第39話 聖女の称号

 ゼロとシメは聖女と共に森に隠れた。ここなら例え騎士達を総動員して探したとしても見つかる事はないだろう。まさか誰も聖女が森で住んでるとは思わないだろう。


 今の世の中では人は森では住めない。そんな所に入ったら長くても三日で死ぬ。そう思われている時代だった。そしてまた本当に人はそれ位で死んでいた。


 それはつまり森で生活するノウハウを知らないからだ。それさえ知っていれば人間や獣人が森で生活する事は出来る。


 勿論森だから当然魔物に襲われるリスクはある。それをどう回避するのかもまたノウハウの一つだ。


 それさえ分かっていれば人間が森で生活する事も問題はない。そしてゼロはそうして生活して来たし、また多くの者達を指導しても来た。


 そう言う意味ではゼロは森のプロだ。


 とは言え聖女にはまだ出来ない事は多い。ゼロもそこまでは要求しなかった。そして森で手に入らない聖女に必要な物に関してはシメが町で買い揃えていた。


 町から森への出入りに関しては隠形の術を使っているので誰もシメの後を付ける事は出来ない。


 こうして城から姿を消した後の聖女の痕跡は完全に消えた。


「一体どうなっておるのだ。何故姉上の居所が分からぬ。本当に探しておるのか」


「はい、王子様、皆地を這いずり回る様にして探し回っておりますが未だにその痕跡すら掴む事が出来ません。それに何処に暮れていようと人は食べて行かなければなりません。ですので全ての飲食店や食べ物を提供する所には報告の義務を課しておりますが、未だに何処からも聖女様に食べ物を与えたと言う報告は入ってきておりません」


