お嫁さん候補が増えていく


後日。

父さんが〈炎命炉刃金の歴史展〉の無料チケットを俺に渡して来てくれた。


「父さん、これって…」


俺は初めて見た様な顔をして、父さんの言葉を待った。


「銅島さんから貰ってな、娘さんの事もあるから行けないと言われて、俺に譲って下さったんだ、丁度、有給も溜まっている事だし、次の月辺りに、家族旅行も兼ねていくか?」


と、父さんはそう言った。

基本的に、父さんが決めた事は決定事項だ。

しかし、一応は母さんは否定的な言葉で聞いて来る。


「でも、石動京でしょう?家族で行くには、交通費も、宿泊費も掛かるんじゃなくて?」


しかし、母さんの言葉に対して予め用意しているのか、父さんは茶色い封筒を取り出した。


「交通費と宿泊費も銅島さんから貰ったんだ、俺はそこまでしなくても良いと言ったんだが…『貰い物であるし、息子のアカシくんがハクアを世話をして貰っているから、この日くらいは、アカシくんに素敵な思い出を作って欲しい』と言われて、家族分も出して頂いたんだ、流石に、上司だしな、断るワケにも行かない、…アカシ、お前がハクアちゃんと友達になって、色々と世話をする事は偉いが、今度、銅島さんに会った時は自分から感謝の言葉を告げるんだぞ?」


