魔剣妖刀の一つ、〈荒刃金屍道〉


「事象の、逆転…!?」


抜刀官は驚く。

ならば、この男、逆瀬川サネミの斬神を発動させた時点で死は確定するだろう。


〈歪昊〉の攻略法は、相手が攻撃をしなければ発動はしないと言う点であるが。

逆瀬川サネミは懐から硬貨を取り出した、それを指先に込めて、闘猛火を放出して弾く。

素早く弾かれた硬貨は、台明寺ギンジョウの隣に立つ抜刀官に触れると共に、逆瀬川サネミは抜刀した。


「斬神、〈歪昊〉」


逆瀬川サネミが、抜刀官に硬貨を当てたと言う事象を反転。

抜刀官が逆瀬川サネミに硬貨を当てたと言う事象になる事で、瞬間的な位置替えを行った。


「っ!?」


一瞬の出来事で驚きの表情を浮かべる抜刀官たち。

しかし、台明寺ギンジョウは無表情でその行動を見詰めていた。


「流石ですね、先生、此処まで近づいて、俺を警戒すらしないなんて」


恩師の素晴らしさを語る逆瀬川サネミ。

だが台明寺ギンジョウは冷めた表情を浮かべている。

嘗て、自分が教えた生徒が国賊の妖刀師として活躍していると言う事実。

それが不憫で、残念で、仕方が無い様子だった。


「目的はなんだ?サネミ」


台明寺ギンジョウは、生徒だった逆瀬川サネミに目的を聞く。

理由は大体理解している、国賊と呼ばれた逆瀬川サネミの動きは予測していた。

だが、それを改めて口から言わせるのは、台明寺ギンジョウにとって、敵であると再確認させる為でもあった。


「救済…と言ったところですよ、俺は世界の人々を救いたい」


咳をしながら、逆瀬川サネミは言う。

大それた理由である、他の人間が聞けば、子供が掲げる将来の夢の様に聞こえた。


「灰血病、不治の病と称されたそれは、緋之弥呼の作る薬さえあれば、治る代物です…ですが、その薬は全て、〈月黄泉〉の神官たちが牛耳っている、彼らの欲の為に、多くの人間は苦しんでいるんです」


