着実に強くなっている。

「っ…」


俺は思わず息を殺してしまった。

彼女の姿を見て、まだこちらに気が付いていないと言う事を理解してしまったからだ。


太陽の烈しい光によって、ぎらぎらと光を放つ川面は、ささやかな川流れの音と相まって、朝っぱらに相応しいロケーションとなっていた。

一枚の風景画として美しいが、更に加えて、ユノの水浴びをする様に俺は思わず見とれてしまうのだった。


何故、あんなにもおうとつのないすらりとした、むしろ寸胴とも言える体型に生唾を飲み込んでしまうのだろうか?


滑らかな指先を水で濡らすと、体の汚れを手で擦る。手、肩、首筋、胴体、予め決めているかの様に順番にと。


朝っぱらの川の水など下手をすれば心臓麻痺を起こしてしまう程に冷たいだろうに、それを苦にも表さずに平然と体を清めていく。


悠然とした佇まいに、興奮よりも感嘆の息が漏れ出してしまう。

あぁ、こんなにも、可憐な少女がいるのだろうか、と。

俺が彼女を視界に入れ続けた際に、波を立てることなく静かに、此方へと歩いてきている…?


「…あ」


呆けていた。

呆け過ぎていた。

彼女が此方へと向かってきている。

俺がいま行っている行為は覗き見だ。

余りにも見とれていて、俺は彼女が此方に気が付いても尚、その所作に目を奪われてしまったのだ。


なんと言い訳をすれば良かろうか?

いや、これ以上弁明など出来はしない。


「ご、ごめんなさいっ」


俺は川原で頭を下げた。

冷たく丸い大量の丸石が、手と足に食い込んで痛かった。

それでも、彼女が俺に見られたと言う恥辱を考えれば、これ程の痛みなど造作もない。

むしろ罰として甘んじて受け入れるべきであるのだが、これが彼女にとっての罰と思ってくれるかは分からない。

しかし、俺が急に頭を下げた事で、彼女は心配そうに、俺の頭を撫でた。


俺が頭を下げているのを、頭を撫でて欲しいと勘違いしたのだろう。

体を隠す事なく、生まれたままの姿で特に気にする様子もなく、俺の頭を一心不乱に撫でている。


「あ、…ありがとう、?」


俺の頭を撫でてくれるユノにそう言った。

この場合、これ以上の言葉は俺の中では見つからなかった。


さてはて。

ユノの水浴びが終わった後、俺も裸になって水に浸かる事にした。

朝一番の川はやはり、心臓や肝を冷やす程に冷たく、情けなくもガチガチと歯を鳴らしながら水風呂をする羽目になった。

それでも、暫く水に浸かれば寒さなど慣れていき、ゆっくりと浸かることが出来るようになった。

そんな最中、黒い着物に着替えたユノは、裸足の状態で浅瀬に足を突っ込んだ。

手には一般人男性よりも長い長刀を構えている。

俺は彼女の動作に目が離せなかった。


ユノは長刀を構えて、川面の中を立ち尽くしている。

正直に言えば、ユノはどうやって刀を引き抜くのだろうか?

