そうして及第点
半ばで折れた刀を握りながら俺は接近する。
圧倒的実力差でも、唯一俺にアドバンテージがある。
それが、試刀流の型を知っている事。
大振りで振るう斬撃による〈断威〉。
刀を一度鞘に納めて放つ〈鞘辷〉。
一度空を斬り二度目の突きを放つ〈佰連〉。
予備動作の無い〈流刃〉と〈刈延〉もあるが、それらに注意していれば攻撃の動きを読む事が出来る。
合わせ技も披露して来るが、何れかの攻撃動作が混ざって来る。
それを踏まえていれば、少なくとも不可避では無い。
「行くぞ…ッ!!」
接近する、相手の動作を見る。
しかし、台明寺先生は動かない、動かないのならば良い。
重力ぶった切りを、台明寺先生に叩き付けるだけだッ。
俺の刀の射程に入る。
俺は重力の闘猛火を流し込んで刀の重さを増量させる。
重力ぶった切りである、それを披露して見せた途端、台明寺先生の表情は曇っていた。
「刀を重たくする…それだけか?」
軽々と回避する台明寺先生は俺に向けて刀を向ける。
抜き身の刃が俺の体に触れた、斬られる、死ぬ、そう俺の脳内で過ったと同時。
「〈
刀身から勢い良く放出される闘猛火に肉体を叩き付けられる。
「ぐぁッ!!」
痛いッ、だが、身体を勢い良く押された様な衝撃だ。
樹木に叩き付けられる俺は、台明寺先生が刀を構えているのを見る。
「闘猛火を滞空させる術は身に着けているか?でなければ、死ぬぞ?」
その構えから〈断威〉が放たれるのは確定している。
肉体を叩き付けられて上手く体を動かす事が出来ない俺は、それでもまだ刀を握り締めている。
「躱してみせろ」
台明寺先生はそう言うが、俺の体は動かない。
放たれる斬撃を回避する術など無い。
これで俺は終わりだ…だがしかし。
台明寺先生は、俺に事前に助言をしていた。
闘猛火を滞空させる術…〈佰連〉を使役する際に使役する、闘猛火の熱を空間に滞留させる術。
…もしや、台明寺先生は、それを使役しろと…重力を空間に滞留させろ、と言うのか。
俺は、昔、銅島先生に教わった〈佰連〉を思い出す。
その中で闘猛火の滞留は教わった、刀身を薙ぐ、払う、その動作に、刀の持つ斬撃の力を付加させない。
そうする事で、闘猛火だけが空間に流れ出して滞留するのだ。
それを思い出し、俺は瞬時に刀を振るう。
紫と黒の色を宿す闘猛火が放たれると、その場に滞留し、其処へ台明寺先生の飛ぶ斬撃が重なると同時。
斬撃の軌道が逸れて、俺に当たる事無く、斜めに向けて斬撃が通過していく。
「はぁ…はぁ…」
俺は息を荒げながら台明寺先生を見る。
「ふむ、初めてにしては上出来、重力の向きを決める事で、攻撃の軌道を変化させる技だ、名付けるならば〈
これが…俺が、この重力の闘猛火で初めて出来た…技?
「今回は及第点としておこう、アカシ、次に儂が来るまでに、技を磨いておけ、評点を付けてやる」
刀を納めながら、台明寺先生は言った。
俺は緊張の糸が切れたのか、その場に倒れ込むと、大量の息を吐いて呼吸を行う。
つ、疲れた…、これ程までに緊迫する戦いは初めてた。
次と言うことは、十日後、それまでに、俺は新しい技を作らないとならない。
「一つ、お前に教えてやろう、お前の重力は、ただ物を重たくするだけか?違う、重力とは環境に応じて変化する、それを理解すれば、お前は更に強くなるだろう」
台明寺先生はその様に助言してくれた。
俺は疲れていて、体の筋肉も動かし続けたので、全身が筋肉痛だ。
動くことも出来ない俺を見て、台明寺先生は空に向かって声を出した。
「ユノ」
名前を口にすると共に、ユノが木の上から降りてきた。
黒髪が揺れ動き、見事に着地するユノは、台明寺先生の方に顔を向けていた。
「ご苦労、お前のお陰で、ケモノ共に気を取られずに修練が出来た」
そう言って頭を撫でる台明寺先生。
ユノは猫がリラックスするように目を細めた。
どうやら、ユノは台明寺先生に懐いている様子だ。
「…はぁ」
思わず、俺は溜め息を吐いていた。
あれ程の激戦を繰り広げていたにも関わらず、台明寺先生には俺の攻撃が掠りもしなかった。