「それが、儂の元に尋ねる事となんの意味がある?」


確かに。

台明寺ギンジョウは、重要人物ではある。

神官との交流も少なからずあるだろうが、神官に対する同等の地位に就いていると言うワケではない。

そもそも管轄が違うので、話し合いすら成立すらしないのだが。


「俺の目的は同時進行です、一先ず、先生にお願いしたい事があるんですよ」


そう言い、逆瀬川サネミは台明寺ギンジョウの目を見た。

台明寺ギンジョウも同じ様に、逆瀬川サネミの目を見る。


「神器〈巖龍〉を使い、磐戸國の障壁を取り除いて頂きたい、他国との外交が出来る様に」


それが逆瀬川サネミの目的であるらしい。


「断る、否、そもそも出来ぬ」


台明寺ギンジョウは逆瀬川サネミに告げる。

神器〈巖龍〉は契儀によって使役する事が出来る。


「その内容は〈磐戸國の守護に順ずること〉、世界の為にと言う名目ならば、儂ですら起動すら出来ん」


その情報は、周囲の抜刀官ですら知らない国家機密。

だがそうでも言わなければ、逆瀬川サネミは退かないと思ったのだろう。

成程、と、逆瀬川サネミは頷いた。


「道理で…獅子吼ししくさんは頑として首を縦に振らなかったワケだ」


津輕とは、〈巖龍〉の契約者の一人の名前だった。

その発言から、即座に台明寺ギンジョウは抜刀官に命令する。


「すぐに獅子吼邸へ連絡をしろ、今すぐにだッ!!」


叫ぶ台明寺ギンジョウ。

逆瀬川サネミはその行動を呆然と見ながら言う。


「理念を共感して貰えず、仕方なく口封じをしました、実に残念だと思っています」


「獅子吼の馬鹿めが…さっさと吐けば良かったものを…」


台明寺ギンジョウは歯軋りをしながら、嘗ての友が、最後まで抜刀官としての意地を貫いた事に驚いた。

胸に穴が開いた様な気分だったが、今は感傷に浸る場合では無い。


「だがこれで分かっただろう?他の契約者に願おうとも…首を縦に振る事は出来ない、貴様のする事は全て無駄だ、大人しく、投降せよ」


それでも尚、逆瀬川サネミは頷く事無く、首を左右に振る。


「言ったでしょう?先生、俺は同時進行で物事を進めていると、第一の計画が頓挫した以上…第二の計画に入るだけです」


次に繋げる為の計画。

それを逆瀬川サネミは、改めて台明寺ギンジョウに言った。


「〈餓武者等髑髏がむしゃらどくろ〉〈死地天抜刀云皇しちてんばっとういおう〉〈散華流廻さんげりゅうかい〉…この三振りの魔剣妖刀を譲渡して頂きたい」


台明寺ギンジョウは魔剣妖刀を管理している。

銅島センジから請け負った〈襲玄〉以外にも、四つの魔剣妖刀を管理していた。

その内の三つを、台明寺ギンジョウに聞いたのだ。

魔剣妖刀が所持している事を知られている事に、最早驚く素振りすら無かった。


(〈襲玄〉が在る事は知らぬか…だが、何故〈荒刃金屍道あらはがねかばねみち〉を言わなかった…?)


餓武者等髑髏がむしゃらどくろ

死地天抜刀云皇しちてんばっとういおう

散華流廻さんげりゅうかい

荒刃金屍道あらはがねかばねみち


そして、〈襲玄〉。

以上五つが、台明寺ギンジョウが所持する魔剣妖刀であった。


「あぁ、〈荒刃金屍道あらはがねかばねみち〉だけは所在が割れてましたので、既に回収しています、〈九頭龍山〉の洞穴に、上級祅霊で囲えば、そこに隠していると言っているようなものですよ、先生」


脂汗が滲み出す台明寺ギンジョウ。

逆瀬川サネミが所持していると言う事は、二振りの魔剣妖刀の脅威を宿していると言う事だ。


「…最早、投降は無意味か」


静かに、台明寺ギンジョウは告げる。

逆瀬川サネミは悲しそうな表情を浮かべながら言う。


「先生であろうお方が…まだ俺の命を心配しているなど…幻滅ですよ」


その言葉は二人の会話を打ち切った。

台明寺ギンジョウは腰に携える炎命炉刃金を引き抜く。

相手に悟られずに呼吸を行いながら、炎子炉を稼働させ、闘猛火を刀身へと流し込んだ。


斬神ざんじん―――〈唯神君ゆいしんくん〉ッ!!」


それが、開戦の合図だった。

台明寺ギンジョウの斬神、〈唯神君ゆいしんくん〉。

特徴的なのは、巨体な柱と見間違う白色のチョークを背負っている所だ。

教育者としての部分が色濃く反映されている斬神であった。


(唯神君…?名称が変わっている)


逆瀬川サネミは違和感を覚えたが、刀を構え、戦闘態勢に入る。

恩師・台明寺ギンジョウの能力は既に熟知していた。


(契儀は〈指導者として在り続ける〉事、有する能力は〈自身が育てた者に対する支援と指導〉、俺にとっては厄介な能力だ)


逆瀬川サネミの抜刀状態に、周囲の抜刀官も刀を抜き放つ。


「『手を出すな、儂がやる』」


その言葉と共に、斬神・唯神君が巨大なチョークに爪を立てて引っ掻いた。

破損したチョークは粉末となり、空気を漂いながら、抜刀官たちに付着し、効果が発揮される。

彼ら抜刀官は皆、台明寺ギンジョウの教え子であり、能力の渦中にある。

命令を受けた抜刀官たちはその場で動きを停止した、その能力は逆瀬川サネミも対象であるのだが。


「うぉおお!!」


叫びながら、台明寺ギンジョウへと突っ込む、丸坊主の男。

当然、逆瀬川サネミでは無く、見た事も無い相手であり、台明寺ギンジョウは大きく呼吸をする。


「〈流刃〉ッ!!」


叫ぶと共に廃棄瓦斯を体内から放出。

刀には刃に巡る闘猛火の流れが生まれ出て、電動糸鋸の様に高速で回転しつつある。

丸坊主の男は刀を所持しており、それを構えた状態で思い切り、台明寺ギンジョウと鍔迫り合いを行う。


「なんだお前はッ!?」


そう叫ぶ台明寺ギンジョウに、丸坊主の男は歯を剥き出しにしながら叫ぶ。


宍道しんじシンベエだ、覚えとけジジィ!!」


罵声と共に、宍道シンベエは大きく呼吸をする。

台明寺ギンジョウは嫌な悪寒を浮かべた、そして、その男が手に持つ刀に目を向ける。


(〈荒刃金屍道〉ッ!不味い)


