第89話 シメの一人旅12・継承者とお家騒動

 翌日、やはりシメとナナシは町の外の森の中で向き合っていた。そこにはキサメとヨシア、そしカミルもいた。


「わたし達って本当に不便で不器用よね。こんな形でしか語り合えないなんて」

「確かに。それが私達の性みたいなものだからな」

「人はこう言うのを脳筋と言うんだけどね」

「その言葉、私も聞いた事がある」

「でしょうね」


 そして徐々に二人の圧が高まって行った。ナナシは魔圧がシメは気圧が。


 これがサポーターの魔圧か、そしてまたこれがEランクの気圧と言えるのか。


 キサメ、ヨシア、カミルの三人が共同で防御結界を張ったがそれでも粉々に砕けそうな圧だった。もはやこの圧だけで町の一つや二つ吹っ飛びそうだった。


 それから後はもはや人外の戦いだった。AランクやSランク、そんなレベルさえ遥かに超えていた。


 シメが使っていたのは純粋な波動拳だった。ゼロより継承した宗家波動拳だ。


 それに対してナナシは剣で応戦していた。ナナシが剣を使ったのを見たのはキサメですら数度しかなかった。


 しかし流石のナナシでもこの相手に素手では分が悪かった。いやそうではない。戦える方法は持っていた。


 しかしそれはこの相手には見せたくないと思っていた。だから剣技で戦ったがこのナナシの剣技はそれこそキサメの比ではなかった。正に達人中の達人の剣技だ。


 シメの波動拳に十分対応していた。これだけの実力を持った人間をシメは今まで見た事がなかった。


 シメの波動拳はヨシアの付け焼刃の波動拳とは格が違う。


 なのに何故剣で波動拳に対応で来たのか。それはナナシが魔力操作で剣に魔力を流していたからだ。それは正にゼロが使う気功剣と同種のものだった。


 だから物は拳対剣の戦いだが内容は波動拳対波動拳の戦いに等しかった。


 この世でこのレベルの波動拳の技が使える者はわずか四人。前は五人いたが一人がいなくなって今は四人だけだ。


 しかし100年の歴史がその存在すら忘却の彼方に追いやられてしまった者達もいた。


 その内の二人が今その技を使って戦っている。拳と剣が唸りを上げて竜巻を引き起こし、雷光すら伴って空気を引き裂いていた。


 周囲300メートルに近づいただけで体は消し飛ぶだろう。この中にはどんな魔物も入り込めない。


 Sランク、SSランクの魔物すら逃げ惑う鮮烈の嵐だった。


 拳は大地にクレーターを作り、剣の斬撃一つで地が割れる。まるで天地創造の世界が繰り広げられていた。


 一体誰がこんな事を人の身で出来ると考えただろうか。悪魔、いや魔王や天使ですら出来たかどうか。


 二人は嬉々として持てる全ての力を出していた。ここには止めに入る者もいなかった。


 いや、止めに入れる者など誰もいないだろう、ゼロを除いては。


 しかしこのままでは埒が明かない。後は最終奥義を出すしかないがそれは出せなかった。ナナシはここまでやれば十分だと思った。そして相手の力も分かった。それで十分だった。