彼女の背丈よりも長い刀は、抜刀をしようとしても幼女の手の長さでは引き抜く事が出来ない。

刀身を引き抜く事が出来ないだろうと、俺は考えていた。

呆然と、何を考えているのか分からない、ユノの表情は相変わらずの無表情だ。

だからか、俺はユノが抜刀をしようとしている事以外が分からないので、釘付けになっている。


そうして、二分、三分と、水面をにらめっこしているユノに、俺は油断して一瞬の瞬きをした。

その隙を狙ったのか、あるいは完全に狙いをつけた好機が其処にあったのか、どちらにしても俺がその一瞬を遅れて視界に入れ込んだ事だけが確かであった。

抜刀時、鋭い銀光が発生した。


刀身に照らされた太陽が反射したのか、否、それは刀身に流し込まれた闘猛火による熱源光沢であり、刀身は外側からでは無く、内側から光が発生していた。

その光に目が眩むが、それでも俺は確かに見た。


ぐにゅりと、歪む刀身。

空間を這い回る様に刀身が蛇蝎していき、其処から放たれる斬撃が、鋭い槍の様に直線状に軌跡を刻みながら川面の中に潜んでいた川魚の胴体を一撃する。

刀を完全に振り切ったユノは、再び刀を光らせると、切っ先が曲がっていき、鞘の中に刀が吸い込まれていく。

かちん、と音を鳴らして納刀するユノは、血を流す川魚に向けて静かに歩きながら、魚の尾を掴んで持ち上げる。


「…そんなのありか?」


俺は驚く他無かった。

一体、どの様な事をすれば、刀身を曲げる事が出来るのだろうか。

何かしらの流派か、それともユノも俺と同じ様に〈焔転変火〉によって闘猛火に属性を加えて刀身に影響を齎したのか。

…まったく分からない、だからこそ、俺はこんな技術が存在する事に興奮を隠せなかった。


「ユノ、さっきの技、あれはなんなんだ?俺にも出来るのか?」


是非とも教えて欲しいのだが、しかしユノは俺の方へ近づくと、川魚を俺の方へ渡してくる。

俺はそれを受け取ると、ユノは受け取った事に頷いて、手をゆっくりと伸ばす。

そして俺の頭を撫でるのだが、先程、川魚を触った手なので、彼女の手は魚臭かった。


「あの、ユノ、今、今は撫でなくて良いよ、それよりも、魚臭いッ!!」


何故か、ユノにはぐらかされてしまった様な気がしたが、これ以上追及してもユノが喋る事が無かった。

なので俺は仕方無く、ユノにどういった技術であるのかを聞くのは止めて置いた。

あまりにも追及し続ければ、ユノが辟易として、俺に対するあたりがキツくなる可能性がある。

そうなると、配給される食事自体が無くなる可能性が高かった。


本日も昼間から祅霊の出現に対応をする。

空気を吸い上げて、炎子炉に酸素を流し込み、闘猛火を作成、排気孔へと流し込み任意で〈焱門〉を開き闘猛火を体内で循環させ、その熱量によって刺激を受けた筋肉と神経の能力が上昇し身体能力強化を行う〈炉心躰火〉を使役。


この状態で駆け出す事で、戦闘の対象である狐の祅霊と戦い出す。

狐の見た目をした祅霊の尾は四つであり、その尻尾の毛は針金の様に硬くて鋭い。

更に伸縮自在であり、尻尾を振るい俺に向けて攻撃してくる。


「ふッ…はぁッ!!」


再度、酸素を供給。

炎子炉から生成される闘猛火を排気孔へ放出。

〈焱門〉を開き、腕部へと流し込まれる闘猛火は、刀身に力を宿す。

刀を振り上げる、同時、刀身に宿る闘猛火の特性により刀の重量が増していく。

それを振り下ろし、超重量によって狐の尾を押し潰し、重圧によって潰し斬る。

即座、腕部の〈焱門〉を閉ざし、炎子炉の放出を塞き止める事で刀に流れる筈の闘猛火の供給を停止。

これにより刀身から溢れ出す紫と黒の闘猛火は掻き消え、超重量が減少、すぐに刀を持ち上げながら走り出す。


「こぉぉおおおんッ!」


狐の祅霊は叫びならが尾を突き出す。

槍の穂先の様に鋭い尻尾の先端を刀で弾きながら狐に接近すると共に、俺は刀を縦に振るい、狐の祅霊を斃してみせた。


「ふぅぅ…はは」


祅霊が消滅していくのを確認して、俺は思わず笑みを浮かべる。

ようやく、低級の祅霊とタメを張れる様になって来た。

順調に成長していく自分に対して、上手く行き過ぎて思わず笑ってしまう。


「この調子だったら…」


炎子炉による闘猛火の操作。

肉体に循環させ、身体能力の上昇と効果時間の延長。

肉体の八割の〈焱門〉を自在に開閉する事が出来る様になった。

重力を纏う斬撃を操作する事も出来る。


これら全てが十日間で出来る様になった。

半年と言う期間、今の俺ならば、一発で台明寺先生から合格を得られるかも知れない。

そうすれば、より早く、アカネを迎えに行ける。

実現までの道のりが近くに見えた為に、俺は笑みを綻ばせていた。


「おっと…集中だ、取り合えずは瞑想でもして、より〈焱門〉の操作を出来る様にしないとなー」


そう俺は呟く。

それは近くに居るユノに俺が今、どれ程、鍛錬を行い成長しているのかを知らす為だ。

そうすれば、ユノは俺の成長や練度に応じて御馳走を用意してくれる。

その御馳走にありつく為に、俺はわざわざ口に出して言っているのだ。

さて、今夜はどんな食事にありつけるだろうか、…など。

…俺は、重大な事を忘れていた。

その時、浮かれていた俺は、全然気が付かなかった、と言うよりかは、忘れてしまっていたのだ。

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