この十日でかなり強くなったと思ったが、どうやらそれは自惚れに過ぎなかった。
間近にあったゴール地点が、いきなり遠くなって、俺は再び走らされると思うと、足取りが重くなっていくのを覚える。
いや、分かっている。
こんな落ち込んでいる場合では無いのだ。
早く俺は、一人前にならなければならない。
しかし、今だけはハードルの高さに愕然しても良いのではないのか?と俺は自分に甘い事を考えていた。
「あぁ」
しかし、心なしかユノは嬉しそうな表情を浮かべている気がする。
余程、頭を撫でられるのが好きなのだろう、台明寺先生も、ユノを孫を見るかの様な目で、温かくユノを見つめていた。
それを見て、なんだか親子の関係性を思い出してしまう。
懐かしい、父さんや母さんの事を思い浮かべて、羨ましいな、と思っていたとき。
ユノが俺の視線に勘づく。
「え、あ?」
そしてユノが俺に近付くと、俺の頭を撫でてくる。
台明寺先生に撫でられるところをじっと見ていたので俺が羨ましいと思ったらしい。
「ちょ、ゆ、ユノ…」
彼女にとって頭を撫でられる行為は喜びの共有であり幸せのお裾分けなのだろう。
先生との実力の差をわからされてしまって気落ちしていた俺にとって、そのなでなでは十分に励まされる行動だった。
「…ありがとう、元気が出るよ」
…俺も単純だな。
夜は何時の間にか朝に変わっていた。
日差しが出ていると思いながら、今日も修行か、と俺は溜息を吐く。
出来る事ならば、今日一日は休んでいたかったが、そうは言ってられない。
「ふむ、朝か…アカシ、及第点だが一応、今回の分は合格よ、であれば褒美をやろうと思う、ユノ」
台明寺先生がユノを呼ぶと、俺の頭を撫でる手を止めて、ユノが台明寺先生の方へ振り向いた。
一体、何を言うのか、俺も気になって、台明寺先生の顔を見ると、咳払いをして台明寺先生は俺の願いを叶えてくれる様な言葉を口にした。
「今日、一日だけ、アカシを労い、護衛をしてやれ、アカシよ、今日は一日、修行は休みよ、精々体を休めると良い」
台明寺先生の言葉に頷くユノ。
傍から聞いていた俺は瞼を何度も瞬いた。
今日だけ、修行をしなくて良い?
なんだそれは、つまりは、祅霊との戦いに集中しなくても良い、と言う事だろう?
一日中、寝ていても良いなんて、なんて嬉しいご褒美なんだろうか!
そう俺は心の中で喜びを浮かべるのだが、顔に出さない様に、疲れ切った表情を浮かべて演技をする。
ここで休みが貰える事に喜んでしまうと、俺の格と言うか、今後、台明寺先生に出会った際に、休みが貰える事に喜びを覚える現金なヤツ、なんて思われたくなかった。
なので、あくまでも俺はクールな人間として演じ切る事にしたのだ。
「まあ、身体を休める日ではあるが、だからと言って、一日中遊ばせるワケにも行かん、故に、これをやる」
台明寺先生は懐から一冊の書物を取り出した。
手書きの資料を一冊の本として纏めたもので、俺はその表紙の題目を見るが、達筆過ぎてなんて描いてあるか分からなかった。
「斬術戦法記録帖、儂が今まで出会った斬術戦法を記したものを纏めたものだ、奥義や、技の派生など、儂が目にしなかったものは記されて無いが、新たな流派を作るのならば、それを見て損は無いだろう」
台明寺先生は指導者として、様々な
なので、ある程度の他所の斬術戦法を実際に目で見て来た。
基本的に門外不出の斬術戦法もあるだろうに、それを俺に見せてくれるなんて…有難いにも程がある。
「…新たな、流派?」
そして。
俺は台明寺先生の最後の言葉が気になってそう言った。
俺は別に、新しい流派を作ろうとは思っていないが、台明寺先生はそう思っているらしい。
「儂が知る限り、重力を付加した闘猛火を操る斬人はおらん、故に、お前が初めての流派を作る者となる、新流派の開祖と呼ばれるのだぞ、アカシ、斬人ならば憧れの的だろうし、お前も嬉しく思うだろう?」
にぃ、と笑う台明寺先生に俺は共感する。
確かに。
俺はそう言われて少しだけ嬉しくなった。
新しい技を開発する時の命名も、少し格好良くしないとな。
重力ぶった切り…少し格好付けるのならば…『究極重力大切断』…とか?