「それは誰か代理の者が買っていると言う事ではないのか」

「はい、それも考えまして全て監視しておりますがその報告も上がって来てはおりません」

「どうなっておるのだ。人間物を食わずに生きてはおれまい。まさかもう死んだのか」

「さーその様な報告もございません」


「ならどうなっておるのだ」

「考えられます事はだた一つ、森におられるのではないかと」

「なに森だと。それは不可能だろう。人が森で生きて行けるか」

「はい、しかしもし誰か協力者がいてその者がお世話しておるのなら可能性はなきにしもあらずかと」


「ふむ、森の協力者か。いいだろう、では森に捜索隊を出せ」

「御意」


 こうして大規模な聖女様捜索隊が組まれ森に入って行った。名目は失踪ではなく拉致監禁されている可能性があると言う事になっていた。


「ゼロさん、城の捜索隊がとうとうこの森に入って来ましたよ」

「みたいだな。やっとその可能性に気が付いたか」

「ゼロさんどうなるのです。やがてここも見つかると言う事でしょうか」


「それは無理だろう。彼等ではここを見つける事は出来ない。しかし鬱陶しい事には違いないので排除してやるか」

「排除と言ってもたったこれだけの人数ではどうする事も出来ないでしょう」


「人手は幾らでもあるさ。この森にはね」

「まさか、この森の魔物を使おうと言うのですか」

「そのまさかだ。一つ小規模なスタンピードでも起こしてやるか」

「出来るのですかそんな事が」

「大丈夫ですよ聖女様、このゼロさんなら簡単に出来ます」

「一体貴方達は何者なんですか」


 ゼロは適当なレベルの魔物達を扇動して捜索隊にぶつけた。これで捜索隊は大パニックに陥り死傷者も多く出た。


 この為に第二段の捜索隊の決行は見合わせられる事になった。それはそうだろう誰も死にたくはない。


 何故聖女様が城内で軟禁されていたか、その理由もわかった。


 やはりそれは腹違いの弟の仕業だった。聖女の地位を望んだ自分の姉を聖女の座に据える為に。では何故簡単に殺してしまわなかったのか。


 聖女と言う職業は死んだから次の者が直ぐに引き継げると言う様な簡単なものではない様だ。


 まず聖女としての才能が有りそれ相応の魔力を持ち光魔法が使える事が絶対条件だった。


 その上で教会の神の恵みを受け、教皇より引継ぎの儀式を受け、認可されなければならない仕組みになっていた。


 その前提として前任者からの譲渡の意思を受けなければならない。だから殺す訳には行かなかったのだ。


 ではどうして聖女からその譲渡の意思を受けるのか。勿論今の聖女にその意思はない。


 一つはその為の軟禁だったのだろうがそれだけではないだろう。こんな簡単な事でOKが貰えるなら誰も苦労はしない。きっともっと姑息な手を考えているに違いない。


 ただ聖女の話によると現王は今病に臥せっていると言う話だった。それで国の実権は今は代理で王子が握っているとか。


 こうなると王の病気と言うのも怪しくなる。何か毒物を盛られている可能性や、呪詛魔法の可能性もあるだろう。それ以外の方法も探せばあるかも知れない。


 なる程その辺りにからくりがありそうだ。一つ探ってみるかとゼロは思った。


 しかしマロエールさんは死んで尚、結構面倒な事に巻き込んでくれたもんだなとゼロは思っていた。


「それでゼロさん、私達はどれ位ここに隠れているのですか」

「そうだな、そんなに長くはないだろう。これから一つづつ片づけて来るので」

「一つづつですか。なる程マロエール様が推薦された方だけの事はありますね」


「どうして俺達の事を信用した。マロエールはもう50年も前に亡くなっているのに」

「あの方には予言の能力がおありだった様に私にも未来視の能力があるのです。細部までは見えませんがそこに貴方の顔が見えていました」

「なる程、厄介な二人だ」

「恐れ入ります。うふふふふ。そしてまた教皇様も私を煙たがっていましたね」

「なる程そう言う事か。なら今がチャンスだな」


「それはどう言う意味ですか」

「教皇は死んだよ」

「ま、まさかあの方が」

「どうした信じられないのか」

「はい、私はあの方は不死身だと思っておりました。正直もう何年生きておられるのかその年齢もわかりません」


「そうか、そう言うバケモノだったのか。その教皇を殺したのは俺だ」

「えっ、まさか、本当に貴方が教皇様を殺したと仰るのですか」

「そうだ。どうする、国を挙げて復讐するか」


「いえ、その様な事は。しかし不思議ですね。何故その事が教会から伝わって来ないのか」

「向こうには向こうの都合があるんだろう。いくら国王が病に臥せってるからと言って、独自で獣人国に宣戦布告したんだからな」

「ほ、ほんとうですか。本当に教皇様は獣人国に宣戦布告をなさったんですか」

「そうだ。そして負けた」


「まさか、それこそまさかです。教会には勇者様がおられるのですよ」

「その勇者の一人に勝ったのがここにいるシメだ。心配するな殺してはいない」

「そ、そんな。この方は勇者様よりも強いと仰るのですか」

「あいつ等はまだガキだ。修業が全然足りてないし生死と向き合う覚悟も出来てない。あれでは魔王は倒せんよ」


「貴方は一体何者なんですか、勇者様をその様に言えるなんて」

「このゼロさんは私の師匠です」

「勇者様を負かせた貴方のお師匠様だと言うのですか」

「そうです。私は接戦でしたがこのゼロさんなら苦も無く倒せるでしょう」

「そんな」


「それはいい。聖女さん、城の中の見取り図を描いて欲しいんだが。忍び込んであんたのお父さんの状況を調べて見る」

「わかりました」


 ゼロは聖女の城の中の見取り図を描いてもらいその日城に忍び込んだ。


 これもまた忍び込んだと言ってもゼロは城の中を堂々と歩いていた。


 いつもの様に隠形の術を使っているので誰にもに見つかる事はなかった。


 そして聖女に教えてもらった王の寝所に行って見ると確かに弱弱しい意識があった。


 まだ死んではいない。しかしこの分であまり持たないかも知れない。


 ゼロは中に入って先ず枕元を調べてみた。今は薬の時間ではないのだろう。薬は置いてなかった。では呪いの方はどうだ。


 ただゼロは魔法に関しては専門家ではない。しかし体の生体反応はわかる。意識センサーで調べてみるとやはり黒い思念の塊があった。


 そうか呪詛系の魔法も掛けられているのかと理解した。普通ならここまであからさまな掛け方はしないだろうが、今は息子の王子がこの城を支配していると言っても過言ではない。それなら多少は堂々とやれるだろう。


 では少し城の掃除をしてやるかとゼロはにやりと笑った。

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