童貞じゃないっ!(童貞)

ユノは上機嫌だった。

心無しか持って来てくれる料理の文明レベルが上がった気がする。

なんと、今日の夕飯は焼き鳥のタレつきだっ!!

甘いタレがべったりと、満遍なく焼いた鶏肉についていて、噛む度に旨味が溢れ出す。

原始的な生活をし続けた昔と比べたら、とにかく涙が出る程美味かった!!


タレとかユノが作っているのだろうか?

調味料とか何処かに隠し持っている可能性があるな。

それとも、一々料理の為に九頭龍山から降りているのだろうか。


まあ、其処ら辺は考えた所で仕方が無い事だ。

俺にとって、美味しいものが食べられるだけで十分に幸せな事なのだから。


「今日も一緒に寝るのか?」


ユノは最近距離が近かった。

眠る時になると長刀を抱いて眠るよりも、俺を抱き枕の様にして眠る。

と言っても、コアラの様に抱き着くのでは無く、俺の隣に横たわり、手を掴んで来るのだ。

ささやかに、邪魔にならぬ様に、祅霊が来れば、すぐさま目覚めて離れていくが、それまでは幸せそうに、俺の手を何度もにぎにぎしてくる。


彼女の行為に俺は、やはりユノは猫の様だと思ってしまう。


「…」


暖かいユノの体を感じながら、俺は次の事を考えていた。

斬術戦法の手札も増えて来た、これならば、そろそろ、次の領域に進んでも良いのでは無いのだろうか、と。


「挑んでみるか…九頭龍山の頂点に」


上級祅霊が出ると、俺の中で噂する、岩場の場所。

あそこには、明らかに異質な祅霊が出現していた。

俺は、その祅霊を討伐する気だった。


死ぬかも知れない、と言う恐怖よりも、俺の実力を示す事が出来ると言う興奮が上回る。

今日の所は、その興奮を沈めながら眠る。


翌日、俺は昼頃に起きた。

近くにいたユノは、長刀を抱き締めながら俺の方を見詰めている。

興奮し過ぎて、あまり寝つきが良く無かった。

俺は体を起こして、ユノの方に顔を向ける。


「おはよう、ユノ…そろそろ、上に行こうと思うんだ」


俺がそう言うと、ユノは頷いてくれた。

一年くらい前は、あまりユノは乗り気では無かった。

だが、今のユノは、俺の実力を評価しているようで、上級祅霊との戦いに関して何も言う事無くついて来てくれる。


そうして、俺とユノは上へと歩き出した。

道中、祅霊の姿は見かけなかった。

殆どの祅霊を狩り尽くしたかの様な気がしていた。


樹木が沢山生える場所を過ぎ去ると、灰色の岩場が見えだす。

此処から歩いて、一年前に見た古い橋へと到達する。

橋を渡ると、ユノも後ろからついてきてくれた。


「…なんだか、ワクワクするな?」


ユノの方に視線を向けながら言った。

ユノは何も言わないが、同調しているだろう、と俺は判断する。

そうして、橋を渡り終えて、そのまま歩き出す。

…なにか、変だな。

前来た時は、すぐに祅霊の気配を感じ取ったのだが。

今は全然、そんな事が無かった。

暫く歩いてみる、岩石が壁となっていて、地面は削る様に舗装されていた。

よく見て見れば、動きやすい空間となっていて、動きやすい環境であるのが分かった。


「…ん」



ふと。

俺は気配と言うものを感じた。

祅霊とは違う、ユノとも違う、別の気配。

その気配のする方へ視線を向けると。


「ん…あれは…」


人影が見えたので、俺はその影に視線を向けた。

最初は祅霊かと思ったが、違う、それは着物を着た男性だった。

痩せ細った男性だ、灰色の髪の毛が背中まで伸びた、ロン毛の男性。

肌も髪と同じ様に灰色で、飢えた木乃伊の様に痩せ細っている。

皮膚と骨だけで、辛うじて筋肉がついている、と言った状態だ、脂肪と言う余分なものは一切無い、枯れ果てた体だった。

