炎命炉刃金とは、斬神とは
「悪いなぁ、フウタロウ」
朝一番、家族を乗せた軽トラックで、運転席の男性は欠伸をしながら言った。
「大丈夫っすよこれくらい、おみやげちゃんと用意しといて下さいよ、へへ」
笠間フウタロウと言う名前の、父さんと同じ抜刀官だ。
父さんより下で、上司と部下の関係であるらしく、笠間さんは眠たそうに眼を擦りながら屈託の無い笑みを浮かべていた。
「しかし、羨ましいっすなぁ、家族旅行、石動京へ行くんすよねぇ」
助手席に座る父さんの話を聞きながら、俺とアカネ、そして母さんはトラックの荷台に揺られながら二人の話を聞いていた。
「んぅ…」
アカネはまだ眠り足りないのか、目を瞑りながら母さんの胸の中で眠っていた。
まだ子供には早過ぎる時間帯なので、仕方が無いだろうな。
そんな事を思いながら、俺も少し眠気を感じながら自らの人差し指を見詰める。
アカネに指を吸われ過ぎて、他の指よりもふやけていた。
「今日はありがとうな、フウタロウ」
駅前に到着すると、トラックから降りる母さんたち。
感謝の言葉を夫々伝えると、笠間さんは帽子を被り直してはにかんだ。
「おみやげの為なら幾らでも、それと次の月、有給の事もお願いしますね、へへ」
そう言った。
どうやら、次の月には笠間さんも有給を取って旅行へ出かけるらしい。
「それじゃあ、楽しんで、坊ちゃん」
笠間さんは俺の顔を見ながらそう言った。
そうして、駅まで送ってくれた笠間さんの軽トラックを見送りながら、荷物を持って駅の中へと入る。
始発の汽車は止まっていて、両親は切符を買って汽車の中へと乗車する。
「アカシ、眠いでしょう?今の内に、寝ておいたら?」
と、母さんが言ってくれるので、俺は席に座り、母さんに体重を掛けた。
「久し振りだな、旅行だなんて」
父さんは水筒に淹れたお茶を飲みながら言う。
母さんは、俺の体が椅子から落ちない様に腕を回して、抱き締めてくれる。
そして、親子が話を始めた時、俺は眠気を覚ます為に眠りに落ちるのだった。
次に目を覚ました時、既に汽車は移動を開始していた。
父さんはアカネを抱き上げていて、窓の外の景色を眺めさせていた。
母さんは、ずっと俺の体を抱いていて、なんだか気恥ずかしくなって、目覚めると共に離れる。
「おはよう、アカシ、眠れた?」
母さんはにこやかな笑みを浮かべながら言う。
俺は頷きながら、改めて座り直した。
「お、アカシも目が覚めたか、と言っても、まだ石動京には全然つかないんだけどな」
さて、どうするかと父さんは呟いた。
その時、俺は聞きたかった事を、父さんに聞く事にした。
「あのさ父さん、〈
と言う質問だ。
実際の所、巷では金物屋があり、其処では無造作に刀が売られている。
この世界では、帯刀する事が認められていて、外を歩けば、腰に刀を差す人で溢れている。
けれど、その多くの刀の名称は、護身剣であり、〈炎命炉刃金〉と言う名称では無いのだ。
抜刀官が使用する刀だと言う事だけは分かっているが、一体、何が違うのかが俺には何も分からない。
すると、父さんは良い所に目を付けたと言わんばかりに目を輝かせる。
息子が自分の職業に興味を持つ事が何よりも嬉しい事なのだろう。
「じゃあ、展示会に行く前に勉強だなっ!」
父さんはそう言って、俺の勉強の手伝いをしてくれる。
「
座席が揺れられながら、俺は父さんの言葉に頷いた。
〈
それ以外にも、複数の特殊な金属を合わせて造られているらしいけど、何故、そこまで炎命炉刃金が神聖視されているのか、俺にはあまり分からなかった。
「炎命炉刃金には、神の一部とも称される金属が使われている、それが〈
父さんの話に、俺は気になる事があった。
人体から採取出来る、金属化した炎子炉とは一体、どういう意味だろうか?
