第87話 シメの一人旅10・Aランク試験当日
遂にヨシアのAランク試験の当日となった。
今日までキサメとは会わなかったがシメはその方が気が散らなくていいと思っていた。後は試験に全ての精神を傾ければいいと。
恐らくそれはキサメにしても同じだろう。キサメもまたヨシアをライバルとして見ていた。
確かに二人のジャンルは違う。ヨシアは魔法使いでキサメは剣士だ。だから二人が戦う事はないかも知れないが、Aランクともなると各個人の分野の能力だけではなく最近は総合能力を計ると言う意見もある。
そうなると例えジャンルが違っても戦う事があるかも知れないとキサメは思っていた。
その場合、果たしてあのヨシアに勝てるか。確かに彼女は魔法に才能のある女性だ。
しかし所詮は魔法使い。遠距離では強くても間合いさえ潰してしまえば勝てるとキサメは思っていた。
ただし世の中には例外もいる。魔法が使えて接近戦も途方もなく強いと言うバケモノが。それがナナシだった。
しかしそんな者は滅多にいないだろうとキサメは思っていた。まさにあのナナシは例外中の例外だ。
そしてキサメは魔法こそ使えないが魔法の潰し方はナナシから十分手ほどきを受けた。
だから魔法使いとも十分以上に戦えると思っていた。
先ずは筆記試験の後、各分野における能力試験があった。魔法使いは魔法使いの剣士は剣士の。
その中で上位8人が選ばれた。その8人の中から上位二人に絞られた。その二人がそれぞれの分野の代表と言う事になる。
ヨシアが最後に当たった魔法使いは土魔法を得意とする者だった。ただし彼女は三属性を操作する事が出来ると言う特殊系だった。普通は多くても二属性までだ。
そう言う意味ではヨシアもまた三属性を使える特殊系だった。
だから魔法合戦は双方の得意とする魔法の反対側の魔法を使って打ち消し合いの泥仕合になっていた。
ここまで来るとどちらの魔力が持つかの持続力勝負になってしまう。
しかし勝負はここで大きく動いた。もう相手にも打つ手はないだろうと思っていた土魔法使いの前にいたヨシアの姿が一瞬にして消えた。
そして気が付いた時には目の前にいて、腹に拳を当てがわれ場外まで弾き飛ばされていた。
本人は一体何をされたのか全く分からなかった。少なくともあれは魔法ではなかったと言う事だけが理解出来た。
しかしこれは縮地に似ているが縮地ではなかった。シメが教えた特殊な魔力の使い方だ。
そしてこの勝負ヨシアが勝利者となった。
その後その魔法分野の二人と剣士分野の二人の計四人で決勝戦を戦う事になった。先ずは四人での準決勝だ。
これはクジ引きなので魔法使い同士、または魔法使いと剣士の組み合わせと言う事もあり得る。
最初の組み合わせはヨシアと魔法剣士と言われる魔法と剣の両方を使う冒険者フリッツだった。
このフリッツ、流石はここまで勝ち上がって来ただけの事はある。魔法も剣技も素晴らしいものを持っていた。
ただ魔法に関してはまだヨシアに一日の長があった。相手の使える魔法は二属性までだ。しかし問題は剣に魔法を乗せられると言う点だろう。
要するに魔法剣として魔法を剣に乗せ乍ら剣技で攻撃出来ると言う点だった。これが魔法剣士の最大の強みだ。
魔法に気を取られていると剣でばっさりとやられてしまう。勿論剣の刃引きはしてあるがそれでもこのクラスだまともに当たったら怪我では済まないだろう。
しかしその為に優秀な治癒魔法師も用意してあるのだ、大抵の怪我は大丈夫だろう。
その利点はこのフリッツも心得ている様で果敢に魔法剣で攻めて来た。フリッツの利点は近間でも魔法が使えると言う点だ。
普通の魔法使いの様に距離を取る必要がない。勿論距離を取っての魔法攻撃も出来る。
その二方面作戦でフリッツは攻めて来た。実に厄介な相手だ。特に魔法使いに取っては。
そしてフリッツは自分の得意とする炎剣で炎を剣に纏わせファイアボールの様に炎を飛ばして攻撃して来た。
それをヨシアは防御魔法で防いでいた。フリッツはそのチャンスを待っていた。
フリッツはヨシアが防御にはいるこの瞬間を待っていて一気に間合いを詰めて斬りに来た。
しかしこの瞬間を待っていたのはヨシアもまた同じだった。
相手の剣を捌き拳を相手の胴に当てがっていた。これは魔法分野の決勝で使った技と同じだった。
どんな剣士も魔法使いがこんな攻撃に出て来るなんて予想すらしていない。そこに弱点があった。
ヨシアの打撃は前回と同じくフリッツを場外に叩き出した。これでヨシアの勝ちだ。