そしてその男性は何故か刀を握り締めている。

この現代社会では、刀を携える事は珍しい事では無い。

祅霊と言う化物が溢れる現代社会、当然ながら一般人は護身用の武器を携帯する事が許可されていた。

けれど、護身用の刀ならば、何故、ベルトに刀を差す事無く、片手を塞ぐ様に持っているのかが分からない。

ゆらり、ふらりと、男は歩いていた。

足取りは、避けに寄っているのかと疑いたくなる程に千鳥足で、空いたもう片方の手を握り拳を作ると、そのまま自らの口元を近づけて咳払いを行う。


「げほ…げほッ」


明らかに苦しそうな表情で咳をしている。

俺は、その男性が病人である事を悟った。

そして病人ならば、こんな所に居ちゃまずいだろう。

理由は何であれ、俺はその人に話し掛けようとした瞬間。

俺の首根っこを掴むユノが、思い切り俺の事を引っ張った。

そして、遠方で此方へとやって来る男に向けて、長刀を抜き放つと共に斬撃を飛ばす。


「ッ、何してんだよユノ!!」


止めに入ろうとしたが遅かった。

既にユノは刀を振って斬撃を飛ばしており、狙いは病人らしき男性にだ。


「危ないッ!!」


俺は大声で叫んだ。

その声に勘付いたのか、病人は下を向いていたが、此方へと顔を向ける。

そして、斬撃が肉体に接触する寸前に、病人の方は刀に手を伸ばした、かと思えば。


「っ!?」


即座。

ユノが放った斬撃が分断された。

男性は刀を構えたまま、そしてゆっくりと柄から手を離す。


「…なんだ」


我が目を疑った。

目にも止まらぬ速さと言う言葉がある。

恐らく男性はユノの斬撃を斬った。

その抜刀速度は、人が認知出来ない刹那の瞬間。

人間が到達出来る反射速度じゃない、俺はそう思った。


「…あ、ユノ、ダメだ、急に攻撃したらっ!!」


俺は、ユノが刀を構えたので、俺はユノの体を抱くように捕らえると、刀を抜かない様にさせた。

そして、此方へとやって来る男性の目は、死んだ死体を刳り貫いて、自らの眼窩に移植したのではないか、と言う程に生気を感じられなかった。


「…キミたちは、何者だ?」


男が此方を見ていた。

俺は、何か弁明をしようと、男の方に近付いた。


「すいません、あの、ユノが失礼な真似を…衆難山の関係者ですか?」


そう言いながら俺は歩き出す。

ユノは俺の後ろにぴったりとくっついていて、警戒を怠らない。

…そもそも、関係者ならばユノが知っている、だろう。

なのに、ユノが警戒していた、と言う事は。

この人たちの事は何も知らない…部外者、なのでは無いか。

近付くのを止めた俺は、自然と刀に手を伸ばしていたのだが。


「坊ちゃん、止めときな」


俺の手首を掴む、男性の姿。

野太い声と共に、俺の背後に丸坊主の男性の姿があった。


「小せぇなぁ、妹と同じくらいかぁ?」


そんな事を呟きながら、男性が俺を拘束する。


「なにをッ」


と言いかけて、ユノの方を見る。

ユノの方も、大人の女性が体を抑えて動かない様にしていた。


「落ち着いて、危害は加えません…」


女性がそう言いながら、ユノが暴れない様に掴んでいた。


「どうやら、修行者らしいな」


灰色の髪を伸ばす男性がそう言った。


「縄で縛っておくと良い…あまり暴れない様に願うよ」


それは、俺たちに対して言った言葉だった。

あっと言う間に、俺とユノは手首を縛られてしまう。


「さて…宍道、魔剣妖刀は?」


男性は丸坊主の男にそう聞いた。

宍道と呼ばれた男は若い男性だった。

短髪の髪の毛を手で擦りながら、へへ、と笑うと共に、それを見せつけて来る。


「ありましたよ、魔剣妖刀、〈荒刃金屍道〉」


と。

そう言っていた。

魔剣妖刀?

