三人称・良い父親で在れたか?



望月もちづきアクザ…?」


千金楽ちぎらアキヒトは聞き返した。

台明寺だいみょうじギンジョウは、頷くと共に展示会の作品を見ている。


「うむ、妖刀師で構成された暴力団でな、近頃、抜刀官が襲われているのだ」


石動京だけでは無く。

様々な地域で、全国的に発生している事態だと、台明寺ギンジョウは言った。

そして、その中で特に凶暴な存在を、千金楽アキヒトに告げる。


「その重要人物の一人が、望月アクザと言う、狡猾で非道、依頼を受けて行動しているのか…有名な抜刀官を殺しているらしい」


それは怖ろしい事だ。

しかし、何処か千金楽アキヒトは反応が薄かった。

田舎町では、弱小な祅霊しか出て来ず、妖刀師も居なかった。

だからか、妖刀師に対する恐怖心と警戒心が希薄になりつつあったのだ。


「へぇ…って、あれ?アカシ?」


そして。

傍に居ると思っていた千金楽アカシが居ない事に気が付く。


「あ、すいません、台明寺先生、アカシ、探して来ます」


そう言ってその場から離れる千金楽アキヒト。

その後ろ姿に、台明寺ギンジョウは手を向けて待つ様に告げた。


「おい、待ちなさい…なんだ、お前たちは」


だが。

千金楽アキヒトが離れた所で、複数の人が台明寺ギンジョウの背後からやって来る。

初老の男性、その顔を見て、軽薄な衣服に身を包むチンピラたちが腰に携える刀をチラつかせた。


「台明寺ギンジョウ、だな?死んで貰うぞ」


その言葉に、台明寺ギンジョウは溜息を吐く。


「…たわけ共が」


それと共に、腰に携える刀を引き抜いた。



そして。

千金楽アキヒトは上の階層へと足を運ぶ。

階段を一気に駆け上った為に息が続かず大きく呼吸をしていた。


四階は英雄たちの為の歴史展示会であり、暗い照明と共に、英雄たちの肖像画が掛けられていた。

ショーケースに照らされる刀と歴史の説明を見ながら歩いていると。


「…?」


遠くに、倒れる子供の姿があった。

廊下は暗かったが、自分の子供の姿を忘れる事は無かった。


「アカシ?」


走り出す。

その隣に立つ男がちらりと視線を向けた。

傷だらけの男、それこそが、望月アクザだ。

だが、千金楽アキヒトは顔を知らない。

妖刀師と言う事も考慮していない。

台明寺ギンジョウの言葉は世間話としか認識していなかった。

田舎町での日常に浸り過ぎた為に、勘が鈍ったのだ。


「アカシッ!!」


走り駆け寄る千金楽アキヒト。

傍に居た男を敵とは認識していない。

ただ通り掛かりの男と思っているのだろう。

何より大事な息子が倒れている。

その事だけに意識を向けられていた。

何よりも、男は刀を隠していた。

体を横に向け、刀が見えない様に隠したのだ。

そうして、近寄って来る千金楽アキヒト。

息子に手を伸ばしたと同時。


「ちッ!!」


声と共に闘猛火を漏らす。

肉体を全体に駆け巡らせた炉心躰火。

身体能力を向上させると共に千金楽アキヒトに刀を振るう。

無防備だった千金楽アキヒト。

視界に一瞬、刃が目に写った。

同時に、頭部を割断する一撃を受ける。


「がッ」


頭部を叩き付けられる。

大量の血液が床に流れる。

濃い紅の水溜まりがカーペットに染み込んだ。


「あーあ、こっちに来るからこうなるんだぜ?えぇと、千金楽アキヒト、だったかあ?」


そう言いながら、床に倒れる千金楽アキヒトに視線を向ける。

どうやら、望月アクザは千金楽アキヒトの事を知っていたらしい。

望月アクザは刀身に濡れた刀を振るい、血を払った。

頭部を斬られた千金楽アキヒト。

炉心躰火によって強化された肉体。

その状態で刀を振るわれた。

先ず、生きている筈が無いだろう。

だが、千金楽アキヒトは腕に力を込めた。

頭部から流れる血が床に濡れる。

呼吸をする。

体内に炎を宿す。

体を起き上がらせる。

男は千金楽アキヒトから視線を外していた。

刀身の刃毀れが無いか見ていたのだ。


(、あ、カシ…)


床に転がる息子が自らの血に濡れた。

千金楽アキヒトは、手を伸ばして息子の衣服を掴むと引っ張る。

力を振り絞り立ち上がると、よろめきながらガラスショーケースに手を掛ける。


「ひゅー…ひゅぅー…」


息をする千金楽アキヒト。

透明なガラスに血の痕が付着していた。

そこでようやく、男は千金楽アキヒトを見た。

顔面が斬り傷だらけの男は、まだ生きている事に驚いた。


「おいおい、死んどけよ」


刀を、千金楽アキヒトの方へと向ける。

傍から見れば、頭部の一部を欠損した重傷者。

何もしなくても、このまま死に絶える事は確定している。


(あか、し…まも、守らない、と…)


