逆瀬川が目指すもの
その男性の表情は、屍の様な姿から一変していた。
八十一鱗ヤヲは、男の顔を見てゆっくりと俺を離してくれると、その男性と対面させた。
俺の方に近付く灰髪の男性は、懐かしそうな表情をして俺を見ていた。
「まさか、先輩の御子息が居たとは…雰囲気が先輩とは違ったから、気が付かなかったな」
まあ、そう思われても仕方が無い事だろう。
俺と父さんは血が繋がっていないからな。
「俺と父さんは、血は繋がって無いので…そう思われても、仕方が無い、です」
そう言うと、男性は血縁上では繋がりが無い事を知ったが、それでも父さんの息子として認識している様子だ。
「だとしても、先輩はキミを息子として選んだ、なら、血の繋がりなど関係無い、そこには、家族の絆で繋がっているだろう…先輩ならそう言う筈だ、だから、血の繋がりなど、重要では無いんだ」
その様に慰めてくれる。
それを聞いて、俺はこの人が悪い人じゃないと思えて来た。
例え悪い人であろうとも、友好的な事には変わりない。
俺は、そのリーダー的存在と話をする事で少しでもこの状況を理解することに勤めた。
「あの…名前は?」
俺は男性に名前を伺った。
名前を聞かれて、男性は自らの名前を名乗ってないことに気が付いて、改めて自己紹介をしてくれる。
「あぁ…悪い、言って無かったね、俺は
そう言いながら、逆瀬川さんは咳をしながら言う。
その咳の仕方は具合が悪そうなもので、俺は聞いてみる事にした。
「どこか悪いんですか?」
この人の身体は何処か、体調が悪いのだろうか、と思った。
心配半分、親身になることで親近感を湧かす目的が半分である。
俺が聞くと、逆瀬川さんは心配ない、と言った。
「灰血病でね、肺が異常に脆いんだ、…不治の病の一種だから、誰かに移すと言う事も無いから、心配しないで欲しい」
灰血病…確か、ハクアも同じ症状を患っていた。
ハクアの場合は、榊枝家から薬を貰って、回復に向かっているらしいけど、…不治の病なのか?薬があると言うのに。
「その…薬は飲まないんですか?」
薬を飲めば、回復するのならば、それを飲めば良い。
すると、周囲の人たちの反応が変わった。
「おい…はぁ…」
ばつが悪そうにする坊主頭の人。
何か、悪い質問でもしたのだろうか、そう俺は思ってしまう。
逆に、逆瀬川さんは特に気にする様子もなく、俺の質問に答えてくれた。
「天塵薬の事かい?…あれは販売されていない秘薬だからね…緋之弥呼の家系のみにしか造られない薬は、金では買えないんだ」
え?…そうだったのか。
…銅島先生が、ハクアの為に、薬を手に入れたが、金で買えない代物だなんて、思いもしなかった。
「…神官のバカどもが」
坊主頭は苦虫を噛み潰したような表情をした。
何か個人的な恨みでも抱いているのか?
…それは俺も一緒だが、しかし、俺のとは事情が違うらしい。
ゆっくりと、逆瀬川さんは俺に分かるように教えてくれる。
「薬自体は、量産出来るだろうが…その秘薬を独占する事で確固たる権威を手に入れてしまった、それがあれば、多くの命が救えただろうに…欲に溺れた神官たちのせいで…」
憎たらしい。
憎悪を覚える逆瀬川さんは、感情が昂ると共に咳をした。
何度も何度も、喉が擦り切れる程に咳をして、掌に血液が付着する。
「大丈夫ですか?」
俺は心配して逆瀬川さんの容体を伺う。
彼は手を此方に向けて大丈夫だとジェスチャーをする。
「悪いね…子供に聞かせる話じゃなかった、…そうだ、先輩は元気かな?」
と、父さんの事を聞いて来る逆瀬川さん、俺は少し、言葉を詰まらせた。
逆瀬川さんは何も知らない、父さんが死んだ事を、…知人であるのならば、話しておくべきだろうと思った俺は、逆瀬川さんに父さんが死んだ事を報せた。
物憂げな表情をしている逆瀬川さん。
父さんとの思い出を浮かべているのだろうか。
「…そうか、死んでいたのか、先輩は」
逆瀬川さんは、ぽつりとそう呟くと、口惜しく奥歯を噛み締めていた。
「それで、台明寺先生に引き取られたのか、アカシくん」
正確には、俺は引き取られたワケじゃない。
