余裕を抱く。
「…っ」
廊下を走る。
逆瀬川サネミまでの道は迷う事が無い。
廊下の片隅、或いはど真ん中。
寺院を護衛する抜刀官の屍が転がる。
それは逆瀬川サネミが斬り捨てた者達だ。
子供にとっては目に毒な悲惨な光景。
今更、千金楽アカシはその死体程度では歪まない。
ただ、信じられないと言う感情を抱く。
(…逆瀬川さん…)
この惨状を作り出したのか、と。
あの時、九頭龍山にて会話をした。
逆瀬川サネミの表情と態度を思い出す。
何処にでもいる、親切なおじさんだと、千金楽アカシは思った。
父親の事を話して、悲痛に顔を歪ませた。
決して悪い人とは思えなかった。
だが…この惨状を、逆瀬川サネミが作り出している。
それは決して許せる事では無かった。
(…例え、どの様な人でも、俺が逆瀬川さんの元へ行くと決めた時点で、答えは決めていた筈だ)
世間で見れば逆瀬川サネミは悪である。
ならばそれを罰する行為は対極的な善だろう。
そうでなければ、この惨状を如何に清算するか。
それをするのが、それを行うべきなのは、己だと。
(あの人は、敵だ)
改めて、千金楽アカシは心を決める。
逆瀬川サネミと戦うと言う意思を示す。
「… !」
一歩先。
ユノが飛び出すと共に。
片手に納めた長刀を引き抜く。
同時、射出される斬光。
一直線へと飛ぶ斬撃。
光は、その先に在る国賊の妖刀師・逆瀬川サネミを直撃した。
千金楽アカシの視界に、直前でユノの斬撃を受け止める姿を認識する。
「ユノ!行くぞ!!」
叫ぶと共に、千金楽アカシは腰に差した刀の鞘を引き抜き、白刃を剥き出しにする。
そして、八十一鱗ヤヲが焼き尽くした扉の奥へと入り込んだ時。
其処に居る、逆瀬川サネミと目が合った。
「…まさか、来るとは思わなかったな、アカシくん」
刀の鞘を片手で持ち、もう片方の手で柄を握る逆瀬川サネミの姿。
千金楽アカシは刀を構え、逆瀬川サネミの方を睨んだ。
「逆瀬川さん、くん付けとか、止めて下さい…俺は、貴方を斬りに来た、…貴方の敵だ」
逆瀬川サネミは口元の端を引いた。
「なら…敬語は止めた方が良い、…けど、そうだな、俺は、お前の敵だ」
そう言いながら、逆瀬川サネミは刀を構える。
極めて独特な構えであり、分かる事があるとすれば、逆瀬川サネミは抜刀術を使役する、と言う事だ。
「行くぞ、ユノ!!」
千金楽アカシは、ユノの名を呼んだ。
だが、彼女は反応する前に、自らの脅威を感じ取り後退する。
ユノの前に現れたのは、八十一鱗ヤヲであった。
「…サネミ、この子は私が相手をします、…それが、貴方の望み、なのでしょう?」
八十一鱗ヤヲは武器を構える。
三節棍…、一節と二節の尻から槍の様な穂先を生やした特殊な武器だ。
(ユノが、女の人と戦う、俺一人で逆瀬川さんを倒す…ッ)
咳をしながら、逆瀬川サネミは言った。
「
その台詞に、千金楽アカシは同調するのだった。
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