第42話 スタンピードの消滅
ともかくキサメも冒険者ギルドに戻ってスタンピードの対策会議に参加していた。今回は緊急事態だ。町の存亡に関わる。
だから今回はランクを問わず参加の意思を持つ者は全て集められていた。
しかしそれでもあのスタンピードの数に対して300人は余りにも少な過ぎる。
しかもDランク以上が200人では正直焼石に水の感は否めない。しかしそれでもやるしかない。
そうしなければこの町も住人も本当に殲滅されてしまう。例え結果がそなるとしてもそれを座して眺めている訳にはいかないのだ。やるしかないと言う事だ。
冒険者達は大きく二つのグループに分けられた。第一部隊は魔法使い集団だ。そしてもうひとつが戦闘集団になる。
魔法集団が遠距離から魔法攻撃を仕掛けてその後戦闘集団が打って出ると言う作戦だ。
基本的にそれは正しい作戦だ。ただそれが上手く機能するかどうかはやってみなければわからない。
防壁は固く閉ざされ魔法使い達はその防壁の上や櫓に陣取り、戦闘集団は防壁の前で待ち構えていた。
ある意味背水の陣と言えなくもないが、もうこれしか手がないと誰もがそう思っていた。
キサメは今回は魔法使い達と同じく防壁の上に立ち戦況を眺めていた。
もう視線の向こうに魔物達の砂煙が見えていた。そう直ぐそこまで来ていると言う事だ。
冒険者達の緊張が更に高まる。それがアドレナリンの放出による戦意の高揚ならいいが、恐怖の為なら戦意の高揚には繋がらない。むしろ逆に作用する。
しかしこのような大規模のスタンピードを前にして恐怖するなと言う方が無理なのかも知れない。
キサメは自分ならあの魔物の集団に勝てるだろかと考えていた。いや、あの程度の魔物に勝てなくては魔王を倒す事は出来ないと考えていた。
キサメの索敵能力は最近更に精度を増してきていた。はっきりと魔物達の中央に4体の超Aランクの魔物とその周囲に散在する10体のBランクの魔物達の存在を確認していた。
しかしこの存在は正直厄介だ。これだけで町の一つや二つは軽く破壊出来る戦力だ。
軍隊規模でないと対応出来ないだろ。それも相当な数でしか。それをこの200や300でどうこうするなどどう考えても無理な話だ。
はやりここは私がやるしかないかと思っていた。しかも魔法使い達は緊張のあまり今にも魔法を発動しそうになっていた。
この距離で魔法を発動した所で届かないだろう。仮に届いたとしてもその威力は知れている。
その時だった。まるで頭の中に響く様な声で檄を飛ばした者がいた。
《魔法使い達はまだ魔法を打つな!距離があり過ぎる。心配するなお前達の魔法は確実に効果がある。その効果が最大に発揮されれまで我慢して押さえろ!》
《そして戦闘集団は鶴翼の陣を張れ。私の号令で左右から攻めよ。しかし深追いはするな。攻めたら引け。それを繰り返すぞ》
冒険者達は無意識のうちに「おーっ!」と答えていた。
この言葉で魔法使い達の緊張と不安がほぐれた。実に良いタイミングでその言葉が発された事になる。まるでこの場の指揮官のように。
魔物達は遂に防波堤の真近まで迫って来た。
《今だ、最大魔力で前衛の中心部に向かって魔法を撃て!》
その声で魔法使い達は一斉に魔法を放った。この距離での魔法は確かに効果があった。魔物達は前衛を潰され混乱が生じていた。
《今だ。戦闘部隊は左右から攻めよ!》
こうして魔法と剣による複合攻撃が始まった。魔法使い達には何時の間にかポーションが配られていた。
《そのポーションで魔力を養え。そして次の攻撃に備えよ》
これまた「おーっ!」と言う声が轟いた。
その複合と時間差攻撃が何度か続き魔物達の4割近くが消滅していた。これはこの数を考えると驚異的な成果だと言っていいだろ。
しかしそれでも冒険者達の疲労は隠せない。恐らくはここまでだろう。しかし良くやったと言うべきだろう。これだけの魔物を相手に。
そしてその時最後の声が届いた。
《全員防壁の中に入れ、絶対に魔物を中に入れるな。外は私が何とかする》
何とかすると言ったってたった一人で何が出来る。しかしこの時誰もが疑念を持たなかった。この人物なら何とかするんではないかとすら思っていた。例え淡い期待だとしても。
それだけこの人物は自分達の心を高揚させた。まるで最高の指揮官の様に。
キサメですら目を見張っていた。この状況でここまで的確に状況を判断し指揮を行える者がいるのかと。それこそ歴戦の兵の将の様に思われた。
何時の間にかキサメの横に立つ人物を見てキサメは驚いた。一体何時何処から現れのかと。
キサメにすらその気配を悟らせなかった。まるで無から現れた様に。
そしてその姿は正にあの時の冒険者、「夢見のダンジョン」の町の食堂で会い、ダンジョンの中で会ったあの冒険者だった。