「負けた、わたしの負けだ」

「何言ってるのあなた。まだ本気出してないでしょう」

「わたしの負けだ。それでいい。それともこの国を潰すつもりなのか」


「そう、そうですよシメさん。これ以上やったら本当に国が滅びますって。僕達だってまだ命は欲しいですからね。もう止めませんか」


「そうね、わたし少し熱くなり過ぎた様ね。こんな事初めてだわ。ごめんねカミル君」

「本当にその言葉、信用していいんですよね。そしてナナシさんも頼みますよ。この大陸を壊さないでくださいよね」

「わかってる。悪かった許せ」


 こうして二人の戦いは終わったが結果は有耶無耶になった。


 ただこの時シメは初めてハンナと会って戦った時の感覚を思い出していた。何であの人と同じなのと。


 ただここでキサメが元勇者だった事を知った。いや、今でも勇者かも知れないが聖教徒教会から刺客を送られた時点でキサメは自分で勇者を廃業していた。


 ヨシアとカミルは驚愕していた。では勇者を超えるこの二人は一体何者なのかと。


 ただナナシはそれでもまだ自分の素性は誰にも話さなかった。シメもまた色々と事情があるのだろうとそれ以上の事は聞かなかった。敵でなければそれでいいと。


 それはそれでいい。次はファーメル伯爵家の問題だ。シメはもし出来るなら協力して欲しいとナナシ達に頼んだ。


 そしてナナシ達はシメの要請を受けた。問題はどうやって奴隷達を助けるかだ。


 ただ単にファーメル伯爵家を潰すだけなら例え相手に8,000の兵がいてもこれだけの面子がいれば簡単だろう。


 それこそ過剰勢力だ。しかし奴隷達を守りながら戦い、脱出させるとなると難しい。そこをどうするかが問題だ。


 ただシメには一つの奇策があった。それを実行する為にヘッケン王国の「自警団カリヤ」のリーダーであるダニエルに念話で連絡を取った。


 確か「自警団カリヤ」には魔道具の転送機があったはずだ。


 かってあの大陸最大と言われたスタンピードを収める時に転送機を使ってヘッケン王国から中央モラン共和国に「自警団カリヤ」の軍勢を送り届けたんだから。


 シメは今回もそれを利用して奴隷達を逃がせばいいと考えていた。


 その為にはその転送機を送ってもらわなければならないのでそれをダニエルに頼んでみた。


 ダニエルは了解してその操作に長けた者と自警団30人を送ると言ってくれた。


 奴隷の数は前に調べた所30人程だった。この自警団の30人が奴隷の護送に回ってくれれば、後はこっちで自由に戦えると言うものだ。


 その計画をみんなに話して準備に入った。


 この町ミヒエルからファーメル伯爵家のあるゲルボーンと言う町までは馬車で5日かかる。


 なのでその時間を考慮して6日後に自警団とゲルボーンの町で会う事にした。


 着々とその計画は進んでいた。もし問題があるとすれば事が終わった時だ。


 何しろ王家の親戚筋の伯爵家と戦う事になるのだ。無事に済むかどうかはわからない。


 最悪はヘッケン王国と一戦交える事になるかも知れない。みんなはその事も承知で付いて来てくれると言う。頼もしい限りだ。


 今回30人の団員を率いて来たのは第四班の班長グンタだった。


「お久しぶりです、お師範様」

「あっ、グンタ君だったわよね。元気にしてた」

「はい、元気でやっておりましたが、師範のしごきがまた懐かしくなってきております」

「相変わらずあなたは口が上手ね」

「いえ、そう言う事は」

「いいのよ、また今度しごいてあげるから」

「はい、よろしくお願いいたします」


 ヨシアもカミルもこの展開には驚いていた。何故シメがヘッケン王国でも有名な「自警団カリヤ」のメンバーと親しげなのか。そして何故シメは師範と呼ばれているのか。


 そんな細々としたことは今は良いとして、先ずはみんなで計画の実行に取り掛かった。


 先ずシメとナナシが隠形の術を使って先行し地下の奴隷達の監禁場所に転送機を設置する。


 そして後は「自警団カリヤ」のメンバーによって奴隷達うを奪還しそこから安全な場所に護送する。その場所も既に確保してあった。


 地下にある色々な資料を悪事の証拠として集め、そしてまた奴隷自体が大きな証拠となるだろう。


 その後はファーメル伯爵家を正面から叩き潰す。それにあたるのはシメ達とナナシ達だ。


 この計画で今から実行する事にした。戦闘開始だ。


 「自警団カリヤ」のお陰で奴隷の救出は無事終わった。足枷さえ無くなれば思い存分暴れられると言うものだ。


 シメ達は後は小細工なしで真正面から攻め込んだ。正面の鉄条門を突破して。


 この程度の門などシメ達には何の障害にもならなかった。一気に吹き飛ばして中に雪崩れ込んだ。


 シメとナナシが第一陣でヨシアとキサメとカミルが第二陣として組んでいた。