脳裏に過る過去の記憶。

魔剣妖刀を使役した者との戦いが思い浮かんできた。


「『総員、全力で退避せよ』!!」


周囲の抜刀官に命じる。

その際に台明寺ギンジョウの斬神が消滅した。

莫大な闘猛火を消耗する斬神は、能力を使役し続けると肉体を維持出来なくなる。

再び刀身に闘猛火を流し込み続ければ、再度使用が出来る。

そして、抜刀官に命じた命令は、台明寺ギンジョウの〈援助〉による〈闘猛火〉が周囲の教え子に流し込まれ、闘猛火を増量させた状態で、その場から離れる。


一瞬の出来事、先ず、抜刀官の殆どは自分が何をされたのかすら分からないだろう。


ざんッッィんッ!!」


高らかに宣言する。

力の解放、魔道の展開を。

使役すれば生者の人生を狂わす刃。

魔剣妖刀を顕現させる。


「〈荒刃金屍道あらはがねかばねみち〉ィィ!!」


斬神の名を呼ぶ。

魔剣妖刀である斬神は、宍道シンベエを選び、契約したのだ。

そして、刀身に宿る闘猛火が莫大な熱量と共に斬神の姿を顕現させた。

全身に刀の切っ先が生える鬼の仮面を装着した斬神。

両腕を地面に向けて叩き付ける様に伸ばすと、石庭から、複数の刀が剣山の様に生え出した。


刀剣生成能力。

それが〈荒刃金屍道〉の能力であった。


台明寺ギンジョウは、宍道シンベエの攻撃により傷を受けていた。

〈荒刃金屍道〉、大地の性質を闘猛火と斬神の異能によって金属へと変質させた上で、刀剣類の形状へと鍛錬させる能力である。

一度変形させた地面の性質は変わる事無く、突き出た刀剣類は荒んだ刃の群れと化す。

故にその銘、荒刃金であり、舗装された地面を無惨に荒らす様を屍道と呼ばれる様になった。


「ぐ、ぅッ!!」


台明寺ギンジョウは、咄嗟の判断で背後へと退避していた。

荒刃金屍道と言う魔剣妖刀の性質を理解していた為、名前を聞いたと共に行動する事が出来たが、それでも無数の刃の剣山は、台明寺ギンジョウの肉体を切り裂いていた。

それでも皮一枚、脂肪を裂いた程度で収まるが、血が溢れ出す。

それを片手で抑えようとするが、傷の数が多かった。


「す、ぅ…」


台明寺ギンジョウは息を吸い上げる。

一度、退避はしたが、二度目はしない。

魔剣妖刀を奪われたと言う失態。

そのまま持ち帰られる事は、限りなく最悪な事態となる。


(儂が所持する魔剣妖刀…上層部からのお達しだが、儂が〈襲玄〉を持つ事は未だ上層部の一部しか知らぬ事…とすれば)


その一部の上層部の中に、魔剣妖刀を故意に漏洩した内通者が居る。

しかし、それは後考えるべき情報だった。

今行うべきは、如何にして魔剣妖刀を回収するか、そして。


(最強の迎撃能力を持つ〈歪昊〉を倒すには…あれしかおるまい)


