その先、何を目指すのか?

アカネが居なくなって一週間。

俺の体は次第に回復の傾向へと向かっていた。

体中の怪我は相変わらず体の芯に響いて来るけど。

それでも、ずっと寝たきりでは無かった。

ある程度動く事が出来る様になった俺は、日課として散歩をする事に決めた。

まだ、刀を握り締める事が出来ず、激しい運動も出来ない状況が続くが。

一刻も早く、俺は強くならなければならない。

だからその為には、焦ってはならない。

焦り過ぎて、空回りしてしまう事が多々ある。

一歩一歩、確実に、その歩みを最短で進む為に、俺が今出来る事をするのだ。


そうして、俺が散歩をしようと部屋から出た時に。


「邪魔をする」


その言葉と共に、玄関から入る人の姿があった。


「これは、お久しぶりです、キミ、ここは私が対応する」


応対していた家政婦さんと入れ替わりに、銅島先生がやって来ると、その顔を見て頭を下げた。

その人は俺も一度逢った事のある人物だった。


台明寺先生。

台明寺ギンジョウと言う名前の、火群槌試刀館学院で試刀流斬術戦法を教えている師範の方。

その人以外にも黒を基調とした制服を着込む抜刀官が二名居た。


「銅島、久しいな」


台明寺先生はそう言いながら家へと入って来る。


「そして、千金楽の息子、名前は確か…アカシと言ったな?」


袖の奥から伸びる大きな手。

それが再び俺の頭を撫でるけど、やはり生きた心地などしなかった。


「父親の事は残念だったな、しかし、あの望月アクザに立ち向かうとは、抜刀官としての志を感じた、お前の父親は、立派なものだったぞ」


褒められているのは分かる。

けど、手放しで喜べないと言うのが本当のところだ。

出来れば、まだ一緒にいたかった。

もっと、家族としての関係を深めたかった、と言うのが俺の正直な感想だった。

けど、今更そんな事を言った所で時間が巻き戻るワケでもない。

だから、俺はそれを口にする事は無かった。


「その件で、銅島、魔剣妖刀を奪われたらしいな、それについて今日は儂が此処に来た」


真剣な眼差しを台明寺先生に向ける銅島先生。

銅島先生は、あの炎命炉刃金を持っていた。

本来は、その刀を守る事が仕事だったけど、銅島先生は俺との交換で、刀を妖刀師に渡してしまったのだ。


「上層部は酷く失望していたぞ、既に後任が引き継ぐらしく、魔剣妖刀は儂が回収しに来た」


「はい…この度は、申し訳なく…」


頭を深く下げる銅島先生。

しかし、台明寺先生は銅島先生の肩に手を添えた。


「だが、望月アクザは死んだ、銅島、よくぞ倒した、あの悪辣な男を」


台明寺先生は銅島先生に目を向ける。

けど、話が少し食い違っている様に思えた。

銅島先生は、沢山の妖刀師を相手にしたけど、望月アクザを倒したのは、自分だ。

と言っても、望月アクザの最期を見たわけではないので、自分が倒したと胸を張って言えなかった。

なので黙っていると、代わりに銅島先生が話し出す。

神妙な顔つきで、俺の事を一瞥した後に台明寺先生が言うのだ。


「その事なんですが…一部の報告書の内容を書き換えておりまして…」


台明寺先生は物珍しい表情をした。

それは、銅島先生は嘘の報告書を送る様な人間とは思ってないからだ。


「…どういう事だ?」


何かワケがあるのだろうと、台明寺先生は聞く。

そして、隣に居る俺に視線を向けると言うのだ。


「…望月アクザを倒したのは私ではありません、決着をつけたのは、アカシくんです…アカシくんは、魔剣妖刀を…〈襲玄〉を使いました」


そう言った。

台明寺先生の隣に居た抜刀官達がざわついた。


「あの魔剣妖刀を、こんな子供が?」


「まさか…しかし、虚偽を申す意味があるとでも?」


俺が、炎命炉刃金である〈襲玄〉を使役した事が余程、信じられないのだろう。

