第44話 ダンジョンキャンプ

 キサメとその冒険者はアグレンの町のダンジョンの30階層の中でトレーニングキャンプを始めた。


 これはもう滅茶苦茶な話だ。普通でさえ並みの冒険者では1時間も耐えられない磁場の中でキャンプを始めるなぞ自殺行為にも等しい。


 それこそいつどこからA級モンスターに襲われるともわからない中でだ。


 それでもその冒険者は平然とテントを張って野宿の準備をしていた。


 キサメはまさかこんな所で野宿をするとは思わなかったので何の準備もしていなかった。


 するとその冒険者は何処からともなくもう一組のテントを出してきた。恐らくストーレッジ・アイテムでも持っているのだろう。


 しかしそこで教えられた方法はビーから教わったものとほぼ同じものだった。つまりそれはこの冒険者もまた同じ系列に属する者と言う事なのだろうか。


 そしてそのテントの周りには4本の結界棒が立てられていた。それはビーもやっていた事だ。しかしそれはあくまで弱い魔物除けであってここに出て来る様な魔物には全く効果はない。


 しかしこの結界棒は違った。どんな魔法が施されているのか知らないがBランクあたりの魔物では突破出来ないと言う。


 ならAランクは?そんな大物なら遠くからでも分かるだろうとその冒険者は言った。確かにそうだ。


 そしてそこで10日間、キサメは徹底的に鍛えられた。ビーよりも100倍もきつかった。


 その時初めてキサメはその冒険者の名前を聞いた。本人は名前などどうでもいいと言っていたがやはりないと不便だ。


 そこでその冒険者は「ナナシ」だと答えた。なんとまぁいい加減な名前を言い出したものだがそれでもないよりはなしだ。少なくともそう呼べる。


 そしてまた気が付いたがようく観察してみるとこのナナシは女性の様だった。


 ボサボサ髪に余裕のある服装で体形がよくわからなかったがよく観察してみると自分と同じ女性だと言う事が分かった。


 しかし女性でこの強さとは本当にこの世界はどうなっているんだとキサメは思った。


 ディーにしてもそうだったし勇者吉村を倒したのも獣人の少女だったと聞いている。一体この世界の強弱の基準はどうなっているのか。


 そしてキサメもまたその仲間に近づいていた事は確かだ。


 恐らくこの階域に住む大物魔物は全て狩りつくしたのではないかと思うほど毎日が戦いの連続だった。


 そしてその中でキサメは『縮地』と『波動寸勁』を学んで行った。


 ナナシは言った。「余計な事は考えるな。体に覚えさせろ」と、また「結果は後でついてくる」とも言った。


 ビーには「魔法の技ではなく魔力を力として使うのだ」と言われた。つまりそれはこう言う事なのか。


 理屈を理屈で終わらせずに体に染み込ませる。理論を身体で体現する事。それが大事なんだとビーは言いたかったのかも知れない。


 そしてこの環境の中で瞑想をさせられてわかった事は、こんな所では浮世離れの「空」の世界に没頭している余裕はないと言う事だった。


 何時何処から魔物が襲ってくるかわからない。それも最高級の魔物が。


 ならどうすればいい?瞑想をしながら周りの状況も同時に感知しなければならない。そんな事が出来るか。無理だ。それは相反する行為だ。


 しかしナナシはそれをしろと言う。どうすればいい。キサメはまず周囲を意識した。それは当然の事だ。そうしなければいつ自分が殺されるか分かったものではない。


 しかしそれでは瞑想にはならない。ではどうすればいい。そうか、その感覚を自分の中に取り込めばいいのだはないだろうか。


 その感覚を自分の中に取り込んだまま瞑想に入った。それはかって経験のしたことのない瞑想だった。


 いや、それを瞑想と呼べるのかどうかもわからない。しかし何故か心が落ち着く。一種の無心になれた様に思う。


 そうか、これが「相」の瞑想なのか。つまりは自然と一体となる事。自然の一部となり自我を消す。しかして周りの全てを把握する。


 こんな瞑想があったのかとキサメは驚きと共に新たな境地に歓喜していた。


 その段階に達して初めてそこが波動拳の入口だとナナシは言った。


 それは現世で武術を修練したキサメに取っても初めての境地だった。こんなものがあったのかと。


 それからは波動拳の基礎練習が始まった。攻受を基本とする戦闘術だった。


 その一つ一つに魔力を力として体の各部位に流して強化する。そこにこの瞑想力が加わるとそれこそ驚異的な破壊力を生んだ。


 まるで自然界の力が全て自分に集まってくるように感じる。途方もない戦闘術があったものだと思った。


 これはもしかすると我々勇者が貰った神のギフトすら上回るかも知れない。なるほど私達では勝てない訳だと思った。


