第92話 ナナシのダンジョン攻略1

 次の日もキサメ達のダンジョン攻略は続いた。


 しかしここでアルマは少し不思議な感覚に陥っていた。あのナナシと言う人は一体何なんだろうと。


 本人はサポーターだと言っていた。それはキサメさんも認めてる。しかしどう見てもサポーターらしくない。


 ただ不思議な事に初めてのダンジョンのはずなのに、ここの事をよく知っていた。何処に何があってどんな魔物がいるのかと言う事も。


 そう言う意味ではここのベテランのサポーター以上だ。しかしそれでも何かが違う様な気がした。


 サポーターは案内はしても直接魔物討伐には口を出さない。しかし彼女は違った。


 出て来た魔物に対して何処を狙えだとか急所はそこだとか、次は向こうの角から魔物が出て来るから先にこっちを倒せとか。まるで司令官の様にキサメに指示を出していた。


 普通はあり得ない事だった。相手はAランクの冒険者だ。それも有名な。それに対して一介のサポーターが言える事など何もないはずだ。


 なのにここではそれが当たり前に様にまかり通っている。一体あのナナシと言う人は何なんだ。


 まさかキサメさんの家族、お姉さんだったりして。そんな風にアルマは思ったがそれも違う様だ。


 ただ一つ、サポーターらしい事は魔物討伐そのものに関しては手を出さない。それは当たり前だろう。サポーターに出来る事などないのだから。


 今日は20階層から初めて今ではもう35階層にまで来ている。物凄いペースだ。今までこんなに早く進む冒険者をアルマは見た事がなかった。


 しかも魔物を倒しながらとなるとそれはもう驚愕としか言いようがなかった。


 そしてこの日初めてナナシが何かを手にしているのを見た。


 「あれは何」弓の様にも見えるがあんな小さな弓は見た事がなかった。しかも真ん中に棒が通っていて矢はその上に乗ていた。


 指で引き金の様な物を引くと矢が物凄いスピードで飛んで行った。普通の弓よりも威力があった。


 それでナナシは普通は当てる事すら難しいと言われている空中を飛び交うダンジョンウサギを次々と倒していた。


『何なのあれは、あんな弓今まで見た事がないわ』


 アルマは恐る恐るナナシにそれは何ですかと聞いてみた。ナナシはこれはボーガンと言う弓だと教えてくれた。


 ボーガン、何処かで聞いたような気がした。確か古の昔に何処かの有名な冒険者が使ったと言う武器ではなかっただろうか。


 ただしその武器の形を知る者は今ではもう誰もいないと言われているはずだ。


では何故彼女がそれを持っていて使えるのか。全ては謎だった。


 そして楽々と40階層まで来てしまった。このダンジョンは60階層が最下層だと言われている。つまりたった二日で2/3まで来てしまった事になる。


 こんな事は過去あり得なかった事だ。一体この人は、いやこの人達は何者なのかとアルマは思っていた。


 今日はここまでにしようと言う事で、これまでの報酬としてアルマは信じられない額を貰った。


 流石にアルマもこれには辞退したが、キサメもナナシも当然の報酬だと言って押し付けて来た。有難さもあったが半面何処かに怖さもあった。


 こんな夢の様な話があっていいはずがない。いつかは夢から覚める様に消えて行くのではないかと思ったからだ。


 ただ現実問題としては嬉しかった。物凄く。実はアルマには病弱の弟がいる。両親は早くに亡くなってしまった。


 それ以降弟の面倒はアルマが見ていたが薬代等でいつも生活がカツカツだった。


 それでも例え自分は食べなくても弟には何か栄養のあるものをと全ての収入は弟に使っていた。


 だから今回の収入は夢であり、こんなに嬉しい事はなかった。これでやっと弟に滋養のある物を食べさせてやれると。


 またアルマとしても今までこの40階層まで来た事はなかった。


 これは初めての経験だ。だからこそその全ての過程を事細かにノートに書き記憶して行った。将来の為に。


 キサメがダンジョンで大進撃をしていると言う噂はギルドでも有名になっていた。


 それはまた逆にサポーター達の間ではアルマに対する嫉妬にもなっていた。