「ねえ、父さん、炎子炉って金属化するの?」
俺が聞くと、父さんは、あぁ、と首を傾げて教えてくれる。
「一般的な人は、殆どは炎子炉は使われないんだ、そうなると、肉体は炎子炉を不要と判断して、歳を重ねる毎に硬直化していき、最終的に金属になる、それ以外にも、長年、炎子炉を使い続けると臓器疲労が蓄積していき、硬化していく、老衰すれば、死体から炎子炉を取り出してそれを武器として使用するんだ」
成程…じゃあ、炎子炉は歳を重ねれば重ねる程に衰えていくのか。
つまり、抜刀官は歳を負うと弱っていくのだと、俺は思った。
「まあ、何事も例外はあるけどな、百歳を超えても現役で最強な人も居る、
父さんは先程から、当たり前の様に緋之弥呼の事に関して言って来るけれど、その名称も俺は分からない。
俺が、その緋之弥呼について聞こうとした時、意外にも、隣に座っていた母さんが答えてくれる。
「緋之弥呼は、天照様のお力を宿す人のことよ、基本的に女性しか発現しない特殊な力…産霊火を扱う事が出来るの、…元々、お母さんの家の方じゃ、その緋之弥呼の血筋なのよ」
少し寂しそうに言う。
その証拠に、と母さんは髪の毛の一部を俺に見せる。
…あぁ、そういう事か、髪の色を染める事無く、毛が赤くなっているのは何故だろうとずっと思っていた。
「緋之弥呼の特徴は、赤色に近しい色が髪に現れると言う事、けど、あくまでもそれは緋之弥呼の血筋を表すだけ、産霊火を扱える子は、髪の毛の殆どが赤くなるけど、私や、アカネは多分、成れないわ」
残念そうに言うが、その表情は何処か、安堵を浮かべていた。
隣に居た父さんは、母さんの方に腰を浮かせて、肩を叩く。
「良いんだよ、それで、緋之弥呼になっていたら、俺は、キミと出会えなかったからな」
…うわぁ、両親の惚気が始まりそうだった。
血は繋がっていないけれど、やはりその光景を見るのは少し恥ずかしい感情が浮かんでくる。
二人だけのトキメキ空間に入られる前に、俺はそろそろ本題に入る事にする。
「それで、父さん、炎命炉刃金に神が宿るとどうなるの?」
俺の質問に父さんは我に返り、質問に答えてくれる。
「抜刀官はその神を顕現させる為に、闘猛火を与え続け、多くの祅霊を斃すんだ、神とは小さな火種、大きな炎を作る為に、祅霊と言う薪を焚べ続け、闘猛火と言う燃料を注ぎ続ける、そうする事で火種は成長していき、刀身に神が宿るんだ」
「…神が成長すると、どうなるの?」
俺の質問に、父さんは自らが使用する刀の事を思い浮かべながら言った。
「
…例えば、安直な願いだけれど『足が速くなりたい』と願えば、生まれた神様は足が速くなる力を宿す様になる、と言った感じなのだろうか?
