第37話 神の御業

 遂にゼロ達は聖教徒法国の頂点教皇と対峙したが、彼に使う神の御業と言われる神の魔力波の前にはどの様な魔法も技も力も通用しなかった。


 流石のハンナもシメも今度ばかりは明るい未来が全然見えて来なかった。


 しかしゼロだけは何処か違う視点でこれを見ていた。


「イレギュラーのゼロよ、如何にお主と言えども今度ばかりはこの神の御業の前にはどうする事も出来まい。大人しくこの世から消えるがよい」


 確かにあれは危険な物だ。この世界の力ではどんな物でも対抗出来ない。では何故対抗出来ないのか。


 それはあれ自体がこの世の物ではないからだ。ならこちらもこの世の物でない物で対抗したらどうなる。


「いいだろう神よ。お前との最終戦を受けてやる。覚悟して掛かって来い」


 ゼロは教皇の正面に立ち体を半身にした。ハンナが使ったのと同じ波動拳最終奥義烈破を放とうとしていた。


 幾らそれが宗家の技だとしても烈破は烈破だ。あの御業の前では効かないものは効かないだろう。


 ゼロは右手の手首の上に左手を重ね、それから波動拳の体制に入った。


 ゼロの体は輝き金色の光を放っていた。そこから黄金の波動拳が放たれた。


 ハンナとシメは希望と絶望の狭間でそれを見ていた。当然教皇はこれで勝ったと思った事だろう。


 ゼロの光は教皇の杖の魔力波の光に中に吸い込まれて行った。何の破壊を行う事もなく。


 教皇はこれがお前の最後だと杖をゼロに向けた。その時だ虚空の彼方で何かが起こった。


 途方もない震動が全世界を駆け巡り、空気が震え天地が鳴動し、海がうねりこの世の最後の様相を呈していた。


 しかしそれはほんのつかの間の事だった。さっきの事がまるで嘘の様に世界は正常に戻った。


 しかし教皇の神の杖は木っ端みじんに砕け散っていた。もはや神の御業も何も使えなくなっていた。


 一体何が起こったのか。


 ゼロは烈破を教皇の神の杖の魔力波の中心に転送装置を使ってぶち込んだのだ。次元幕の向こう側にある神の国に向かってゼロの最高度の波動拳烈破を。


 その力は神のシステムを破壊した。神は急いで緊急修復をしなければならなかった。


 それがさっきの天変地異だ。


『あのバグめ、何て事をしてくれたのよ。これでまたこの修復にどれだけの時間がかかると思ってるのよ。数十年か数百年掛かるかも知れないじゃない。一体どうしてくれるのよ。私だって責任取らされちゃうじゃないのよ』


 杖を失った教皇は急に衰え、年老い、年齢数百年と思える状態になっていた。


 もはや立っている事も出来ず、崩れ落ちてそのまま体が崩れて塵となってしまった。元々あれは人だったのかどうかも怪しい。


 こうして一つの事に決着がついた。


 しかしそれは始まりでしかなかった。特にこの聖教徒法国に取っては。これから先国をどう運営して行くのか。


 神の御業もお告げも恩恵も消えた今。この国には何が残ったのか。


 しかしそんな事はゼロの知った事ではなかった。必要ならまた国を建て直せばいいだけの話だろう。ハンナ達がやった様に。


 本来ならこれは国と国との戦争に等しい。たとえ教皇の一存とは言え教皇はこの国の最高権力者だ。


 国王と同等の権力と権限を持つ者、その者が引き起こした戦争なら国の戦争と同じ事だ。


 それはこの聖教徒法国の敗北と言っても過言ではない。例えそこの国王の参加がなくとも。


 ただ今回だけは獣人国に一つの被害もなく、教皇と言うもう一方の最高権力者の死を持って、獣人国は終戦となすと言う見解を示した。


 そして教会と獣人国カールとの間で不可侵条約が交わされ、教会から獣人国に侵略行為に対する賠償金が支払われた。


 形こそ不可侵条約だがこれはかってゼロがガルゾフ共和国との間に結んだ不可侵条約に近い物だった。


 当然獣人国カールに有利な条約になっていた。しかし今の教会ではそれに文句の言える状態ではなかったので飲むしかなかった。


 勇者の処分は教皇の死と引き換えに恩赦で無罪と言う事になった。後彼らが何処で何をするのか、それは本人の問題だ。これもまたゼロの知った事ではなかった。


 ただ勇者達は別れ際に、

「あのーゼロさん、一つだけ教えてください。あの『神の聖戦士』と戦ったのはゼロさんだったんですか」

「ああ、そうだ。俺だ」

「でもあれは100年前の事だと聞いてます。では何故ゼロさんは今でもまだ生きているんですか。ゼロさんは仙人なんですか」


「面白い事を考えるな。まぁしかしこの世界では何でもありだからな。しかし俺は仙人じゃない。あの戦いで俺も傷ついた。だから回復するまで俺は100年間冬眠をしていた。そして最近目覚めたと言う訳だ」