まさか、この九頭龍山にあったのか?


「流石にあったな、〈馬頭前鬼〉と〈牛頭後鬼〉の二体が守っていれば、其処に隠していると言っている様なものだ」


…その名前から察するに、俺が戦おうとしていや祅霊の事、だろう。

上級の祅霊を、この人たちは雑談の種として話していて、あまりにも軽々しく喋るので、強くない印象を覚えつつあった。


「さて…此方の話はこれくらいで終えようか、ツネヒサとキイトが来た時点で、計画を進める事にする」


計画?それは一体、なんだろうか。

俺は、耳を傾けると、女性が俺の方に気が付いた。


「…聞いたらダメですよ、殺してしまうかも知れません」


と、恐ろしい脅しを受ける。

俺は表情を険しくした。

物騒な言葉が出る以上、この人たちは悪者として認識して良いだろう。

現に、魔剣妖刀を隠していた(らしい)のに、それを回収したのだ。

それを使い、何かしらに使役しようとしている。


「魔剣妖刀を、何に使うつもり…ですか?」


と、俺はそう聞くが、女性は儚げな表情をしながら俺を抱き上げる。

動きやすい様に、着物を洋風のドレスの様にして着込む女性は、着物に切れ込みを入れていて、布地も薄くて彼女の質感を実感しやすくなる。

すなわち…俺は彼女に抱き上げられた際に、その柔らかな胸を顔に押し付けられた。


「ダメですよ、物騒な話はしてあげません…それよりも楽しい話をしましょう、私は、八十一鱗くくりと申します、八十一鱗ヤヲ、あなたのお名前は?」


名前を名乗られた。

口を閉ざして、情報を出そうとしなかったが。


「困りましたね…私は、楽しくおしゃべりがしたいのですが、貴方をなんと呼べば良いのか分かりません、…未だ穢れを知らぬ純潔、潔白な童、と言う意味を取り、童貞さんと言いましょう」


儚げな笑みを浮かべて不名誉な名称で言おうとしてきた。

いや童貞ですが、前世の頃から童貞ですが、言われるとなんか嫌だっ!


「…アカシ、千金楽アカシッ!!童貞じゃない!!」


俺は素直に自分の名前を口にした。

ついムキになって言ってしまった事を少しだけ後悔した。

が、これが逆に功を奏した。

灰色の男性は大きく目を見開いていた、何がそこまで驚きを覚えているのだろうか。

じぃ、っと、俺の顔を見続ける男性は、少し柔和な声色で言い出した。


「ちぎら…っ? ちぎら、とは、千年の千に、金貨の金、楽しいと書いて、楽か?」


なんと、よく知っている。

俺は素直に驚いた、まさか、俺の苗字の漢字を一言で現わせる人物など余り居ないのだ。

驚きの表情を浮かべながら、声を少し抑えながら、男性に聞く。


「そう、ですけど…それが?」


絶句している男性。

片手で口元を抑えて、声が出ていない様子だった。

最後に、男性は確認する様に、俺以外の人間の名前を口に出す。


「…父親の名前は?アキヒト、と言うのか?」


千金楽、アキヒト。

俺の戸尾さんの名前だ。

偉大な抜刀官である父さんと、この男性は知り合いであるらしい。


「…父さんの知り合い?」


俺は首を傾げてそう聞いた。

男性は咳き込みながら、手に付着した血を服の袖で拭う。

そして、死んだ阻害の様な目は打って変わり、俺の事を物珍しいと言った表情で見ていた。


「あぁ、なんて事だ、…先輩の御子息か」


先輩。

どうやら、父さんはこの人と知り合いである様子だったらしい。

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