「私は行く。お前は好きにしろ」
そう言ってその冒険者は身を翻し防壁の上から飛び降り魔物の群れに単身飛び込んで行った。
『どうする、私はどうしたらいいの。あはは、やっぱりやるしかないわよね』
そう言ってキサメもまた魔物の群れに突っ込んで行った。
それはまるで大きな嵐の中に巨大な竜巻が沸き起こった様なものだった。
大きな魔物の流れは今度は逆にその二つの竜巻に飲み込まれつつあった。
その冒険者に近づく物は片っ端から消滅して行った。手も触れていないのに。そしてその制空圏は3メートルから30メートルに広がって行った。
大きな流れの中に真空地帯が出来た様なものだ。
その冒険者は自分の周りに制空圏を築き、その中に入って来る魔物は尽く消滅していた。
片やササメは剣を抜き触れるもの全てを切り倒していた。しかしこれでは時間がかかり過ぎる。
かと言ってキサメに魔法は使えなかった。キサメは純然たる剣士であり戦闘士だった。
しかしそれならそれで対処の仕様はある。剣の斬撃を伸ばせばいい。しかしそれでも精々10メートルが限界だった。
キサメは強い、しかしそれは個に対する戦闘能力だ。集団戦闘向きではなかった。出来なくはないが個別撃破では時間がかかる。
あの冒険者はどうかと見てみると、そこには信じられない光景が展開されていた。
その冒険者も抜刀していたがその斬撃範囲は優に300メートルに及んでいた。
一撃で数十、数百の魔物が切り殺されてた。まさにバケモノだ。
あのダンジョンで見た力は本物だったと今思い知らされた。
それだけではない。剣を天に翳しそこから生まれた光は天空を介して魔物達の上に落雷となって超広範囲攻撃を可能にしていた。
一瞬にして数千に近い魔物が殲滅された。これはもうバケモノなんて代物ではない。
正に神か悪魔か。あれが魔王だと言われてもキサメは疑わなかっただろう。
数度のこの超広範囲攻撃で殆どの魔物は殲滅された。
それでも尚中心の4体の超Aランクの魔物達が辛うじて生き延びていた。やはり流石と言うべきか。
後は頂上決戦だ。その冒険者もまたキサメもその4体に向かって行った。
キサメも勇者と言われた身だ。それなりに自負がある。
「私はこっちの2体を受け持つから貴方はそっちの2体をお願い」
キサメは勝てると思っていた。いやこの程度の魔物を倒せなくては魔王には勝てない。
前回のダンジョンでは超Aランクの魔物達に苦戦した。しかしあれからキサメも修業した。
ビーからも指導を受けそして自分でも出来る限りの努力はしたつもりだ。もう二度とあの様な遅れは取らないと。
そして1体のAランクの魔物を倒した。その時だった、気がそれた瞬間を狙ってもう一体の魔物が長い爪でキサメを引き裂きに来ていた。
もう防御が間に合わない。これまでかと思った瞬間、何処から現れたのか例の冒険者が魔物の横に出現し片腕の拳を魔物に向けていた。
その拳から打ち出された波動により魔物は木っ端みじんに粉砕されてしまった。
その威力はディーの波動寸勁の比ではなかった。まさに桁違いだ。
しかしそれでもキサメはあれは波動寸勁だと思った。
その冒険者の後ろを見てみると2体の超Aランクの魔物はとうに討伐されていた。
やはりキサメが思た通りこの冒険者の実力は本物だった。しかも私達勇者よりも強いと思った。
「ありがとうございます。貴方にはまた助けられました」
「またとはどう言う意味だ。私はあんたを知らんが」
「いえ、『夢見のダンジョン』で特Aランクの魔物達とそれを召還した悪魔から救われました」
「ああ、あの時いたのか。しかし悪魔と言ってもあれはまだ小物だ。大した事はない」
「あ、あの悪魔がまだ小物だとおっしゃるのですか」
「そうだ。あれは精々が魔将クラスだろう。その上に魔界将と言うのがいる。それらの頂点に立つのが魔界将軍だ。その上に魔界を統括する4体の魔界四天王がいる。そしてそれら全ての頂点に立つのが魔王だ」
「ま、魔王。魔王とはそれ程のものなのですか」
「そうだな。私はまだその幹部達には会った事はないが」
そう言ってその冒険者はもう興味がなくなったかの様にその場を去ろうとしていた。
「ま、待ってください。この魔物の殆どを倒したのは貴方です。ギルドで報酬を受けないと」
「興味はない。欲しければお前が貰えばいいだろう」
そう言ってまたもやその冒険者はキサメに背を向けた。
「教えてください。私を助けてくれた時に使った貴方のあの技は『縮地』と『波動寸勁』ではなかったのですか」
「ん?何故その名を知っている」
この時初めてその冒険者はキサメに興味を示した。
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