…やはり俺には、ネーミングセンスが無いらしい。
台明寺先生が去った後。
俺は早速、台明寺先生に渡された斬術戦法記録帖を見る事にする。
「俺の新しい流派の為に、他の所から吸収するぞぉ」
パクリじゃないよ、参考だよ、参考っ。
そう思いながら、俺は先ず最初の頁の内容を見る。
それは台明寺先生の本の読み方であり、こう示されていた。
『威力とは斬術戦法の破壊力や斬撃を指し、防御とは敵への攻撃の受け流しや攻撃を受け止めること、機動は使用者の速度や技の発生に対し影響があるかを示し、同調とはそれが他人にも教えれば使用出来るかどうかであり、範囲とは技の効果範囲の事を言い、消耗とは闘猛火の消耗量の多さを物語る』
『また、評点は一から五であり最低は一、最高は五とする』
と、台明寺先生の最初の説明にはそう書かれていた。
俺はそれを踏まえた上で斬術戦法を確認していくのだった。
開祖:
威力:二 防御:三 機動:三 同調:一 範囲:一 消耗:一
方針:微風すら躱す葉の揺蕩い
戦闘能力は余り無し、斬術戦法と呼べるのかすら分からぬが、斬術戦法とは斬ると言う結果では無く、斬るまでの過程を指しており、移動、回避もまた斬術戦法へ含まれるものとする、が、同調が低いのは寄生木家しか扱えぬ血筋由来の斬術戦法であるが為である、限定的故に、儂の斬術すら回避し、無傷であるのはこの斬術戦法が初である。
使用者、寄生木タナト
適当に開いた頁にはその様に書かれていた。
血筋由来の斬術戦法とは一体何なのだろうか。
気になって見てみると、どうやら、技の全てが使用者の〈眼〉を使っての戦闘方法であるらしい。
ようするに、相手の動きがスローモーションになったり、筋肉の動きを予測して、未来予知の様なものが出来るもの、だとか。
…これを見ても参考にはならないだろうなぁ。
「…あ、雷迅流だ」
次に開いたのは、雷迅流だった。
開祖:
威力:四 防御:四 機動:五 同調:二 範囲:四 消耗:二
方針:雷が如き怒濤と猛攻。
雷の如き攻めは、威力と速度は申し分無し、しかし家系特有の〈焔転変火〉によって属性を雷に変化させる事が大前提の為、使用出来るものは銀嶺家に属する者のみ。後、これは斬術戦法とは関係無いが、名家である銀嶺家はやや性格に欠点があり、欺瞞と慢心に溢れている、そこを何とかせねば、何れ我が身を滅ぼすだろう。
使用者、銀嶺ハクノ・金武ハナブサ・赤錆カジキ。
「へぇ…」
銀嶺家って傲慢な性格の人が多いのかな?
それにしては銅島先生はあまり謙虚な方だったけど…。
でも、銅島先生は分家の人だし、あまり関係ないのかな?
…台明寺先生は斬術戦法を参考にしろって言ったけど、俺が出来そうなものがあんまりない。
けど、技とか見ていると結構面白くて、暇潰しにはなるようなものばかりだった。
そして、俺はその中でも、一際目に入る斬術戦法があった。
「…劫火流」
開祖:
威力:五 防御:四 機動:三 同調:五 範囲:五 消耗:五
方針:燃え広がる炎が如き灰燼と化す破壊力。
一撃一撃が必殺技であり、他の斬術戦法にある奥義が劫火流にとっての一つの技である。
これ程、燃費の悪い斬術戦法は何処にも無く、無印の闘猛火でも扱えるが、燃費の悪さ故に継承者が極端に少ないと言う斬術戦法だ、鍛代は炎子炉に恵まれたが、奈流芳はそれに劣る、一撃を使役する度に息切れする所を見るに、相性が悪いのだろう…。
使用者、鍛代ザンテツ・
一撃が他の斬術戦法の奥義に匹敵する技と言うのも凄いが。
「奈流芳カズイって…あの、奈流芳?」
斬神斬人・奈流芳カズイの名前を発見した。
あんな凄い人の流派は、劫火流と呼ばれる流派だったらしい。
けれど、台明寺先生からの評価は悪いけど…、英雄にも影は差すと言う事なのか。
結果…記録帖は見る分には面白いけど、あんまり参考にはならない。
と言うか、技術の凄さが目立って、俺には出来ない、と言う評価だった。
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