台明寺先生は静かだった、ただ俺の姿を見ていて、本当であるかとうかを見詰めていた。


「…それが真ならば、奈流芳カズイ以外で、その刀を扱う者が出来たと言う事となる、坊、本当に扱えるか見極めさせて貰うぞ」


と、台明寺先生はそう申した。

それは、俺にあの炎命炉刃金ひひいろはがねを握れと言う事だった。



庭先へと出た。

銅島先生が厳重に保管していた魔剣妖刀を持ってくる。

台明寺先生に受け渡すと、刀を持って注意深く吟味する。

そして鞘を片手で握りながら、鍔を親指で押して抜こうとするが、台明寺先生が引き抜く事は出来なかった。

それを確認して、その魔剣妖刀が本物である事を認識すると、台明寺先生は魔剣妖刀を俺に渡す。


「抜刀してみよ」


と、そう言われた。

体中に力を入れると、痛みが走る。

刀を握ろうとすると、無くなった小指の影響か、あまり手に力が入らない。

それでも両手を使って刀を掴むと、俺は呼吸を吸った。

あの時の事は、兎に角無我夢中だった。

呼吸を吸って、酸素を肺に流し込む。

どろりとした熱が排気孔を通って、闘猛火を刀身に流し込む。


「…斬神」


俺は神を呼び寄せ、刀を引き抜く。

…いや、引き抜く事は出来なかった。

幾ら踏ん張ろうとしても、まるで鞘と刀が一体化しているかの様に、動く事が無かった。

何度も何度も繰り返しても、結果は変わる事が無かった。

それを見て、台明寺先生は、俺が刀を抜く事が出来ないと判断する。


「…斬神はお前を拒絶している様子だ、他の斬人と何ら変わりない」


そう言われて、俺は少しがっかりした。

英雄である〈斬神斬人〉の魔剣妖刀を扱えたと言う実績。

もしも自由に扱えるのであれば、俺は一気に、世界で唯一の魔剣妖刀の使用者になれたかも知れない。

そうなると、アカネを迎えに行く期間が早まったかも知れないのに。

残念な思いをしながら俺は項垂れる。


「あの時は、この刀が凄いものかなんて、分からなかったんだ、けど、必死になって、そして確かに使えたんだ…」


言い訳がましい言葉だった。

情けないと思い、口を紡ぐ。

そんな俺を見て、台明寺先生は頷く。


「理解している、嘘など吐いて無い事も…その証拠に、これを使え」


台明寺先生が片手で刀を引き抜くと、それを俺に向けて渡してくる。

俺はそれを受け取ると、もう片方の手で刀を返した。


「もう一度、闘猛火を流し込んでみるが良い、今度はより強く、闘猛火が爆発する程に」


言われるがままに、俺は刀を握り締める。

重たい刀、片手の力で思い切り握り締めようとするが、無くなった指が痛くて仕方が無い。

それでも、俺は大きく呼吸を吸って、酸素を炎子炉へ流し込むと、闘猛火を放つ。

刀が俺の闘猛火に流れ込んだかと思えば…途端に、闇を模した紫と黒の炎が刀身を巡る様に散った。


「おッッもッ?!」


俺は思わず、手を離してしまう。

手から零れ落ちた刀身はそのまま、地面に落ちると共に刀の切っ先がずぶりと、地面に減り込んだ。

それだけでは無く、俺が流し込んだ闘猛火が刀身から発散されると、地面に突き刺さる刀を中心に地面が丸く陥没し、クレーターが出来上がる。

その力は、あの時、俺が斬神を使役した時と同じ現象だと思った。


「やはり…逆流したか、〈襲玄〉の力が」


台明寺先生は言った。


「『焔転変火えんてんべんか』と言う名を知っているか?坊」


それは、俺には聞いた事の無いものだった。

俺の知識不足を補う様に、銅島先生が答えてくれる。


「雷迅流斬術戦法があるだろう、あれは通常の斬人では使用する事が出来ない、肉体に宿る炎子炉を特別な修行をつける事で、炎子炉の出力を変化させる必要がある、ストレスを掛けると臓器が不調になる様に、心身共に圧を加える事で、炎子炉を変化させるんだ、その炎子炉の変質を、『焔転変火』と言うんだよ」


