いざ、炎命炉刃金展示会へ

石動京ホテルで事前に連絡をしていたお陰でスムーズに部屋に入る事が出来た。

荷物を置いて、一息吐くと、早速、炎命炉刃金の歴史展へ向かう事にする。

のだが。


「アカネが完全に眠っちゃったみたい…目が覚めると、大きく声を出して泣いちゃうし、残念だけど、私はホテルでアカネと一緒に居るわ」


と。

そう母さんは言った。


「そうかぁ…残念だが、夜はレストランを予約したから、そっちの方で楽しもう」


父さんは予めレストランも予約していたらしい。

実に用意周到である、母さんもそれは楽しみだと笑みを浮かべていた。

俺と父さんは一緒になって部屋から出ようとする際。


「アカシ」


母さんに呼び止められた。

俺は振り向くと、母さんの顔を見詰める。

柔和な笑みを浮かべる母さんは、俺の事をじっと見つめて言った。


「楽しんでね」


母さんの台詞に、俺は頷く。


「うん、わかった」


その言葉を最後に、俺と父さんは部屋から出て行った。


さて。

俺と父さんは一緒になって、ようやくお目当ての歴史展へと向かった。


炎命炉刃金の歴史展。

石動京いするぎきょうで開催されている展示会だ。


「うわぁ…」


展示会は、静謐に満たされていた。

ビルの三階と四階を貸し切っていて、そこで多くの歴史や炎命炉刃金の模造品が置かれている。


俺と父さんは歩きながら、パンフレットを貰って、軽い炎命炉刃金の歴史を確認し、歩きながら、炎命炉刃金の作成から発展までの歴史を見ていた。


平安時代から続いている炎命炉刃金の鍛造と、平安時代ではその刀を使う人は斬人きりゅうどと呼ばれている事を知る。

この世界の歴史をあまり知らない俺にとっては、様々な文化や情報を知れて兎に角楽しかった。

炎命炉刃金を鍛造する歴史では、始まりに天上から神様が墜ちて来た事からはじまったらしい。

小さな島と同じ程の大きな神様が落ちて来た事で、当時の石動京は大きなクレーターが出来たらしい。

延々と燃え続ける神様を何とか鎮静させる為に、人々は土を掛けて火の消化を試みた。

けれど、神様は燃え続け、土は焼けて、大きな洞を作り上げる。

その際に、灼けた土は鉱物へと変わり、神の火で造られた鉱物、緋色鋼金ヒヒイロカネとなったのだ。

そして現在も、燃え続ける神様はゆっくりと地下へ向けて溶けていき、緋色鋼金が採取出来ている。

一説には、この神様と言うものは、地球から落ちて来た隕石説があって、隕石による放射線で緋色鋼金が出来ているらしく、人間の肉体にも影響を及ぼすもので、現に平安時代以降に確認される人体には、炎子炉と呼ばれる臓器が発現するようになった、と書かれていた。