この時キサメのセコンドとしてキサメに付き添いこの試合を観戦していたナナシは「おや!」と思った。
あの技はもしかしたら寸勁ではないかと。
もしそうなら次の戦いはキサメに取って厳しいものになるかも知れないと。
しかしそれでもナナシにはキサメの勝利に確信を持っていた。次の準決勝の試合など眼中に無かったと言っても良いだろう。
キサメが準決勝で戦う相手はあのゲオルクだった。
この男もまた魔法剣士で魔法と剣の両方を使うが剣に魔法を纏わせるタイプの男ではなかった。
きっちりと魔法と剣を使い分けるタイプの冒険者だ。しかも強い。その豪快な戦い方でこれまでの相手を全て下して来た。
ゲオルクは笑っていた。これでキサメの面の皮を剥いで大した事のない実力を曝け出してやれると。余程キサメが憎いらしいのか。
ゲオルクは時々魔法を混ぜながらその剛力に任せてキサメを叩き潰しに来ていた。
しかしキサメはその攻撃の全てを交わしていた。まるで宙に舞う蝶の様に。
ゲオルクが力めば力むだけ剣が外れて行く。完全にキサメに翻弄されていた。
流石は元勇者と言うべきか。その力はまだ衰えてはいなかった。そして縮地を使ってあっさりと勝ってしまった。
ただこの時シメは前回戦った時はもしかしたらと思った程度だったが、今回はキサメの動きの中に明確な波動拳の動きを認識していた。
そして誰から習ったのかは知らないが面白いと思った。これはヨシアとの戦いが楽しみだと。
この時シメはアリーナから歩いて来るゲオルクに出会った。
「どうだった。キサメさんの実力は」
「うるせーな、俺をからかってるのか。俺が負けた事を知ってるくせによ。しかしどうして普通の剣士にあんな戦い方が出来るんだ」
「あなたの様な力任せの戦い方じゃ一生かかっても彼女には勝てないわよ」
「なに言ってやがる。戦いは力なんだよ。今回は俺の力が足りなかっただけだ」
「どうしようもない筋肉馬鹿ね」
「何だとてめぇ、力じゃなけりゃ何だと言うんだ」
「技よ。彼女は戦う為の技を極めたのよ」
「ふん、技で強い相手に勝てるかよ」
「だからあなたはだめなのよ。そんな事じゃうちのヨシアにも勝てないし、勿論わたしにも勝てないわね」
「寝言は寝てから言いやがれ。てめぇの様な魔力なしに俺が負ける訳がねーじゃねーか。例えおてんとう様が西から昇ったとしてもよ」
「じゃーやってみる」
「てめーまじで言ってるのか。死んでも知らねーぞ」
こうしてシメとゲオルクとの場外乱闘と言うか場外試合が始まった。
ゲオルクがどんなに攻めてもかわされいなされ、本当にシメには指一本触れる事は出来なかった。
転ばされ投げられ半分以上は地に這ってる時間の方が多くなっていた。
「クソ、クソ、何故だ。何故かすりもしねぇ」
そして遂にゲオルクが地面とキスをする形で倒され、シメは軽く足をゲオルクの背中に乗せていた。
それだけでゲオルクは1ミリも動けなくなっていた。
「このままもう少し力を入れたらあんたの背骨の2-3本が折れるんだけど、どう折って欲しい」
そう言ってシメは少し足に力を入れた。それだけでゲオルクは余りの痛さに息すら出来なくなっていた。
「わ、わかった、わかった。俺が悪かった。俺の負けだ。許してくれ」
こうしてゲオルクはまるで赤子の手を捻じる様に倒されてしまった。
少なくともAランク試験を受けようと言う男がだ。シメとこの男との実力差は一体どれ程あるのか。
「世の中には『柔よく剛を制す』と言う言葉があるのよ。少しはこの意味も考えておく事ね。ただし『剛よく柔を断つ』と言う言葉もあるから対で覚えておくといいわ」
そう言ってシメは去って行ったが、ゲオルクには何がどうなっているのか理解が及ばなかった。
魔力のないしかもEランクの女に俺は負けた。しかも指一本触れる事も出来ずに。
そんな馬鹿な事があっていいはずがないと思っていた。しかしこの感覚は何だと思った。
これはまさか俺があのキサメのサポーターに感じていた感覚と同じ感覚か。まさか、まさかな。
もしこれが事実だとしたらキサメにはちゃんとAランク相当の力があり、あのサポーターの女がさっきの女と同じように強過ぎるのか。
そんな馬鹿なと思いゲオルクは身震いした。そして何故あのEランクの女がヨシア達のリーダーをやっているのかが何となくわかったような気がした。
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