 何もアルマ一人に良い思いをさせる必要はないと何人かが陰謀を企んでいた。


 何と言ってもアルマの弱点は病弱な弟だ。この弟を人質に取ればアルマはどんな要求も聞くだろうと弟を誘拐してアルマを脅迫した。


 今後キサメからせしめる報酬は全て我々に渡せと言うものだった。さもなければ弟の命はないと。


 悔しいが弟の命が掛かっていると思えばアルマもこれには従うしかなかった。


 そしてアルマはキサメから貰う報酬の全てを彼らに渡していた。


そんな時新たな事実が分かった。それはこのダンジョンは60階層までだと思われていたが、実は80階層まであると言う事だった。


 それを発表したのはキサメだった。40階層まで潜ったAランク冒険者が言う事だからとギルドでもそれを信用する形になって来たが後はその証明がいる。


 そこでキサメは40階層以降は少し慎重に攻略しその詳細をアルマに取らせてその都度ギルドに報告させていた。


 それはつまりこの先の進行には時間がかかると言う事だった。その分誘拐犯達はもっと稼げると笑っていた。


報酬を誤魔化して少なめに犯人達に渡すと言う手もないではないが向こうはプロのサポーターだ。


 ギルドに持ち込まれた魔物の魔石からその値打ちを知りその報酬額を推測する事は簡単な事だった。だからアルマも誤魔化す事は出来なかった。


 その内犯人達の要求が高くなって来た。そうは言われても貰える額は決まっている。


 それ以上はどうする事も出来ないと言うと、言う通りにしないと弟を殺すぞと言われた。


 彼らの要求は適当な理由を付けて金が要るようになったのでもう少し値上げをしてもらえと言うものだった。


 しかし幾ら何でもそんな事は出来ないと言うと、それなら本当に弟を殺すぞと弟の服の一部を見せられた。


 どんなに良い人達でも弟の命には代えられないとアルマは崖の上から飛び降りる気持ちで値上げの交渉をしてみた。


 病気の弟がいて、その治療費にお金がかかるので取りあえず立替でいいから少し余分に報償を貰えないだろうかと言う話にした。


 始めはキサメもちょっと驚いた様だがそう言う理由があるなら仕方ないねと値上げをしてくれた。


 アルマは安堵したが果たしてこれで済むかどうかはわからなかった。欲に目のくらんだ連中はもっと過酷な要求を突き付けて来るかも知れない。


 でもその時はもう弟と一緒に行くしかないかなと思っていた。


 ナナシはアルマのそんな態度に疑問を持っていた。それで翌日はアルマ一人でサポーターをやってくれと頼んでナナシは休みを取った。


 キサメも少しおかしいなとは思っていたがナナシのやる事だ。きっと理由があるんだろうとこの提案を飲んだ。


 ナナシはこの前に文句を付けて来たサポーターの元締めを探し出して、アルマの家庭状況などについて聞いた。


 その結果、病弱な弟がいる事は本当だった。しかしそんな高価な薬代がいるのか。


 ボスはアルマの弟は医者なんかにはかかっていないと言った。そんな金はないと。ならあの金は何の金だ。


「なるほどな。ところで最近サポーターの中でろくに働きもしてなのに羽振りが良くなった者はいないか」

「いやー、そんな奴は」

「そうか、なら先ずはお前から死んでみるか」


 そう言ってナナシは再び威圧を与えた。今度は前よりも強く。正直そのボスは死にそうになっていた。


「話します、話しますから殺さないでください」


 どうやらこのボスも袖の下を貰っていた様だ。サポーターの仕事をサボっても何も言わないと言う約束で。


 その者達の名前と居場所、それとアルマの弟の居場所も聞き出した。


 先ずはアルマの弟の居場所に行ってみたが弟はいなかった。そこは見すぼらしいぼろ小屋の様な所だった。


 隙間風も入って来るだろう。こんな所でまともな看病など出来るはずがない。


 近所の人に聞いてみると4-5日前から姿を見ないと言っていた。それにあんな病弱な体で動けるはずがないとも言っていた。


 なるほどそれでは誘拐でもされてアルマは脅迫されていたと言う事か。本当に単純な事をする奴らだとナナシは思い、また怒ってもいた。


 ナナシは教えてもらったサポーター達の家を片っ端から探し、そして集まりうそうな所にも行ってみた。


