防戦一方
おかしい。
夜中になっても、ユノが戻って来ない。
大体、食事を持ってくる時間帯は決まっているのだが。
「もしかして、祅霊と?」
大級の祅霊と戦っている、とかなのだろうか。
如何に実力のある彼女でも、強力な祅霊との戦闘で苦戦しているかも知れない。
だとすれば、加勢に入らなければ。
真夜中にあまり動く事の無かった俺は、今回ばかりはユノを探す為に行動しようとした。
が。
「…あ、ユノ」
少し遅れて、ユノが巨大な樹木の木の枝に立っているのが見えた。
良かった、大事ないらしい、俺は安堵の息を吐くと共に、ユノの姿を確認する。
食事を持っていないユノ、その代わりに手には草を持っていた。
笹の葉だろうか?とにかく細長くて、それを薄桜色の唇にそっと当てる。
軽く呼吸をした末に、ふぅ、とユノが息を吹きかけると共に、吐息を当てた草の葉が振動し、虫の金切声の様な音を響かせた。
その音は、深夜帯であれば、祅霊が音を感知して接近する程の大きな音だ。
余りにも大きな音を出すので、俺は思わず声を荒げてしまう。
「ユノッ?!何をしているんだ!!」
と、叫んだが、ユノは心地良く、草で音色を響かせるので、俺は周囲を警戒する他無かった。
このまま、彼女が発した音に反応して祅霊が来る事は先ず間違い無いだろう。
問題は、どれ程の数であり、どれ程の強さを持つ祅霊が音に反応してやって来るのか、と言う点だ。
俺は片手で錆び付いた刀を握り締めながら、焦りを呼吸で散らしていく。
「来いッ、来るのなら、来いッ!!」
俺は緊張を隠す様に呼吸をする。
大丈夫だ、慌てるな、俺。
ユノが何故、草の葉で音を奏でているのか、それは恐らく、俺に対する試練となっている為だろう。
音を発生させる事で、祅霊達を呼び寄せ、俺と戦わせる為にそれを行っている。
幾ら、ユノが夜になると食事を用意しているからと言って、餌付けを行うだけがユノの仕事じゃないのだ。
あくまでも、ユノは俺の先生である。
先生として活動する以上、甘いご褒美ばかり与える筈が無いだろう。時には、厳しい鞭も必要なのだ。
俺はユノの気持ちを汲んだ、そう考えると、俺は彼女が出した試練を乗り越える事が出来ると、考えている。
それは、ユノの今までの行いから、なんやかんやで俺には甘いからだろう、と言う俺の甘い考えから出て来るものだったが…しかし、やはりと言うべきか、そんな生易しい行為は、ユノはしない。
暗闇の奥から歩き出す、影があった。
それは祅霊では無い、獣の様な姿でも、昆虫の姿でも無いのだ。
それは人影だった、人間のかたちをした何かであり、ユノの音に反応して、迷う事無く一直線へと俺の方へと向かって来ている。
其処で俺は、今日が何日であるのかを思い出した。
既に、俺の輝煌の中では遥か昔と言う部分に分類される程に、果てしなく長い期間と錯覚してしまう程に、俺はこの山の中で戦い続けていた。
だから、感じんな事を忘れてしまっていた。
それを思い出す事には、既に、俺の視界に映り込む程に適切な距離で、刀を構えている峻厳な老人の姿が其処にあった。
「台明寺、先生ッ!!」
俺は声を荒げる。
久方ぶりに見た台明寺先生は、こんな暗闇の中でも分かる程に、皺を刻む程に笑みを浮かべながら、俺に近付いて来る。
「どれ程、強くなったか、見せて貰おうか」
そう言い放つと共に、台明寺先生は横一線に刀を振るう。
それを認識したと同時に、俺は本気かッ!と驚いた。
横一線による斬撃、試刀流斬術戦法〈
飛ぶ斬撃、それを、一呼吸で周囲の草木を伐採する程の広範囲で発露させた。
俺は身を屈めて斬撃を回避するが…周囲にあった樹木が一撃で切断され、そのまま重力に順じて大木が倒れた。
「~~ッ!!」
声にならない悲鳴とはこの事だった。
俺は今、指南役である台明寺先生に命を狙われていた。
試刀流斬術戦法。
火群槌試刀館学院に入学した試刀生が斬術を習得しなかった場合に教授される供用の斬術戦法。
汎用性が高く、最低でも三つの斬術を習得すれば抜刀官としての最低条件を達成する事が出来る。
即ち、抜刀官の中で尤も流布された流派である事の証明であり、台明寺先生はその試刀流斬術戦法の指南役。
だからと言って試刀流を侮っていた。
誰もが扱えるからと、その威力はそれなりなのだろうと。
しかし斬術戦法は、闘猛火の放出量に応じて戦闘能力が向上する。
隻腕の抜刀官、台明寺ギンジョウ、片腕なれどその実力は十本の指に入るものだと!!
その斬術戦法の威力も、並の斬人以上の性能だッ!!