成程、炎子炉を宿す人間には個体差が存在する。

それが放射能による影響で偶発的に発生したもの、と考えれば納得出来る話ではあった。


しかし、周囲の人にとってはそれはオカルト染みた話であるらしく、父さんも俺が隕石説を見ていた際に「あまり鵜呑みにするなよ?」と言われる程だった。


なので、一説を真実であるのだと信じ込む事無く、あくまでも可能性の一つ、と言う事を心に留めて俺は炎祈炉刃金の歴史を見ていく。


そうして一通り三階の展示会を確認した時の事だった。


「いいなぁ、炎命炉刃金は、と、…お久しぶりです、台明寺だいみょうじ先生ッ」


と。

父さんは炎命炉刃金の歴史展で、そう声を上擦らせながら頭を下げる。

何やら、恰幅の良い、初老の男性と言った感じで、その眼光は小動物すらも威圧させる威光を放っていた。

傍から見ても威厳のある姿で、俺も思わず委縮してしまう。


「…千金楽か、久しぶりだな」


そう言いながら体を父さんの方に向けた。

頭を下げる父さんは、その男性に苦手意識を持っているのか、苦々しく笑っていた。


「はい、えぇと、最後にお会いしたのが試刀院だったので…十年以上になりますかね」


試刀院とは、火群槌かぐつち試刀館しとうかん学院がくいんの通称だ。


「うむ、その時期は生徒が少なかったからな、お前の事も良く覚えている」


嬉しいなぁ、と言いながら父さんは後頭部を掻いていた。

この男性の人はどうやら、試刀館学院の関係者なのだろう。

今時、着物姿に身を包む姿は、貴族以外はあまり見かけない。

かなり身分の高い人なのだろうな、と俺は思った。


「あぁ、紹介します、千金楽アカシ、俺の息子です、ほらアカシ、この御方は台明寺先生だ、試刀館学院で試刀流斬術戦法をご教授されている師範だ」


そう紹介されて、俺は台明寺先生と言う人に向けて頭を下げた。


「千金楽アカシです、こんにちは」


そう言うと、いきなり俺の下げた頭を鷲掴みにする台明寺先生。

小さな子供の頭ではあるが、台明寺先生の掌は大きくて、そのまま握り潰されるんじゃないんだろうか、と思う程に恐怖を覚えた。


「才能があるな、お前の息子は」


頭を撫でられている。

褒められている、のだろうけど、俺はあまり生きた心地がしなかった。


「夏と冬に子供を集めて合宿がある、稽古をしに来ると良い」


俺は頭を下げたまま、台明寺先生の言葉に「はい」としか言えなかった。


「ところで、道明寺先生も観光に来られたのですか?」


「私が来たのは仕事だ…眉唾な噂話を聞いてな…」


「へぇ、そうなんですか…」


そう台明寺先生に聞く父さん。

このまま、大人だけの会話が長くなりそうだったので、俺はその場から離れる事にする。

最近では、気配を消す練習も学んでいる最中だ。

と言っても、人間の体外から漏れる生命の流気を抑えるだけで十分だけど。

このまま、大人たちの会話を聞いてもつまらないだけだからな。

俺は一人でその場から離れて、炎命炉刃金の歴史展を愉しむ事にする。


さて、俺は一人、炎命炉刃金の歴史展を見ていくのだが。


俺が訪れたコーナーは、炎命炉刃金を使用した英雄たち、と言うコーナーだった。

そこでは、〈斬神斬人ざんじんきりゅうど〉と呼ばれる、炎命炉刃金を使い、数々の国家の窮地を救った英雄を紹介するコーナーだった。

其処には肖像画と、何をした人であるのかが書かれており、一番端から古い順に紹介されていて、肖像画の前には、炎命炉刃金が飾られてあった。


端から端へと歩いて行き、その中でも比較的新しい、近代の英雄に俺は目を惹かれた。


「…奈流芳なるか、カズイ」


それが英雄の名前である。

抜刀官の総本山・武御雷の襲撃事件の防衛。

十五年前に大量に発生した祅霊の群れの討伐。

その他、数々の事件を解決した存在であり、その絵も当時では最先端だったモノクロ写真を使って撮影がされていた。


椅子に座り、炎命炉刃金を杖の様にしながら顔をカメラに視線を向けている奈流芳カズイと言う英雄を前に、俺は少し違和感を覚える。


「…なんで写真の刀と実物の刀が違うんだ?」


他の写真では多くの刀と肖像画に写る刀は一緒であるのに、この写真だけは、全然違う刀を持っていた。

何故なのだろうか、と言う俺の疑問に対して、ふと、その隣で見ていて黒スーツの人が声を掛けて来た。


「それはな…奈流芳カズイは、十五年前の祅霊ようれい退治の際に、今まで使用していた炎命炉刃金を喪失したんだよ」


黒スーツの人に俺は視線を向けた。

そして俺は思わず怖気づいてしまう。

その人の顔には複数の切り傷があった。

明らかに、表社会で活動しているとは思えない人相で(流石に失礼だけど)何よりも、人とは違う異様なニオイを感じ取った。


「知ってるか?奈流芳カズイが鍛え上げた刀は、今まで使用して来た刀じゃなく、知人から譲り受けた刀なんだぜ?今、写真に写ってるのが、奈流芳カズイが鍛えた刀で、それが本来の始まりの刀だが、性能がショボい、だから英雄に祀り上げる際に、今まで使い続けた方の刀を前面に押し出してんだ」


にしても。

饒舌に喋る人だな、と俺は思った。

炎命炉刃金が好きなのだろうか、それとも、英雄の事が好きなのだろうか。


「で、無くなった炎命炉刃金は、誰かがこっそり持ってるとかな、そういう話が出てる、裏市で見たと言う話があれば、蒐集家の貴族が財産として持ってるとか、どちらにしても、そういう噂からか、裏市では多くの贋作が出回ってんだよ、マニアにとっちゃ、欲しくて堪らない一品だからな、ある意味、経済を回してんだ、凄ェよな」


裏市…って、なんだ?

ブラックマーケット的な、表では出す事が出来ない品々を売買している、と言うものなのだろうか。


しかし。

この人は、何故俺に話掛けて来るのだろうと思っていた。


「ところで、お前、銅島って名前、知ってるか?」


振り向くと共に。

俺は、その人の身体で見えなかったものを確認した。

それは、一振りの刀だった。

鋭い刃を持つ、その刀を、俺に向けた。


「いや…言わなくても良い、知ってるからな、まさか、銅島が来ないとは思わなかったが…まあ、良い、ちょいと来て貰おうか」


そう言って。

男は、俺の首を素早く掴むと、呼吸器官を押し潰す。

息が出来なくなる俺は、数十秒程悶えて、そのまま気絶してしまった。


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