そうして九歳になりました。

とことんやろう。

そんな格好良い台詞を吐いた末の結果は惨敗だった。

やはり、ユノは強かった。

今まで、ユノは祅霊としか相手をしていなかった。

けど、その実力は何となく高いものだと言う事は察していた。

が…まさかここまで強いとは思わなかった。


少し、満足そうな表情をしているユノは、長刀を握り締めながら俺に期待の目を向ける。

まさか…まだ戦い足りないと言うのだろうか。


「…とことんって、言ったしなぁ」


俺は体中、ボロボロになりながら自分の軽はずみな発言を恥じた。

それから毎日、俺はユノとの戦いに明け暮れる事となるのだった。












「…あ、俺、誕生日一か月前だったかぁ…」










そして俺こと、千金楽アカシ、九歳の誕生日を一か月前に迎えていた。

修行の日々に明け暮れ過ぎて、九頭龍山で結構な時間が経っていた。

俺は溜息を吐きながら腰に携えた刀に手を添える。

九頭龍山で発見した刀は、これで十七本目。


破壊された刀の殆どは、祅霊よりも、ユノによる攻撃で破壊されたのだ。

俺は眼前に居るユノに目を向ける、楽しそうに笑みを浮かべてくれるユノは、何時までも俺の成長を待ち続けている。


ユノとの戦いの日々は正直言えば正解だった。

これまでの戦いで、俺は様々な斬術戦法を開発する事が出来た。

その結果…台明寺先生に期待されまくって、あんな事になるとは思わなかったけど。

台明寺先生って、本当は二刀流だったんだなぁ…と俺は思いながらも意識を切り替える。

ユノが何時になったら攻撃して来るのか、待ち侘びている様子だった。


「それじゃあ、…やろうか」


俺の言葉にユノはこくりと頷いた。

ユノが長刀を構えて来るのを確認して、俺は腰に携える刀の柄を強く握り締める。


「すぅ…」


平然としながら呼吸を行う、酸素を体内へと流し込み、炎子炉に酸素を供給。

これにより、炎子炉は急速に活動していき、闘猛火を生産するので、それを排気孔へと送る。

刀に三分の一を送り、残る三分の二の闘猛火を己の肉体へ、全体へ駆け巡る様に送り出すと共に、いきなり俺は焱門を全開させ〈炉心躰火・ひばな〉を使役。

焱門を全開にして排気孔へ一気に闘猛火を流し込んだ事により、瞬間的な肉体強化が行われ、地面を蹴ると共に高速で前進する。

目指すはユノであり、俺は刀に手を伸ばすと、予め刀身へと流し込み貯め込んだ闘猛火を放出させると共に抜刀する。


夜咫烏やたがらす―――〈かさね〉ッ!!」


重力を宿す闘猛火を凝縮。

髪の毛よりも細く、蜘蛛の糸よりも細く、紫と黒の闘猛火を極限にまで圧縮させる事で放つ一撃。

俺が使用する技の中で、唯一無二の必殺技。

魔剣妖刀〈襲玄〉の名にあやかって、〈かさね〉と言う名前を名付けたその技は、如何せん、超強力ではあるのだが命中率が低い。

重力と言う桁外れな力を扱う為だろう、手元が重力の反動によって狂ってしまうのだ。


しかし、ハッタリとして扱うには十分な代物であるし、何よりもユノですらもしもの可能性を考慮して攻撃の手を止めていた。

その隙を狙い俺は即座に接近すると共に、ユノの眼前へと迫り刀を振るう。



当然、ユノは防御態勢を取り、鋼鉄で出来た鞘を使い俺が振るった刀を受け止める。

キンッ、と音を響かせながら、ユノは刀の柄を握り締めて抜刀しようとした。

だが、彼女に攻撃を許してはならない。

俺は即座に、息を吸い上げると、炎子炉から闘猛火を生成し刀身へと流し込む。


夜咫烏やたがらす―――〈はじき〉ッ!!」


刀を引き、火花を散らすと共に斬撃を放つ。

夜咫烏〈斥〉。

闘猛火を混ぜた斬撃を放ち、その斬撃に触れた対象の重力の方向性を反転、反重力を発生させ、磁石の様に反発する斥力を生み出す。


弾き飛ばされたユノは樹木に向けて飛んでいくが、歯の長い下駄で樹木に立った。

俺から見たら樹木を横向けで垂直に立つユノは、ゆっくりと刀を引き抜くと共に、銀光を放つと、斬撃を一発、二発、三発を、連続して放った。

斬撃が遠ければ遠い程に、威力を増していく斬撃は俺の命を度外視して飛翔する。


「ふぅ…」


息を吐く、俺は刀に力を込める。

刀身から放出される重力の闘猛火。

刀を振るい、闘猛火の残滓を斬撃の軌跡に遺す。

ユノが放った斬撃は、俺が築いた斬撃の軌跡に触れると、その軌跡に沿う様に斬撃が流れていき、さながら俺を避ける様に斬撃が飛んでいく。

重力の流れを作る事で、対象の攻撃を逸らす技だ。

台明寺先生は〈重弦〉と名付けたが、既に俺は通常状態でそれが使役出来る様になったので、技としては撤廃する事となった。