「動きは良し、意識的に〈炉心躰火〉を使役しているな、〈焱門〉の開閉を覚えたと言った所か」
俺は現在、排気孔を閉ざし一本の管として〈炉心躰火〉を使役している。
体力を長く保つ為の処置であるが、台明寺先生はそれを看破した様子で語っていた。
「指の欠損により無意識に肉体は〈焱門〉を閉ざした、そして今度は意識的に〈焱門〉を開く必要がある、手間であろう?しかし、抜刀官の殆どは、息をする様に〈焱門〉の開閉を行う、この技術を学ぶ事が出来なかった者は、戦闘途中に炎子炉の生産限界を迎え、一時的な炎子炉の不全、脆弱性を突く祅霊によって殺されてしまうのだ、故に試刀院では斬術を学ばせる前に〈焱門〉の開閉を学ばせるが、これが難しい…しかし奇しくもお前は指を失い、〈焱門〉が強制的に閉ざされた、その際に、今まで出来た事と出来なかった事の比較が可能となり、開閉の仕方を学んだと言う事だ、肉体の欠損こそ喪失を覚えども、それこそが、抜刀官としての一番の近道でもあると言う事、それを十日で実用出来るとは、見事だ、アカシ」
俺の事を褒めてくれているのが分かる。
出来ればもう少し、柔和な感じで褒めて欲しいものだ。
深く皺を刻みながら、鬼神の如き表情をしながら言う台詞じゃないだろう。
「そして、開閉を学び、〈炉心躰火〉にも二種類の技がある事を知っただろう?」
何となく、分かっているつもりだ。
一つは全ての〈焱門〉を開け、排気孔の管に闘猛火を放出させる。
是により飛躍的な身体能力を向上させるが、直ぐに体がバテてしまう。
そしてもう一つは、俺が排気孔の管を閉ざし、一本の道として闘猛火を流し込む事。
これにより、身体能力は低下するが、持続性が上昇し、長く戦闘をする事が出来る。
「全開で闘猛火を肉体に巡らせ戦闘を行う方法を〈
正式名称があるとは知らなかった。
つまり、今の俺の状態は〈炉心躰火・
ゆっくりと、燻ぶる様に燃え続ける火の煙、それが今の状態に似ているから、その様な名前を名付けられたのだろう。
喜々として、台明寺先生は刀を構える。
「さて、それを扱いながら、戦おうでは無いか、無論、それ以外にも学んでいるのだろう?全てを曝け出せ、儂に見せるが良い」
でなければ、永劫、死するまで、この地から出る事は出来ない。
つまりこれが試験だ、俺が山から下る為に、台明寺先生と殺し合えと、そう言っているのだ。
「では、小手調べからだ」
刀を瞬時に振るい、空を切り裂く十字の斬光。
塵と消えず残る光の十字の中心部分に刀の切っ先を添える。
そのまま闘猛火を斬光へ流し込むと、体内に残る廃棄瓦斯を技名と共に吐き捨てる。
「〈
俺は即座に回避行動へ移る。
試刀流斬術戦法〈佰連〉。
昔、俺は斬術戦法を、熱光源を利用したレーザー兵器と称した。
〈佰連〉はその中でも、尤もレーザー兵器に近い剣技であり、分類上は刺突技だが、実態は同時連撃レーザー光線である。
最初に、空に斬撃を振るう、その際に闘猛火を放出させ空間に闘猛火を残す。
次に刀の切っ先で闘猛火に触れる事で、闘猛火は形状を変え、刺突性能を持つレーザーとして照射されるのだ。
並の斬人が使役すれば刺突回数も少なく回避も容易だろうが、台明寺先生の佰連は、素早く十字を斬り、間を置く事無く刺突を繰り出し、合計二十の熱光源刺突が繰り出される。
形振り構わず、俺は排気孔の焱門を切り替えて〈炉心躰火・爆〉によって瞬間的に身体能力を急上昇させ、何とか回避する。
「切り替え速度は良し、次はどうだ?」
そう言いながら、台明寺先生が鞘を刀に納めた。
その動作を確認して、俺は地面を蹴って走り出す。
台明寺先生が使役する技は、刀を鞘に納めた時点で、高速抜刀術〈
刀身と腕の長さが抜刀術の射程であり、恐らくは台明寺先生は近づいて来いと誘っているらしい。
今の俺では、斬術を使用するまでに至らない、なので、お言葉通り接近し、俺の刀の届く範囲まで近づこうとした時。
「〈
ッ!?
聞いた事の無い名前と共に、台明寺先生が抜刀した瞬間。
眩い光と共に、刀身が俺の首元を狙う。
嘘だろう、と思った、台明寺先生に接近したとは言え、俺と台明寺先生の距離はかなり差がある。
それを埋めるかの様に、刀身が伸びたのだ、それは刀身の長さを伸ばす〈刈延〉と同じ。
であれば、〈鞘辷〉と〈刈延〉を混ぜたのだろう。
〈鞘辷〉による高速抜刀、〈刈延〉による刀身の助長。
これが合わさり、射程を無視しての攻撃を可能とする。
「ぐ、すッはッぁぁッ!!」
俺は刀を握り締める、形振り構わず闘猛火を全開で刀に流し込む。
重力の闘猛火が刀に流し込まれると、物理法則を無視する重量により、俺の体は刀に釣られて沈み込む。
斜めに倒れる事で、首筋に迫る刃を、すれすれで回避する事が出来た。
「ほうッ!重力を回避に使うか、面白いッ!!」
辛うじて、台明寺先生の攻撃を回避した俺は、地面に埋まる刀を手放した。
腰に携えるもう片方の刀を引き抜く、刀身が折れた刀を構えながら俺は台明寺先生に向けた。
「ふ、はッ…」
怖ろしい。
俺は何と言う強敵と戦っているのだろうか。
けれど、泣き言は言わない、むしろ、この状況まで持ち込めた己を称える。
台明寺先生を相手に、初撃で斃されなかった自分を誇るのだ。
そうすれば、俺はまだ負けていないと感じられる。
自信は冷静さを生む、身体は熱く、心は冷静に、俺は台明寺先生を見ながら刀を握り直す。
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