『力が強くなりたい』と願えば、筋力を上昇させる能力を持つ神が生まれる、と言う事なのだろうか。
俺が聞くと、父さんは概ねその通りだと頷いてくれた、俺の解釈は合っていたらしい。
「つまりは、神と言う名の疑似生命体の顕現、願い事に応じた能力を宿し、戦いの支え、戦闘の主軸となる、言うなれば…意志を宿す刀と成す、故に、
何時の間にか俺は父さんの話に夢中になっていた。
その瞬間だけは、おとぎ話を信じる子供の様に眼を輝かせていただろう。
抜刀官になれば、〈炎命炉刃金〉を扱う事が出来る。
早く大人になりたいと、そう思う様になっていた。
「因みに、練習用で使う刀だけど、あれは〈青魂精金〉無しで造られているから、闘猛火の熱伝導は出来るけど斬神は宿らないんだ」
ついでに豆知識も教えてくれる、汽車での移動は退屈だと思ったけれど、案外、そうでも無かった。
汽車での移動がようやく終わる。
終点へと辿り着いた時、先ず最初に感じたのは空気だった。
「うわぁ…変なニオイだ」
田舎町の澄んだニオイとは違い、工場が多い石動京では、数多くのガスのニオイで包まれていた。
歩くだけで衣服にニオイが付きそうな程のニオイだが、それを忘れてしまう程に壮観としてしまう人の多さ。
まるでテーマパークに来たみたいで、人の多さに俺は少しだけ興奮しつつあった。
「取り敢えず、タクシーを呼ぼう」
駅前には沢山のタクシーが止まっていた。
荷物を持って足早にタクシー乗り場へと移動する。
すると、扉を開けて運転手が出ると、荷物を持ってトランクへと詰め込んだ。
「アカネは私と一緒に座りましょうね」
そう言って、眠たそうにしているアカネを抱き上げる母さん。
後部座席に座り、俺はその隣に乗る。
助手席には、父さんが座って、運転手が座席に座りシートベルトを装着した。
「石動京ホテルまで、お願いします」
そう言うと、運転手は頷いて車を発進した。
車道は混雑としていて、渋滞を起こしている。
本来ならば十五分で到着するのだが、三十分以上も掛かってしまうだろうと俺は予測した。
「前に来た時はこんなに混雑してなかったんだがなぁ…」
父さんはそう呟くと、話の話題を提供する様に運転手が話しかける。
「遠くから来られたんですか?随分と忙しない時期に来られましたねぇ」
と。
そう運転手が言う。
一体、この時期に何かあるのだろうか、俺はそう思って運転手の話に耳を傾ける。
「何かあったんですか?」
父さんが俺の聞きたい気持ちを代弁してそう言った。運転手は前を向きながら、牛歩に進む車のアクセルを微々に踏みながら教えてくれる。
「妖刀師ですよ、妖刀師、最近はそういった犯罪者が多くてですね、昼間だってのに、抗争とかしてるんですよ、全く、嫌なもんですなぁ」
と。
そう言った。
妖刀師。
父さん曰く、刀を使役する犯罪者との事だ。
俺はそれ以上の事を知らないが、武器を生産したり、それを売ったりする武器商人としての側面もあるらしい。
何か、取引などで諍いが生じてしまい、抗争に至ったのだろうか。
俺はそう思いながら車の外を眺めていた。
「まあ、ここらは治安が良いので、何せ、石動京ホテル近くは司法機関の〈大國主〉が近い、流石の妖刀師も、抜刀官の総本山近くで抗争などしませんよ」
それは確かにそうだ。
警察官の目の前で態々喧嘩をするなど、捕まえてくれと言っている様なもの。
そんな馬鹿な真似は、流石にしないだろうと、俺は思った。
「少し心配ねぇ…子供も居るし…」
母さんはそう言いながら、アカネの頬を撫でた。
アカネは母さんの腕の中で自らの指をおしゃぶりにしながら眠りかけている。
父さんは家族がどんよりしているのを察すると笑みを浮かべて言った。
「心配するなッ!何があっても俺が守るッ!俺も、抜刀官の端くれだからな!!」
心強く、大黒柱としての威厳を見せつけるのだが。
「あなた今日非番じゃない、炎命炉刃金は屯所でしょう?」
母さんはリアリストだった。
父さんはそうだったと、小さく頷いていた。
しかし、そのコントの様な遣り取りは少しだけ笑顔を浮かべてしまう。
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