 これはカミルが二人に付与魔法を掛けてやる事が出来るからだ。それだけではない今ではカミルは自分自身にも付与魔法を掛けて体の強化が出来る。


 こうして二人のバケモノと三人の最強戦士が攻めて来たんだ伯爵達に抵抗出来る手段などあろうはずがなかった。


 十数分も持ち堪える事が出来ずシメ達は伯爵の元まで辿り着いていた。


 伯爵は自分の身に何が起きているかも理解出来てはいなかっただろう。自分の目の前にシメ達が現れられて初めてそに事態が理解出来た様だ。


「き、貴様達は何者だ。ここを伯爵家と知っての狼藉か。ただでは済まぬぞ。即死刑じゃ」

「それは伯爵さん、あんたの方じゃないの。地下の奴隷は全員救助したわよ。もう覚悟するのね」

「何を戯けた事を申しておる。儂は王家に連なる者だぞ。貴様らに何が出来る。王家を、いや、この国を敵に回して戦う気か」


「それも面白いかも知れないわね。わたし一度やってみたかったのよね。国潰しって」

「き、貴様,狂っておるのか」

「まだあんた程じゃないわよ」


 伯爵を守る側近も魔法使いも全員倒されてしまって本当に伯爵一人になってしまった。


 それでもまだゴタゴタと言っていたが少し痛い目に合わせて束縛してここではどうにもならないので数々の悪事の証拠と共に身柄を王城まで転移して直訴した。


 王城では前代未聞の事で蜂の巣を突いた様になっていた。


 普通ならこれだけの悪事と証拠があれば即死罪だろうが何分相手は王の血筋の貴族だ。


 重鎮達もどう扱って良いものやら困惑していた。それよりも彼らに取っては一般市民が王族に手を掛けたと言う事の方が問題だった。


 このままでは権威が損なわれると面子の方が大事だったのだ。


 つまり伯爵の罪以上にこう言う暴挙の方が許されないと言う事だった。いつものくだらない権威主義だ。


 彼ら重鎮は逆にシメ達を貴族に対する反逆罪で罰しようとすらした。


「やっぱりそう来るの。本当にどうし様もない屑達ね」

「き、貴様今何と申した。我らを屑と申したな。不敬罪でそ奴を直ちに死刑にいたせ」


 彼らは一体誰を相手にしているのか知らなかった。


「わたしはこの国がここまで馬鹿で愚かだとは知らなかったわ。良いわ。わたしが纏めて相手してあげるわ」

「ほざくのも大概にいたせ。この国数十万の大軍を相手に何が出来ると申すのじゃ。この者を引っ立てい」


 その時風が吹き、その場に忽然と一人の男が現れた。


「困りますね、うちの師範に手を掛けてもらっては。我々と戦争をする気ですか」

「何者じゃ貴様は」


「申し遅れました。俺は『自警団カリヤ』の団長ダニエルと言います」


 その一言で場が騒めいた。そう言えばその一団だけで我が国の軍隊に匹敵するとさえ言われている一団だ。


 しかも向こうには「殲滅のヒューマン」と呼ばれる伝説の英雄もいると言う。


 そんなものを相手にして勝てるのか。いや、国が滅ぶとその場の全員の肝が冷えた。


「ま,待て、いや、待ってくだされダニエル殿。ここはもっと話し合おうではござらぬかダニエル殿」

「俺はあんた達の戯言を聞きに来た訳ではない。この悪事を犯した伯爵が王家に連なると言うのなら王の意見を聞かせて貰おうか。それ如何に寄っては俺達はあんたらの敵にもなるかも知れん」


 これには全員が息を呑んだ。そして遂に王が言葉を発した。


「申し訳ない事をした。これまでの非礼をお詫びしたい」と王が頭を下げた。


「王よ,その様な真似をされては」

「黙れ。貴様こそ口を慎め。非を詫びるに王も町人もない。あるは天の意志のみじゃ。シメ殿及び皆の者達、この度の働き王として心より感謝申し上げる。この通りじゃ」


 そして王は再び頭を下げた。こんな王は何処の国を探してもいないだろうと思われた。


 しかしこの王,ただ単に愚直と言うだけの王ではなかった。


 これまでのやり取りから家臣達の資質と伯爵に対する関係性を見極めていたとは誰も知らなかっただろう。流石は名君と言われただけの事はある。


 こうしてシメ達は無罪放免。その上王より報酬と感謝状とシメは王家特使のメダルを受け取った。


 このメダルは今後また不正を働く者がいたら王家に代わって対処しても良いと言うものだった。


 これもまた王の知恵。内々では澱みがちになるのでそれを外部の手を使って浄化させようと言う王の配慮と知恵だった。


 そして伯爵の処分はお家断絶の上伯爵は即死刑と決まった。しかしこの王は一族浪党の処刑処分まではしなかった。ただし身分剥奪の上所払いとした。


 これで全てがめでたしめでたしとなったがヨシアやカミル、それにナナシやキサメもシメが「自警団カリヤ」の武術師範だったとは知らなかった。通りで強い訳だ。

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