俺は三発、ユノの斬撃を重力の軌跡を作り攻撃を逸らしながら接近する。


俺の刀身の間合いへと入る。

ユノは後退しようとするが、その隙を与えぬ様に俺は刀を打ち付ける。

刀を引き抜かなければ、ユノは俺を攻撃する事が出来ない。

ユノは冷静に、俺の攻撃を鞘で受け止め、何とか後退しようとしたが。


ユノは異変に気が付いた様子だ。

俺が刀で攻撃し、ユノの長刀の鞘に切り傷が付く。

その斬り傷に、俺の闘猛火が宿っている事に。

重力の闘猛火は、当然ながら重たい。

それを、斬った箇所に闘猛火で残せば、当然、重量が斬った箇所に圧し掛かる。

即ち、斬れば斬る程に、重量を増していく。


言葉にはしないが、俺はこの技を夜咫烏やたがらすかしり〉と呼ぶ。

つい先日、俺が完成したユノに報せていない新技だ。

次第に、ユノは長刀を持ち上げる事が出来なくなり、それでも尚、長刀を手放そうとはしなかった、なので、俺はユノの両手が完全に下りた瞬間を狙い、刀の切っ先をユノの喉元に沿える。


「ユノ、今日は、俺の勝ちだ」


その言葉、ユノは手を止める。

止めざるを得ないこの状況。

俺の刃が初めてユノの喉に当たったのだ。

苦節、一年と半年。

ユノに勝負を挑んでから、一度たりとも勝った試しなど無かったけれど。

俺はようやく、ユノを相手に、勝利を刻む事が出来たのだ。



ユノは俺の顔を見ていた。

紫水晶の瞳を大きく開いて、俺の顔を映し込むと、彼女はゆっくりと此方へ接近して来る。

俺は、彼女が急に動くとは思わなかったので、刀を下げるのが一瞬遅れてしまう。

刀の切っ先は鋭くて、ユノの柔らかな皮膚に突き刺さると、赤い血を流して、だらりと垂れていく、ユノは痛みを感じていないのか、止まる事無く歩き出す。


「ユノッ!!」


俺は刀を引っ込めるが、ユノの首には、一筋の切っ先の傷跡が出来ていた。

当てるつもりでは無かった、だが、そう言い訳をしようとして、ユノはなおも止まる事無く俺に近付く。


「ユノ?」


ユノの様子はおかしかった。

表情を赤くしながら、その瞳は完全に蕩けきっていた。

大きく手を広げて、黒色の着物の袖がぶらりと揺れる。

そのまま、ユノは喉から血を流しながら、俺に抱き着いて来た。

嬉しそうに、楽しそうに、満面の笑みを浮かべて、大きく口を開けて、喉奥から掠れた声を漏らしていた。


「―――」


決して聞こえる事の無い、羽虫の羽搏きの様な声。

ユノは敗けた事が嬉しいのだろうか。

俺の体を強く抱き締めて、身体の全てを密着させる。

じんわりと、俺の胸元が熱くなってきた。

それは、、ユノが喉元から流した血液であり、それが俺の衣服を濡らして、熱が流れて来たのだ。

人間にしては、熱湯でも被ったのかと言う程に熱い血だ、胸元が焼け爛れてしまいそうだった。


「ユノ、嬉しいのは分かった、もう、もう離れてくれ」


俺がそう言うと、ユノは名残り惜しそうに離れる。

彼女の首元からは血が垂れ流されているので、俺は、着物の袖を破いて、彼女の治療の為に、布巾で首元を抑える様に手渡した。

ユノは俺が破いた布巾を受け取ると、それを首筋へと押し当てる。


流れ出る血が、布巾によって吸収されていき、彼女の血の色で染まっていく。

暫く、立ち尽くしながら血を止めている彼女を、俺は傍から見ていた。

ともかく、俺はユノに勝利したのだ、この一年と五カ月の戦いは、無駄では無かった事が証明された。

それだけでも十分に嬉しい事であるし、ここまでユノが俺との戦いに飽きもせず手伝ってくれて感謝している。


後は、この後に控える台明寺先生との戦いのみだ。

現状、台明寺先生は二度、俺が合格基準に満たさなかった事で、約一年分の延長を命じられた。

それは仕方が無い事だと俺は思っている。

こうして、自らの実力を知った上で語れる事だが、俺の実力では、たった半年で急成長出来る筈が無かった。


実際の所、台明寺先生も俺が一人前の抜刀官となるのには、十年は掛かると言う様な言葉を発していた気がする。

なので、ある程度は、九頭龍山での修行は延長されるだろうと察していたのだ。


「…慌てるな俺、着実に成長してるんだから、台明寺先生を、ぎゃふんと言わせてやる」


ユノに勝ったと言う事実が、俺の自尊心を高めてくれる。

俺はユノに視線を向ける、ユノは既に布巾を首に当てる事無く、傷口に指を触れていた。

まるで初めて貰った恋人からのペンダントの様に、俺が付けた傷痕を、蕩けた表情をしながら、指先で傷の周りをなぞっている。


…傷口が大きくなっちゃうから、あんまり弄るのは止めた方が良いよ、ユノ。

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