 そうすると昼間っから仕事もせずに飲んだくれているサポーターが三人いた。


 こいつらは前にあのサポーターの集まりの所にいた奴らだなとナナシは思った。


「お前達はいい機嫌だな。そんなに儲かってるのか」

「なんだお前、何処かで見たか」

「もう忘れたたのか。わたしだ。Aランク冒険者キサメのサポーターだ」

「おおっ、そのサポーターがどうしたんだ」

「実、今日であのアルマと言うサポーターを首にした。何だか知らないが報酬を上げて欲しいなんて言い出したんでな。それでもうお払い箱だ。ではまたな」


 そう言ってナナシは出て行った。それを聞いたサポーター達は飛んでも無いことになったと仲間の所に飛んで行った。


 それこそあのお荷物を始末しないと面倒な事になると。


 予定通り単純な奴らだとナナシはその後を付けた。勿論隠形の術を使っているのでどんなに近づいても相手にはわからない。


 彼らは古びた民家に入って行った。そこには確かにアルマの弟が監禁されていた。獣人は彼しかいないので直ぐに分かった。


 中ではもう三人がいた。この六人が共謀して今回の計画を実行した様だ。


「おい大変だ。アルマの奴があのパーティーのサポーターを首になったそうだぞ」

「何だと、どう言う事だ」


「さっきあのキサメに付いてるサポーターが来てな、首を言い渡したと言ってたぞ」

「何、あのサポーターがだと。しかしどうして直接お前らに言いに来たんだ」

「えっ、ええっ」

「てめーら、騙されて後を付けられやがったな」


 ここまで証拠が揃えば隠れている必要もないだろうとナナシは姿を現した。


「おい、お前何処から現れた」

「観念するんだな、屑ども」

「馬鹿かてめーは。こっちには何人いると思ってやがる。6人だぞ。6人だ。てめえ一人で何が出来る。しかもサポーターの分際でよ」


 そう言った時にはその男の首は飛んでいた。一体どうして切られたのか。ナナシの手には何も握られてはいなかった。


 そしてその両隣りの男達の首も飛んだ。一体何がどうなってるのか誰にもわからなかった。


 一人が隣の部屋に監禁してあるアルマの弟の所に駆けて行った。どうせ脅すのだろうと行く前に残った二人の足に逃げられない様に指気弾を撃ち込んでおいた。


 弟の所に行った男は刃物を弟の首にあてがって武器を捨てろと叫んでいた。


 しかしナナシは武器など持っていないのに。


 次の瞬間にはその男の額に小さな穴が空いていた。それもナナシが指気弾で射抜いたのだ。


 ただし弟の意識は朦朧としていたので周りで何が起こってるのかも理解出来ないでいる様だった。


 それは丁度良い。弟を眠らせて額を打ち抜いた男を引きずって表の部屋に連れて来た。


 残った二人は震えて股間を濡らし、許しをかっていたがナナシは一切の容赦も言い訳も聞かなかった。その二人の首もまた飛んでいた。


 取りあえず隠蔽魔法でこの状態を覆い隠しておいた。


 そしてナナシはアルマの弟の所に行って、

「悪かったな怖い思いをさせて。お前の姉さんは無事だ」

「はい、僕はそれだけで嬉しいです」


 ナナシは気功法による治療を施し、その後で体力回復のポーションを与えた。


 アルマの弟の症状は栄養失調から風邪の病原菌に侵され肺炎になり慢性化した結果だろうとナナシは判断した。


 今回の処置で肺炎は回復するだろう。後は栄養のある物を食べていれば体力も回復するはずだ。


 アルマの弟を家まで送り届けて、整調薬を与え後これはお前の姉さんの取り分だと言って今まであいつらに搾取されていた分を弟に与えた。


「な、何ですか、こんな大金受け取れません」とアルマと同じような事を言っていたが、「これはお前にやる金ではない。アルマが働いて稼いだ正当な金だ。アルマの為に受け取って置け」と言ってナナシはアルマの家を出た。


 その後はさっきの民家に行って全てを灰にした。これで6人の消息は未来永劫わからない事になるだろう。


 あんな屑はこれでいいとナナシは思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る