千金楽アキヒトは。

拳に力を込めると共に。

ガラスショーケースに向けて拳を叩き付けた。

ガラスが割れる、雨の様に降り注ぐガラスの破片。

千金楽アキヒトの手には、英雄達が使用した炎命炉刃金…の、模造刀だった。

だが、金を懸けた展示会、出来る限り本物に近付ける為に、刀は〈緋色鋼金〉を混ぜて作られている。

故に、闘猛火を流し込めば、刀として使役する事が出来るのだ。


意識を失い掛ける千金楽アキヒト。

鞘を握り締めながら、柄を握り締める。

居合の構えである。


(居合か、千金楽アキヒト、〈試刀流〉の遣い手か、雑魚だな)


望月アクザは予め用意していた情報を思い浮かべる。

ゆっくりと歩きながら、千金楽アキヒトに挑発的な表情を浮かべる。

明らかに舐めている。

その事に千金楽アキヒトは腹を立てる事も無い。


(あか、し…俺が、まも、らない、と…)


両者、共に斬撃領域に突入。

踏み出し、振るえば刀が当たる位置。

館内のBGMが流れ続ける。

踏み込む事無く、相手の動きを待ち続ける。

ガラスショーケースの破片が落ちる。

ガラスが割れる音が部屋の中に響いた。

同時。


「ァあああッ!!」


先に仕掛けたのは千金楽アキヒト。

声を荒げて二酸化炭素を放出。

望月アクザは予期していた。


(試刀流斬術戦法で居合と言えば〈-鞘辷-さやすべり〉一択!!振り上げる途中で〈-刈延-かりのばし〉で刀身を延長させる重ね掛けは、雑魚には出来んッ!避けた後に近付いて斬ればそれで終わりッ!?)


瞬間。

望月アクザの片目の視界が封じられる。

激痛を覚える望月アクザは何が起きたのか理解出来なかった。

千金楽アキヒトはガラスショーケースを破壊した時、同時にガラスの破片も隠し持った。

居合をすると見せかけて、掌に忍ばせたガラスの破片を投げたのだ。


偶然にも、その投擲は望月アクザの眼球を抉った。

窮鼠猫を噛むと言う状態、一瞬の隙を見逃す事無く、千金楽アキヒトは深く呼吸を行い、炎子炉に酸素を送る。


(おれ、が、俺、ッさや、さ、すべりッ、こ、ろすッ!あかし、守るッ)


試刀流斬術戦法〈-鞘辷-さやすべり〉。

納刀時、大量の闘猛火を刀身へ貯め込む。

抜刀時に刀身に貯め込んだ闘猛火を爆発的な勢いで放出する事で、銃弾を発砲する時よりも早く抜刀する事が可能となる。

学生時代、千金楽アキヒトが練習し続けた、一撃必殺の抜刀術。

十分に殺せる距離。

学生の時の千金楽アキヒトならば迷わず振るえただろう。

だが。


「と、う…さん…?」


息子の声で千金楽アキヒトは目覚める。


「あか、し」


声に反応する。

相手の事など忘れて、千金楽アキヒトの視線は息子に向けられた。

だが、千金楽アカシは、ただうわ言を呟くだけだった。

その一瞬の隙を突かれ、千金楽アキヒトの背中から胸に向けて衝撃が走る。

一振りの刀が、千金楽アキヒトの体を貫いていた。


「…あー、クソがよォ、俺の眼、潰しやがって、おい、雑魚の癖によォ…ッ!!」


その状態で、千金楽アキヒトをガラスショーケースに向けて叩き付けた。

ガラスの破片が周囲に散らばる。鋭利な先端が千金楽アキヒトの体を切り裂いた。

血だらけとなる千金楽アキヒト。

ショーケース内部の電灯がガラスの破片に乱反射し、眩く目に映った。


「ぁ…」


落ち葉の様に落下するガラス。

その反射するガラスはテレビの画面の様に、千金楽アキヒトの人生を映し込んだ。





















『親父はのんだくれでさ、おふくろや俺に暴力を振るってたんだ』

『そんな血が流れてる俺も、きっと…家族に手を出すかも知れない、そう思うと…怖いんだ』


『…そうならない様に、私が貴方の手を握ってあげる、大丈夫、貴方は、優しい人だから』















『泣き声が聞こえてくると思ったら…あぁ、まだ、こんなに小さいのに…』

『…大丈夫だ、なにがあっても、俺が、俺達が守ってやる、だからもう泣くな…』
















『ははっ!!ユカ、アカシが立ったぞ!!ほうら!来い、こっちだアカシッ!!』
















『アカシ、でっかくなれよ、お前は、俺の子供なんだからな!!』














幸せな記憶を最後に。

ガラスショーケースの中へと入り込む悪夢。

望月アクザが、眼球に突き刺さるガラスを引き抜くと。


「ほら、返すぜ…雑魚の癖に、しゃしゃりやがってよォ!!」


ガラスの破片を握り締める拳で、千金楽アキヒトの頭部を何度も殴る。

両目を潰し、鼻を削ぎ落し、唇を切り裂いて、首を何度も突き刺した。

望月アクザは片手から血を流しながら、鬱憤を晴らした末に、息を上げながら立ち上がる。


「けッ、あぁ畜生、イテェ…」


そう呟きながら。

望月アクザは、千金楽アキヒトの息子の髪を掴んで、引き摺る様に歩き出した。




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