この九頭龍山には、俺が強くなる為にやって来たのだ。
「俺は、抜刀官になりたいから、台明寺先生の下で修業をしてるんです」
そう告げる。
逆瀬川さんは、俺が抜刀官になりたいと聞いて目を大きく開かせた。
「そうか…先輩と同じ道を歩む、と言う事か」
その言葉に俺は頷く。
俺は父さんと同じ抜刀官になる。
これが俺の今の夢であり、俺が生きる理由でもあるのだ。
「…なら、叶うと良いな、アカシくん」
優しい顔を浮かべながら、逆瀬川さんはゆっくりと立ち上がる。
「さて、そろそろ行くとしようか…俺も、やらなくちゃならない事がある」
そう逆瀬川さんは言う。
どうやらこの山から離れるつもりらしい。
それならばどうか、縄をほどいて欲しいものだが、そうはいかないらしい。
「…あのっ」
俺は逆瀬川さんたちが離れていこうとするので、呼び止めるように声を掛けた。
俺の方を振り向く逆瀬川さんは、首を左右に振って言った。
「縄はほどかないよ?どうしてもと言うのなら、自分でなんとかしなさい…それと、縄をほどいても、衆難山には降りない方が良い、それがキミの為だ」
その言葉に俺は思わず固唾を飲んだ。
逆瀬川さんが何をするか気になって、思わず聞いてしまう。
「なんで、ですか?」
逆瀬川さんは俺の方を見ながら刀を握り締めた。
「計画の内の一つ、と言うよりかは、目的というべきだろう」
逆瀬川さんはこれからの事を語ってくれた。
俺にとってそれは息を呑む内容だった。
一瞬、我が耳を疑い、次に逆瀬川さんの正気を疑った。
けれど俺は聞き間違いなどしていないし、逆瀬川さんの真剣な表情を見間違えるはずもなかった。
「〈月黄泉〉の神官を悉くを撫切りにしていき、緋之弥呼に対する搾取の連鎖を断ち切る」
神官…俺からアカネを奪った人たち。
憎むべき相手であり恨むべき相手。
けれど死んでほしいと、殺してやりたいと思うほどじゃない。
「極端が過ぎると思うだろう、けど、こうでもしなければ何も変わらない、血の多くを流すことで、ようやく変わることもある…世界も同じだ」
豹変したように、覚めた表情をしていた。
その顔には、世界の全てを見ていない俺には理解できない、複雑な事情と言うものが感じ取れた。
「…出来ない、とは言わないです、けど…そこまでして、その後は、何を目指すんですか?!」
俺の言葉に、逆瀬川さんは最終的な目標を語ってくれる。
「開国だよ」
と。
逆瀬川さんの言葉に、俺は一瞬どういう意味か分からなかった。
「
…そうだったの?
全然知らなかった、この国が、外国と一切の外交をしていない、なんて。
でも、そう言えば確かに、何時までも昭和の様な街並みである事は何となく気になっていたけど。
「…それで、どうして台明寺先生に?」
鎖国を解く鍵が、台明寺先生だと言うのだろうか?
俺の質問に、逆瀬川さんは答えるか迷ったが、結局は教えてくれた。
「現状、磐戸国は、物理的に障壁が磐戸国の領地に展開されている、それは、炎命炉刃金によるものであり、その契約者の内の一人が、台明寺先生なんだ」
…そういえば、台明寺先生は炎命炉刃金を持っている所を見た事が無かった。
辛うじて、腰に差している刀は、闘猛火を循環させる事が出来る代物ではあるが、今まで一度も、斬神を召喚する様は見た事が無い。
「柔らかく言うのであれば…俺は台明寺先生に、開国の手助けを、そうお願いしに行くつもりだよ、九頭龍山には、少し必要なものが会ったから寄ったんだ」
決して、寄り道ではないとそう言うが、今の俺には関係ない事だ。
それよりも、いや、なによりも聞きたい事があった。
「もしも…そのお願いが、台明寺先生が、頷かなかったら?」
どうするつもりなのか。
そう聞いて、周囲の声は静かになった。
逆瀬川さんは少し、口を閉ざして、けれど迷うこと無く俺に宣言する。
「その時は、口封じの為に斬る、…それが覚悟だよ」
と、逆瀬川さんはそう言うのだった。
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