 しかしとキサメは思った。


「あのー少し聞いていいですか、この力って」

「どうやら気が付いた様だね。そうこの力はこの世界では神に反する力かも知れない」

「神様に反する力ですか。では悪魔の力ですか」

「それも違う。初めは私もそう思ったけどね、これは我々人類の英知と努力の力だよ。人族も獣人族も含めたね」

「人族も獣人族も含めた人類の英知の力・・・ですか」


 その後力をつけたキサメは更にダンジョンの深層に向かって突き進んでいった。


 正直波動の扉を開いたキサメに敵対出来る魔物はもうこの階層域にはいなかった。


そして32階層へ。


 そこは沼地だった。そして周りには原生林の様な植物が生え茂っていた。


 当然沼の水中からも強化された魚やワニの様な魔物は襲って来るし、木の枝からはヒルの様な魔物やクモ、蛇と言った魔物も襲って来る。


 しかしそれらを全く気にする事もなく殲滅しながらその沼地の水の上を歩いていた。二人は魔力場を使って。


 時々水の中から飛び出して来る大ムカデの様な魔物も二人の前に立ち上がるとそこで固まって動けなくなっていた。


 木の上からの魔物達も何一つ落ちては来ない。それだけ下を歩いている者達がどんなに危険な者かわかっていたのだろう。


 たまに間違って襲って来た魔物は一瞬でキサメに消滅させられていた。戦いにも何もなっていなかった。


 そして彼女達が33階層に辿り着いた時、魔質が変わった。いや更に強くなったと言うべきか。


「面白いな」

「そうですね、ここから先は別世界みたいですね」

「ダンジョンの中の魔界か、それは面白い」


 確か上級者で30階層以上に挑戦して帰って来た者は誰もいないとギルドの係員が言っていた。


 まぁ無理ないだろう。これではAランクでも難しい。それほどの魔瘴気だった。それは正に魔界と同じだ。


 普通の冒険者では30分も持たないだろう。


「大丈夫か」

「はい、これくらい問題ありません。行きましょうか」

「それでこそ修練のし甲斐があったと言うものだ」


 そしてナナシ達はダンジョン内の魔界に踏み込んだ。しかし何故こんな所に魔界がある。


 33階層、そこは草原の様な所だった。まだ比較的に動きやすい所だ。そこにいる魔物達も地上の魔物とは少し違った。


 恐らくは魔瘴気を受けて変化したんだろう。より歪になって力も増したようだ。


 早速オーガが現れたが、こいつの大きさは既にオーガキング並みだった。表の世界ならAからSランクと言った所か。


 こんな物が闊歩するようじゃ、どんな冒険者も生きては帰れない。


「おい、向こうの草原を見ろよ。久しぶりの冒険者だぞ。人間の女が二人かうまそうだな」

「しかしまぁここまで入って来れたんだ、それなりの冒険者なんだろうよ」

「なら俺達の餌にはうってつけだな」

「しかしあのオーガの奴。先に食っちまわねーか」

「そうだな、ちょっと様子を見てみるか、食われそうなら横取りすればいいけだ」

「そうだな」


 しかし勝負はあっさりとついてしまった。ナナシのパンチで爆死した。


「おいおい、まじかよ。本当にオーガを倒しやがったぞ」

「これは上玉じゃねーか、絶対に食わねーとな」


 喜び勇んで二体の悪魔はナナシ達の前に躍り出た。


「何ですかこの醜いバケモノ達は、ナナシさん」

「これが悪魔だ。まぁ小物だがな。お前は知ってるか」

「はい、この前『夢見のダンジョン』で見ました」

「そうか、大した事はなかっただろう」

「そ、そんな」


「おい人間、今何と言った。俺達を小物だと」

「そう言ったが悪いか」

「お前はまだ悪魔の恐ろしさを知らんようだな、それを今見せてやろう」


「まぁ待て、お前ら下位悪魔だろう。せめて中位悪魔くらいはいないのか。何なら上位悪魔でもいいんだが」

「舐めるなよ人間。お前らには俺達でさえ雲の上の存在なんだよ」

「あんな事言ってますが本当なんですかね。全然強い様には思えないんですが」

「ああ、口だけだ」

「貴様ら、死ね」


 一体の悪魔が牙と爪を立てて襲い掛かって来たが、ナナシの突き一つで体の中心部に大穴を空けてしまった。


「ば、馬鹿な、なんでだ」


 そう言ってその悪魔は死んだ。


「キサメお前もやってみろ」

「はい、ナナシ様」


 そう言った時にはキサメはもう一人の悪魔の目の前に迫っていた。


 そこから放たれた寸勁でこれまた悪魔の腹に大きな穴を空けていた。


「本当に悪魔って弱いんですね」

「そうだな」


 それはお前らがバケモノ過ぎるからだろうとは誰も言わなかった。


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