と、台明寺ギンジョウは脳内である人物の姿を思い浮かべた。


「ジジイ、反射速度、マジ早いなッ!!流石指南役、俺も金がありゃ習いたかったぜ!!」


そう叫ぶ宍道シンベエ。

魔剣妖刀を肩に担ぎながら台明寺ギンジョウを見ている。


「金が無くとも、才があれば採った、試刀院へ志願はしなかったのだろう?」


軽口を叩く台明寺ギンジョウ。

相手の隙を伺おうとしている。

宍道シンベエは口を大きく開けて笑った。


「おう!そん時は母ちゃんが灰血病で臥せちまって、死んじまったんだ!んでその次は妹も灰血病でよっ!だから、ガッコーに行けなかったんだッ!!」


元気良く身の上話を語る宍道シンベエ。

刈り上げた丸坊主の頭を撫でながら、悲観する事無く話し続ける。


「けど、それは仕方ねぇ事だろ?薬も出回ってねぇし、裏市で必死になって薬を探して、悪い事もしちまって…人生どん底でもよ、それでも前を向いて生きていくのが人間だ、そのお陰で、逆瀬川さんにも逢えた、俺は、母ちゃんや妹のように、灰血病で苦しむ奴らを助けてぇ!!だから、神官って奴らをぶっ殺す力が必要なんだわ!!」


その為に。

台明寺ギンジョウは計画に邪魔だと告げる。


「…立派な志を持ってるじゃないか、小僧」


目的の為に手段を択ばない、その貪欲さ。

惜しい人材だと、台明寺ギンジョウは思った。




「シンの奴、結構、本気でやって来たな」


石庭から離れた、衆難山寺の周囲に生える巨大樹木の幹の上。

その幹の上に膝を落として座る逆瀬川サネミは肩を擦りながら言った。

彼の周辺には、仲間と見受ける複数の妖刀師の姿が在った。


「位置入れ替え、合図も無しによく出来ましたね」


八十一鱗ヤヲの言葉に、逆瀬川サネミはさも当然の様に言い放つ。


「シンには、その為に練習させたし、肉体に違和感を感じれば、即座に抜刀出来る様に反応出来るからね、俺は」


宍道シンベエと逆瀬川サネミの位置入れ替え。

それは逆瀬川サネミが、硬貨を弾いて抜刀官に当てたと同時に事象の逆転を使用した時と同じだ。

宍道シンベエは闘猛火を指先に集中させ、指で硝子玉を弾き、逆瀬川サネミに当てた。

抜刀術を極めた逆瀬川サネミは、自身の肉体に接触したと同時に抜刀する事が出来る反射神経を備える。

これによって、逆瀬川サネミと宍道シンベエの位置を入れ替えたのだ。


「それで、周囲の修練山には、魔剣妖刀はあったのかい?ヤヲ」


八十一鱗くくりヤヲは首を縦に振った。

九頭龍山以外にも、魔剣妖刀は封じられており、他の見慣れぬ妖刀師たちは、その魔剣妖刀を回収していたのだ。


「〈七人岬山〉に〈餓武者等髑髏〉を発見、〈八岐大蛇山〉に〈散華流廻〉を発見、両方とも回収しましたが…最後の一振りだけは、他の修練山にはありませんでした」


八十一鱗ヤヲの言葉に、逆瀬川サネミは成程と頷き、そして衆難山寺に目を向ける。


「であれば予想通り、最後の一振りは衆難山寺の内部にあると見て良いだろう」


そう確信すると、逆瀬川サネミは幹の上からゆっくりと立ち上がる。


「シンが先生の相手をしている隙に、俺達は回収を急ぐ」


逆瀬川サネミの計画。

それは仲間内での会議で決めた事だ。

台明寺ギンジョウとの戦闘の際に、宍道シンベエと交代する。

集団戦ならば、火力及び広範囲に渡る攻撃を可能とする〈荒刃金屍道〉が有用。

周囲の抜刀官を巻き込んで注意を引く、それが宍道シンベエに与えられた使命だ。


「その間に衆難山寺に入り、最後の魔剣妖刀の蒐集を行う」


それこそが逆瀬川サネミの二次計画。

もしも宍道シンベエが台明寺ギンジョウに敗北しても、最後の一振りを回収出来れば結果としては万々歳。

最高の結果は、台明寺ギンジョウが計画に参加してくれる事だが、それは可能性が限りなく低い妄想だ。

なので次善であれば、宍道シンベエが台明寺ギンジョウを倒す事である。


「…では、俺は待機で、シンベエが敗けそうになったら、手を貸す、そういう話でようござんすね?」


口元に煙草を銜えながら、金色の髪をオールバックにした眼鏡の男が言った。


「あぁ、それで頼む、ツネヒサ…何かあれば、〈餓武者等髑髏〉を使うと良い」


眞柄まがらツネヒサ。

その手には魔剣妖刀〈餓武者等髑髏〉を握り締めていた。

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