三人称・例え体が千切れても

石動京ホテル。

其処では複数の妖刀師が集う。

狙うは抜刀官関係者。

ないし、銅島センジと交友関係にある者。

既に情報は漏洩されている。

千金楽ユカは、小さな娘を抱きながら子守歌を口遊んだ。


千金楽アカネは気持ち良さそうに眠っている。

自らの娘はすくすくと成長している様を嬉しそうに見ていた。


(アキヒトさん、何処に連れてってくれるのかしら…)


レストランは予約していると言っていた。

其処まで高い店にでも連れて行くつもりなのだろうか?

別段、高くなくても良い。

ただ、家族水入らずで過ごせれば良いな、と思っている。


ここまで人並みの生活を手にするのに苦労をした。

千金楽ユカの家系は緋之弥呼を欲した。

長女である彼女はその資格が無かった。

だから延々と不遇な人生を歩み続けた。

そんな中で、千金楽アキヒトに出会ったのだ。

彼の人の良さ…と言うよりかは、危なっかしい人物だった。

学園生活では荒れていて、あまり近寄りがたい人間だった。

けれど、千金楽ユカはそんな彼を支えた。


結果として千金楽アキヒトは更生し、千金楽ユカと生涯を誓い合った。

今では田舎町で、中古の家を購入し、裕福とも貧乏とも言えない普通の人生を歩む。

田舎町は退屈で刺激の無い日々だったが、千金楽ユカは千金楽アキヒトが居ればそれで良かった。


(早く、帰って来ないかな…)