「冬眠ですか。まるで熊ですね」

「まぁ、そんなもんだ。ではな、頑張って生きろ」

「はい、ありがとうございました」


 ハンナは今回の結末を国の首相や重鎮たちに報告すると言ってカール国へ引き上げて行った。 


 その後待っていたのはカロールだった。何か不機嫌そうだった。


「ねぇ、あんた。誰があんな滅茶苦茶な結界魔法掛けたのよ。あたしでも破れなかったじゃないのよ。そんなバケモノみたいな魔法使いがあの国にはいるの」

「さ、どうかな。俺に魔法の事はよくわからん」


「そうだ、お前は魔法に関しては無能だからな」

ガツン「痛いです。お師匠様、このヒューマンがまた」

「お黙り」

「はい、お師匠様」


「では六人の勇者の内二人が死んで、二人が出奔して行方不明。そして最後の二人は覚醒したと言う事でいいのよね」

「ああ、それでいい。そして聖教徒法国の教皇は死んだ。これであの国も生まれ変わるかも知れんな」

「わかったわ、あたしはこれから魔界に帰って魔王様に報告して来るわ。あんたはどうするの」

「俺はまた冒険者を続けるさ」

「相変わらずね。分かったわ、じゃーまたね」

「ああ」


 これで二つの厄介事が終わった。後はまたのんびりと冒険に出てみるかとゼロは思っていた。


「ゼロさん」

「おいおい、今度はお前かよ、シメ」

「シメじゃありませんよ。わたしを放り出しておいて一人で何処に行こうとしてるんですか。今度はそうは行きませんよ」

「はぁ、三つ目の厄介事があったか」


「三つ目の厄介事じゃないですよ。でもさっきのあの女の人バケモノですか。まるでハンナさんみたいでしたが」

「おまえにも分かったか、そうだな、もしかするとハンナよりも強いかも知れんな」

「そんなにですか。まぁ、あのちっちゃい子もあの年にしてはバケモノしてましたけどね、あははは」

「あれはただの馬鹿だ」


「そうそう子供で思い出しましたが、カールでレワン、ラーラ、エトムント、マルク、ラメニーと言う5人の子供達に会いましたよ。みんなゼロさんに会いたがってましたよ」

「そうか、あいつら元気にしてたか。そうだな、この旅が一段落したら一度会いに行ってやるか」

「ええ、そうしてやってください。きっと喜びますよ」

「そうだな」


 ゼロは最後に一か所訪れてみたい所があった。それはこの国ではB1地区にある教会だった。


 そこにはミレの叔母に当たるマロエールと言うシスターがいた。勿論100年も昔の話だ。もう生きてはいないだろうが誰か子孫がいるのかどうか知りたかった。


 その場所に行って見ると教会は今も現存していた。流石は教会の国だ。


 そこでゼロはまず寄付を先にしておいてそれからマロエールの事を聞いた。


 寄付を先にすると色々と物事がスムーズに行く。これは何処の国でも同じだ。何処とも現金なものだ


 するとマロエールの孫にあたる者がこの教会で働いているとの事だった。もし良ければと言う事で会わせてもらう事にした。


 彼女はすらっとした美人だった。何処となくマロエールの面影があった。名前をステルニーと言うそうだ。


「あのー私のおばあ様の事がお聞きになりたいとか」

「はい、俺の親父が昔お世話になったと言ってましたので」

「そうですか、それでご寄付まで。ありがとうございます」

「どういたしまして」


「そうですね、私のおばあ様は結構長生きでしたね。確か90歳まで生きられたのではないでしょうか」

「そうですか、そんなに。確かマロエール様には有名な姪御さんがおられましたよね」

「あっ、はい。ミレウ様ですね」

「確か護神教会騎士団の団長様だったとか」

「はい、その団長様におなりになるまでここで騎士の皆さんのご指導をなさっておられたそうですよ」

「そうですか、ご立派な方だったそうですね」


「はい、それはもう。何でも邪神様と戦いこの世の人々をお救いになられたとか。残念ながら邪神様と共にお亡くなりになったそうですが」

「そうですか、それは残念な事でしたね」


 やはりこの国の言い伝えは何処でも邪神と戦ったと言う事になっている様だ。


「お忙しい所ありがとうございました」

「いいえ、どういたしまして。あのー良ければお名前を聞かせてはいただけませんか」

「ゼロといいます。今は冒険者をやってます」

「ゼ、ゼロ様ですか。ちょ、ちょっと待ってください」


 そう言ってそのシスター、ステルニーは奥に走って言った。


 そしてしばらくして戻って来た手に何かを持っていた。


「あのーこれを受け取ってください」

「何ですかこれは」

「おばあ様の遺言書です」

「マロエール様の遺言書、どうしてそれを俺に」

「実はおばあ様は有名な予言者でもあったのです。そのおばあ様がこう予言なさっていたのです」


「おばあ様は私が死んだ後、55年したらゼロと名乗る人が訪ねて来るから、そうしたら必ずこれを渡して欲しいと私の母に託して亡くなられたそうです。今がその55年目なんです。そしてゼロと名乗る貴方が来られたのです。おばあ様の予言通りに。これを貴方様にお渡しするのが私の使命でした」


「そうですか、ありがとうございます。では確かに」

「あのー驚きになられないのですね。貴方もこの事を予測されていたのですか」

「いえ、予測ではありませんが、こう言う事があってもおかしくはないかなと思っていました」

「そうですか、私にはよくわかりませんが、確かにお渡しいたしましたので」

「はい、ありがとうございます。では失礼いたします」


「ゼロさん、何なんですかそれは」

「さー俺にもわからん」


 その手紙にはこの国の光魔法を使う聖女について書かれていた。ただ一言「聖女様をお救いください」と。


「どう言う意味ですか『聖女様をお救いください』とは」

「さーどう言う事だろうな。ともかく救いが必要な状況にあると言う事だろう」

「でもそれって今の事なんですが、それともそのマロエール様が生きておられた時の事なのか」

「一応相手は予言者だ。なら今の状況を言い当ててるんだろう」

「そうですか、ならその聖女様は今何処かに監禁されてるかも知れないって事ですよね」

「また、面倒な事に巻き込まれそうだな」

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