父さんは、それが世間での常識だと教えてくれる。

それは人として当然の事だから、俺は言われずとも、と思いながらも頷いた。


「ハクアと、銅島先生に、おみやげを買わないと」


そう言うと、父さんが笑って言う。


「そうだな、けど、お父さんも銅島さんにお土産を渡すつもりだから、アカシはハクアちゃんの分だけ用意した方が良いかもな」


既に、旅行先で買うおみやげをどうするか考えている時。


「もう…石動京に行く事は確定なのね…アカネ、こっちに来なさい」


母さんは、家族会議をする為に、居間にアカネを呼び出した。

俺の妹であるアカネは、小さくて可愛らしい幼顔をしている。

俺とは血が繋がっておらず、その髪の色も、父さんと母さんと同じ黒髪だった。

しかし、髪は染めていないのにも関わらず、所々、黒髪の中に赤毛が混じっている。

母さんも、髪を黒く染めているのだが、時折、髪を染める前には髪の毛の中に赤色の毛が生えている。

この世界で言う、白髪みたいなものなのだろうか、と思いながら、俺は左右に足を動かして歩くアカネに近付き体を抱き上げる。


「ん、にぃに」


俺が抱き上げると、アカネは嬉しそうに頬を俺の頬に当てて擦り付けて来る。

妹と言うよりかは、どこか犬みたいな懐き方で、そういう所が可愛らしく、俺はつい甘やかしてしまう。


「こら、アカシ、アカネに歩かせなさい、何時までも抱っこさせると、自分で歩く事を覚えないんだから」


と母さんは厳しく言う。

それはその通りなのだが、それでもアカネから求めて手を伸ばされると、つい手助けをしてしまう。


「まあ、良いじゃないか」


父さんはそう言いながら、家族が仲が良い事に対して嬉しそうにしていた。

俺と、父さんと母さん、そしてアカネとは血が繋がっていない。

だから、兄妹が楽しそうにしているのが、本当の家族になったかの様で嬉しいのだろう。


「さあて、アカネ、遠くにお出かけするぞぉ、楽しみだなぁ」


父さんはそう言いながらアカネを俺の手から奪って抱き上げた。

アカネは父さんに持ち上げられて嫌そうに、足を父さんの顔に向けて踏み付けた。


「やッ、にぃに、にぃにッ」


齢五歳にして既に反抗期なのだが、父さんは妹が活発である事に嬉しそうにしていた。


「はははッ!ほれほれ、高いたかーい!!」


そう言いながら大きく上にアカネを持ち上げる父さん。

アカネは嫌そうにしているが、抵抗しても無駄だと悟ったらしく、ふくれっ面をしながら高い高いを我慢していた。




明日の朝は早い。

朝一番で汽車に乗り、そのまま数時間揺られながら石動京へと向かうのだ。

生きて来て初めての都会であり、俺は期待に胸を膨らませながら明日の事を考えていた。

しかし、こうも楽しい事ばかり考えていると、中々眠れない。

前世の記憶でも、こういった楽しい記憶はあまりなく、新鮮な気持ちだった。

明日に希望を持って生きると言うのは、これ程までに素晴らしい事なのかと感嘆してしまう程だ。

そんな事を考えながら俺は目を瞑るのだが、もぞもぞと、布団の中に何かが入って来る。

俺は目を開けて布団の中を覗き込むと、黒い物体が猫の様に動いているのを確認した。


「…アカネかぁ」


それは、妹のアカネである。

小さくて、黒い髪に所々紅葉の様な赤い髪が混ざるアカネは、深紅の瞳をうすらと開けながら此方を見ていた。

妹であるアカネは、よく俺の布団の中に潜り込んで一緒に眠る時がある。


「ん」


布団から顔を出すアカネ。

布団の中では口を閉ざして息を止める。

彼女にとって布団の中は水中であり、布団に入る事は潜る事と一緒なのだ。

頬を膨らませて、吐き出す息と共に大きく口を開ける。


「ぷはっ…にぃに」


甘えた声色で俺を呼ぶ。

すると、俺はアカネの頭を軽く撫でた。

同じ洗髪剤を使用しているのに、俺の髪の毛は少しごわごわしていて、アカネの髪の毛は光が当たれば光沢を帯びる程に綺麗でさらさらとしていた。

撫でられる事が好きなアカネは、猫の様な声色で「うわぅ」と言いながら大人しく頭を撫でられていた。


「にぃに、あー」


と。

そう言いながら、アカネが大きく口を開ける。

夜、眠れないので、それをして欲しいと言う合図だった。

しかし、好い加減、アカネも兄離れをしなければならないだろう。

何時までも、それをしないと眠れないと言うのは、大人になってからじゃ大変だ。


「アカネ、一緒に寝るのは良いけど、もうおしゃぶりは止めよう、な?」


俺が諭す様に言うと、アカネは目を細めて泣きそうな顔になる。

これは困った、アカネの泣き声は兎に角大きい、家の中を貫通して、外まで聞こえてくる程に大きいのだ。

折角、明日は石動京へ行くと言うのに、このままでは、両親共々寝不足になってしまう。

仕方無く、俺はアカネに向けて人差し指を向ける。


「ほら、おしゃぶり、今日だけだからな」


と、俺はそう言った。

アカネは嬉しそうにすると、俺の手を掴んで、人差し指の先端に柔らかな唇を近づけた。


「ちゅっ…ちゅちゅっ…んあむっ…ちゅっ」


アカネは小さい頃からおしゃぶりが無いと眠れない子供だった。

まだアカネが小さい頃、母さんの乳房から口を離す事が出来ず、一晩中乳を吸い続け、母さんを困らせたものだ。

四歳になるまで、ずっとおしゃぶりを付けていたが、流石に付けっ放しには出来ない。

なので五歳になる前におしゃぶりを卒業する様にしていたのだが、今度は、俺の指をおしゃぶり代わりにして来たのだ。

それが無いと眠れないと言う程に、ずっと俺の人差し指を舐めたり吸い続けたりするので、朝起きると俺の手は涎だらけになる事が多かった。

まあ、これでアカネが熟睡出来るのなら、それに越した事は無い。

俺は、アカネに自らの指を貸しながら眠りに就こうとしたのだが。


「にぃに」


意識を落とし掛けていた俺に、アカネは話し掛けて来る。

俺は眠気に敗けそうになりながら、アカネの声に反応した。


「んー…?」


そう呟くと、アカネは耳元で話し掛ける。


「あかね、にぃにとずっと、いっしょがいいなぁ」


余程、俺の人差し指が気に入ったらしい。

そうか、と頷きながら、俺は眠ろうとする。


「おっきくなったら、にぃにと、けっこんする」


そうか、俺と結婚をしたいのか。

しかし残念だが、俺とアカネは兄と妹の関係だ。

…血は繋がって無いが、その事実を今伝える事は出来ない。


「…結婚しなくても、もう、家族なんだから、…ずっと一緒だ」


そう言った。

好い加減、眠気が意識を刈り立ててくる。

人差し指の、指を吸われる感触を覚えながら。

そして…完全に眠りに落ちる前に、…唇に柔らかな感触があった。


「にぃに、いっしょ、ずっと、あかねとね?」


まさか…アカネは俺にキスをしたのだろうか。

そんな事を考えるが、如何せん、眠気のせいで上手く思考回路が巡らない。

もしかすれば、夢であるのかも知れない。

いや、しかし…と堂々巡りする考えの最中、俺は眠りにつくのだった。



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