千金楽ユカは、娘を腕の中で揺り籠の様に動かしながら待ち侘びる。

だが…千金楽アキヒトは帰っては来ない。

この時点で、千金楽アキヒトは、望月アクザの手によって帰らぬ人となったのだ。

更に加えて…、悲劇が千金楽ユカの元へ向かい出す。

扉を叩く音、その音に驚き、大きく目を開ける千金楽ユカ。

音に反応して、千金楽アカネも目覚めてしまい、微睡みを邪魔されて涙を浮かべる。

泣き出しそうな千金楽アカネ、折角眠っていたのに、と怒りながら彼女は扉の方へ歩き出した。


「なんですか?」


扉の覗き穴から誰かを確認しようとした時。

扉の奥から、火薬の臭いが鼻を突いた。

瞬時に嫌な予感を感じた千金楽ユカは、扉から離れる様に床を蹴る。


勢い良く爆破される。

施錠された扉など関係無く、破片が周囲に飛び散り、その一部が千金楽ユカの体に突き刺さる。


「う、ァ…ッ!」


痛みを訴える千金楽ユカ。

硝煙と共に、見た事も無い男達が入って来る。


「おかぁ、しゃ、なに?」


音に驚き震えている千金楽アカネ。

千金楽ユカは腕を抑えながら立ち上がろうとするが。

男が彼女の体に向けて靴底を押し付けると、千金楽ユカは立ち上がる事が出来なくなった。


「おい、ガキィ、連れていけ」


「女ぁどうする?」


「抵抗されても面倒だ、殺しておけ」


短い会話だった。

爆発音によって耳が聞こえなくなった千金楽ユカ。

だが彼らが刀を持っている事を確認すると、妖刀師である事を理解した。

男が千金楽アカネに向けて手を伸ばす。

逃げようとする千金楽アカネの衣服を掴んで抱き寄せた。


「来い」


見知らぬ男に捕まれて混乱する千金楽アカネ。


「やッ!!おかあしゃッ!!おかあしゃッ!!」


手を伸ばし、母親に助けを求める千金楽アカネ。

部屋の中に反響する程の大きな声を響かせると、妖刀師の一人が千金楽アカネの頭を殴った。


「うっせーなッ!!黙ってろッ!!」


ゴツ、と鈍い音が響いた。


「やめてッ!!アカネに、手を出すなぁ!!」


叫び立ち上がろうとする千金楽ユカ。

殴られて恐怖で泣き出す千金楽アカネに、彼女は胸を強く締め付けられた。


「早くしろ、人が来ちまう」


「へいへい」


千金楽アカネを部屋から連れ出した。

恐怖で喋る事が出来ない千金楽アカネは静かに泣いている。


「美人なのに、勿体ねぇ、時間がありゃ、ゆぅっくりとヤりながら殺したのによォ…」


残念だと言いながら腰に携える刀を引き抜く妖刀師。

千金楽ユカは、歯軋りをしていた。

娘が泣いていた、可愛い娘が、妖刀師たちによって泣かされたのだ。

千金楽ユカの中に流れるのは恐怖では無い、どうしようも無い程の怒り。

娘を守れと、自らの炎子炉を発揮させる。



石動京ホテルの廊下では、爆発音に驚き、宿泊者が顔を覗かせる。

だが、妖刀師の一人が刀を構えて大きな声を荒げた。


「見世物じゃねぇぞッ!顔ォ出した奴から、皮ぁ引っぺがしてやっからなぁ!!」


と。

そう言うと、宿泊客は面倒毎に巻き込まれたくない為に部屋から出なくなった。

爆発音を聞いて、即座にホテルのスタッフが該当するフロアへと足を運ぶと、刀を持った妖刀師が二人、小さな子供を抱えているのを発見する。


「た、大変だ…ッ」


そのままエレベーターに戻り、一階へ降りようとボタンを連打する。

エレベーターの扉が閉まりかけた時、寸での所で刀がエレベーターの締まり口に突き刺さった。

異物を感知したエレベーターは閉まる事なく再び開き出す。


「出迎え御苦労」


そう言うと共に、スタッフに向けて刀を振り下ろす。

刀を振り下ろし、血飛沫がエレベーターの中を包み込んだ。

一仕事終えた所で、一息吐くと共にもう一人の仲間が来ないか廊下を見た。


「もう一人、来ねぇのか?」


確認する様に聞いた所で、妖刀師は部屋の中から人が現れるのを見かける。

それは、仲間である妖刀師…では無かった。

男の手から刀を奪った、千金楽ユカの顔が其処にある。

余程、派手に暴れたのだろう。

彼女の顔面は切り裂かれていて、大量の血が流れていた。

服も破れていて、黒い下着を露わにしながら、妖刀師を見て刀を強く握り締める。


「おい、なんだありゃあッ!!」


叫ぶ妖刀師。

足を引き摺りながら走り出す千金楽ユカ。

その姿は猟奇的映画の女殺人鬼の様であり、恐怖を駆り立てるものだった。


「さっさと降りろッ!!」


そう叫ぶが、エレベーターに乗る男は、もう一人の若い妖刀師の背中を蹴ってエレベーターから出す。


「女一人にビビってんじゃねぇよ、殺して来いやッ!!」


そう叫び、〈閉〉と書かれたボタンを押す。

床に転がった妖刀師を残して、千金楽アカネを抱いた妖刀師はエレベーターを使い悠々と一階へ降りていく。


エレベーターを開けると、更に三人の刀を持った者たちが居た。


「通報されたとして、抜刀官が来るまで何分だ?」


妖刀師がそう聞くと、他の妖刀師が答えてくれる。


「以て三分程でしょう、急いで下さい」


そう言われて、千金楽アカネを他の妖刀師に任せる。

血を浴びた男は懐からハンカチを取り出すと歩きながら血を拭う。

そして、ポケットから煙草を取り出すと、一本を取り出して口に咥えた。

ホテルのフロントには張り紙があり、禁煙と書いてあったが、男はそんな事知る由も無く火を点す。


「入口に車を用意してます、急いで」


早歩きをしながら時計を確認する。

少し時間が遅れていると思った妖刀師。


上層で仲間がまだ残っているが、置いていく事に決める。

ホテルから外へ出る、留められていた車に乗り込むと、無造作に千金楽アカネも車の中へ投げ込まれた。


「さあて、さっさと車を出せ」


車の中で煙草の臭いが充満する。

アクセルを踏んだ運転手。

発進した瞬間、ホテルの裏口から走って来る影を見た。

そのまま、車の前に立つと、刀を握り締めたまま走り出す。


「アカネぇええ!!」


大声で叫ぶ。

千金楽ユカが一心不乱に走りながら車に衝突した。

フロントガラスにヒビが入る。

ワイパーを掴みながら運転手を睨み付ける。


「う、わッあああッ!!」


叫びながらアクセルを全力で踏み込んだ。

加速する車、そのまま車はホテルの門へと衝突する。

運転席からエアバッグが展開され、目の前が見えなくなる。

運転手はハンドルを右にきりながらアクセルを踏み続けていて、ぎりぎりと車と板挟みにされた千金楽ユカが刀の柄でフロントガラスを叩き付けた。


「ぁッ、がっ、はッ…」


じゅりじゅり、と。

下半身を紅葉卸にされる様に削られる千金楽ユカ。

口から大量の血を吐き出しながら、最後まで娘を想い、フロントガラスを叩き続けた。


「ぉッ…ぷじゅっ…あ、ぎゃっ、ね、ぇ…」


見るだけで正気を削られていく。

思わず発狂しそうになる運転手の頭を殴って命令する。


「おい、錯乱してんじゃねぇよッ!早くバックして出るんだよ!!」


そう言われ、運転手は深呼吸をしながらバックする。

車は既にボロボロだが、移動用だけであれば使用は可能。

割れたフロントガラスを刀の鞘で破壊しながら、地面に横たわる千金楽ユカを見た。

上半身と下半身が千切れて、其処から臓器が飛び出ている。

あまりにも惨い死に方であり、若い妖刀師はその遺体を見て思わず吐き出してしまった。


「ぺッ…さっさと殺されてりゃ、こんな死に方はしなかったのに、自業自得だぜ」


そう言って、妖刀師は千金楽アカネを見た。

目を瞑り、すすり泣く千金楽アカネは、母親の死を見ていなかった。

見せようとしたが、既に車は石動京ホテルを飛び出しており、どの様な反応を見せるのか期待したが、今更戻れとは言えなかった。



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