銅島先生の言葉を聞く。

もしもそれが本当であるのならば。


「俺の闘猛火は、…〈襲玄〉と同じ、重力を宿してる…って事ですか?」


襲玄は始まりの斬人以外振り向く事が無かった。

俺が使えたのは奇跡であったが、襲玄は俺に別の贈り物を与えてくれた。

焔転変火えんてんべんか〉…襲玄の力を俺の肉体に宿している。


「稀に他者の炎子炉を吸収する事で、焔転変火を熾す者も居るが、たった一度きりの抜刀、その末に〈襲玄〉の力を取り込んだか、重力を統べる闘猛火を扱う童など、他を置いて類を見ない」


それが本当なら。

俺は一歩所か、飛躍的に進化したと言う事になる。

誰にも負けない俺だけの個性。

これを磨き続ける事で、この先にあるのは何であるのか。

俺は、台明寺先生に顔を向けた。

小指を欠損した者でも、抜刀官になれるかどうか。


「…台明寺先生、俺、小指、無くなっちゃいました、小指が無いと、刀を握るのに不向きだって…けど、俺は、父さんの様な抜刀官になりたいです、俺みたいな状態でも、抜刀官になれますか?」


俺の言葉に、台明寺先生は答えてくれる。

ゆっくりと、長い着物の袖を動かして、まだ見ないもう片方の腕を見せてくれる。

驚く事に、台明寺先生は、腕が片方無かった。

隻腕の抜刀官だったのだ、台明寺先生は。


「ふッ…坊、お前の前に居る男を見よ、この台明寺ギンジョウ、全盛の頃より隻腕よ…それでも尚、戦地へ赴き、祅霊を斃し、妖刀師を殺し、生き永らえ生き抜いた、隻腕が試刀流斬術戦法の指南役として選ばれたのだッ!!小指など些事よ、必要なのは、刀を握る意志のみ」


台明寺先生は俺に興味を持っていた。

襲玄の力を宿す俺が、どれ程の存在になるのか、確かめたいのだと。


「元より、お前の眼には、逆境を押し退けてでも到達したいものがあるのだと見た、例え儂が無理だと言うても、決意は変わらぬのだろう、ならば、逆に問おう、千金楽アカシ、無類の抜刀術を極めた男…千金楽アキヒトの息子よ、お前は、何を目指す?」


決まっている。

俺が目指す先に、その道中に、俺が求めるものが沢山ある。

元から、それ以外に道は無いし、それ以外の道に行く気も無い。

俺が台明寺先生に聞いたのは、そんなのはただの、再確認でしかないのだ。

だから、俺は息を吸う、肉体に宿る闘猛火を感じる。

欠けた小指の手を、強く握り締めて、俺はこの場に居る人に俺の夢を語る。





























抜刀官ばっとうかん、それが俺の征く未来さきです」























転生てんせい抜刀官ばっとうかん・第一章、完。


































あとがき

ここまで読んで下さりありがとうございます。

第一章完ですが毎日投稿してるので間を開ける事は無いです。


第一章完ですがまだ幼少期編は続きます、次回は修行編的な感じです。


ここまでのフォロー、星評価などありがとうございます。

この先の物語を読みたい、応援したいと思って下さる方がいらっしゃるのであれば、フォロー・星評価による応援、またレビューに対して一言でも良いので書いて下さると作者のモチベーションに繋がりますので宜しくお願い致します。


今後とも転生抜刀官を宜しくお願い致します。



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