第43話 ダンジョンでの修練

 キサメはこのスタンピードの後、やっとこの不思議な冒険者とまともな話が出来た。


 何故キサメが『縮地』と『波動寸勁』と言う技の名前を知っているのかと聞かれ、ディーと言う冒険者から教えられたと答えた。


 そしてそのディーが言うにはそれらの技は実家の祖母より伝わる秘伝だと言う。


 その祖母は120年前に命の恩人よりこれらの技を伝授されたと言う話だった。


 120年前と聞いた冒険者は何かを探るように思案していた。


「あのーお願いがあるのです。貴方の使われた技も『縮地』と『波動寸勁』ですよね。虫のいい話かも知れませんがその技を教えてはいただけないでしょうか。何度も試しているのですがどうしても出来ないのです」

「何処まで知っている」

「はい、この技は魔法の技ではなく魔力を力として使うと言う事と瞑想して[相』の位置に立つと言う所までです。ですがそれがまだわからないのです」

「出来ないと言ったが剣での斬撃までは出来るんだな」

「はい、貴方の斬撃に比べれば微々たるものですが」

「わかった。明日この町のダンジョンの30階層まで来い。そこまで辿り着けたら教えてやる」


 そう言ってその冒険者は去って行った。


 キサメは一旦町へ戻ったが町では勝利の歓喜に沸き返っていた。


 無理もない。たった300人ほどの戦力であの大規模スタンピードを殲滅させたのだ。


 そこに今回の主役の一人が帰って来たのだ。キサメは町を上げて歓迎された。


 キサメは冒険者ギルドのギルドマスターに詳細を報告した。しかし最後までもう一人の冒険者の素性は知れずじまいだった。


 しかもその冒険者こそ大殊勲を上げて膨大な報酬を貰えるはずなのにそれすら受け取らずに消えてしまった。しかも名前すらわからないと言う。


 ただキサメに関しては町の英雄と称えられていた。しかしキサメとしてはそれは私じゃないと言いたかったが言える雰囲気ですらなかった。


 やがてキサメには「スタンピード殺し」と言う二つ名がついた。


 そして今回のスタンピードの原因を探る調査が行われたが余りにも不自然な部分が多かった。


 一番おかしいのは森では見ない魔物達が混ざっていた事だ。それらはダンジョン内で見られた魔物だと言う。


 普通ダンジョン内の魔物が外に出て来るにはそれなりの事がダンジョン内で起こるはずだがその傾向は全くなかった。


 あれは本当に自然発生的に起こった事だろうかと疑問に思う者さえいた。


 ただこの騒ぎの後だ。原因がはっきりし安全が確保されるまでダンジョンへの冒険は慎重に今はCランク以上に限定されていた。


 幸いキサメの今のランクはCだ。それにあの冒険者との約束もある。


 キサメはダンジョン調査も兼ねて単身でダンジョンに潜るとギルドマスターに伝えた。


 普通単身での冒険は危険過ぎると止める所だがキサメの実力を見せられたギルドマスターはそれを承認した。


 そしてキサメは単身ダンジョンに潜っていった。1

階層、2階層、そして5階層、10階層と。


 今のキサメにとってこの程度のダンジョンなど全く問題ではなかった。


 出て来る魔物にしてもダンジョンとしては比較的普通の魔物だったし、ダンジョン内におかしな所もなかった。


 ならあのスタンピードは一体何だったんだろうとキサメは思っていた。


 今このダンジョンは踏破者限定されているし流石にあのスタンピードの後だ。まだ誰しも命は惜しい。今このダンジョンに潜っているのはキサメ一人だった。


 現れて来る魔物も順調に倒しやっと29階層に辿り着いた。するとここはこれまでの階層とは少し違った。


 ダンジョンは階層によって風景や環境が変わる所がある。しかしここは少しおかしいとキサメは思った。


 周りの風景がと言う訳ではない。また魔物がおかしいと言う訳でもない。いや、魔物自体も急に強くなったと言うか魔物のランクの割には遥かに強い力を持っていた。


 一番おかしいと思ったのはこの息苦しさだ。空気がおかしい。特に毒が充満していると言うのでもない。


 今のキサメはあの毒矢で襲われて以来毒耐性を身に着けている。だから多少の毒でどうこうなる事はない。


 しかしここはそう言うのではない。磁場そのものがおかしかった。


 体が重くなり思うように動けない。全く動けないと言う事はない。意識して魔力で身体強化すれば何とか動けるがそれはキサメほどの魔力があればこそだ。


 普通のCランクの冒険者なら本当に動けなくなってしまうだろう。恐らくは1時間、いやもっと少ないかも知れない。


 一体これは何なのと思いながら遂に30階層に辿り着いた。


 そしてそこで魔物と戦っている冒険者を見つけた。しかもその相手は超Aランクと呼ばれるオーガキングだった。


 かってキサメも戦い殺されそうになった相手だ。そしてその戦っている冒険者はあの冒険者だった。


 冒険者もキサメの存在に気が付いた様で戦いそのものをキサメの方に誘導して来た。


 そしてその冒険者は言った。どうだここの空気はあの時のダンジョンと同じだとは思わないかと。


 確かにそうだ。あの時の「夢見のダンジョン」であの悪魔と出会った時と同じ空気感だった。


 これが魔界の空気だ。魔瘴気と言うらしい。そう冒険者は言った。


 そして今度はキサメにこのオーガキングを倒してみろと言った。


 そうか、これが試験なのかとキサメは思った。私は試されているのかと。


 あの時はこのオーガキングに手も足も出なかった。そんな事では『縮地』も『波動寸勁』も習うには値しないと言う事なのかと理解した。


 キサメは更に魔力を上げて身体を強化した。ここの魔瘴気に対抗する為に。


 そしてキサメは普段通りの動きが出来る事を確認してオーガキングに向かって行った。


 それはキサメに取っても楽な戦いではなかったが「腐っても鯛」流石は勇者だ。キサメ自身も進化していた。


 そして魔力剣の斬撃がオーガキングを真っ二つに切り裂いた。


 キサメが使ったのは魔法剣ではない。剣そのものは普通の剣だ。魔法などは剣に組み込まれてはいなかった。


 普通勇者が使うのは魔法剣だ。剣そのものに魔法が組み込まれておりその力で相手を倒す。


 魔力はあくまでその魔法剣の力を引き出すた為の起爆剤に過ぎなかった。


 しかしキサメのは違った。キサメ自身の持つ魔力を斬撃に変えて打ち出したのだ。それは魔法剣とは似て非なるもの。それこそが波動拳の基本だった。


 キサメは知らず知らずの内にそれを身に着けていた事になる。


 それを見抜いたからこそこの冒険者はキサメをこの階層に誘ったのだ。


 この階層は正に魔界そのものだ。ここで戦えなければ到底魔王討伐など夢のまた夢になる。そう言う事だった。


 そしてキサメはその試練に合格した事になる。そしてその冒険者は言った。


「いいだろう。お前に『縮地』と『波動寸勁』を教えてやろう」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る