第36話 聖教徒法国の後始末

 一方聖教徒法国の本部教会、教皇の部屋では勇者達の魔力の激減を感じていた。


 まさかあの勇者達が負けるなどと言う事があっていいはずがない。あれだけの魔力を手に入れたのだ。あれなら確実に魔王すら葬れると考えていた。


 なのにあの獣人国にはあの勇者すら凌駕する何かがいると言うのか。それは一体何だ。


 まさかあのイレギュラーがあそこに現れたのではないだろうか。だとしても今の勇者ならあのイレギュラーにも勝てるはずだと信じていた。


 『それがどう言う事だこれは一体』


 ゼロばハンナにデコイの魔法を掛けさせて教会本部に入って行った。


 そしてゼロが最初にやった事は教会の神殿に行き、中央の台座に例の獣人の額から出て来た丸い魔道具を置いてみると少しづつ光り出した。


「これがどう言う事かわかるか」

「な、何ですかこれは」

「この球がここに反応してると言う事だ。つまりこの球はここで作られたと言う事だ」

「そ、そんな馬鹿な事が」

「ハルメルだったか、。あんたなら知ってるんじゃないのか」

「いや、わしは何も知らん。何も」


 その時一人の神父がこの神殿に入って来た。


「何事です。貴方達はここで何をやっているのですか」

「これはバルツ枢機卿様」


 デコイを解いてそこに現れたのは護神教会騎士団団長のハルメルだった。


「ハルメル殿、ここで何をなさっているのです。貴方は獣人国カールに出陣なさったのではなかったのですか」

「あんたがこの教会のNo2と言われるバルツ枢機卿か」

「貴方は誰です。この教会の者ではありませんね」

「ああ、俺は冒険者のゼロと言うものだ」

「ゼ、ゼロ、貴方がゼロ殿ですか」


「俺の事は知っているだろう。サザンから報告を受けているはずだ」

「はい、承知しております。そして貴方様が中央モラン人民共和国、王家の代理人である事も」


 この事を聞いて勇者もハルメルも驚いていた。ゼロは一介の冒険者だと思っていたのに中央モラン人民共和国の王家に繋がる者だとは考えても見なかった。


「しかし如何に中央モラン人民共和国、王家代理人と言えども断りもなく当教会内にお入りになるのは国際条約違反ではありませんか」

「普通ならそうかも知れんが、今日の俺の立場は立会人だ。お前達は今日獣人国カールに宣戦布告して攻め込んだな。そしてお前達は負けた。その責任の立会人だ」


「おかしな事を仰る。確かに我が国はカール国に宣戦布告を行いましたが、負けたと言う証拠は何処にあるのでございますか」

「それはお前の前にいるだろう。そのハルメルは今回の侵略の総指揮官だ。それがここに居ると言う事は負けた事に他なるまい」

「では勇者様方は、我々は勇者様お二人を差し向けました。あの方々が負けるはずがございませんでしょう」


「ハンナ、もういいぞ。全員のデコイを解いてやれ」

「はい、お師匠様」


 そこに現れたのは手枷を掛けられた勇者ふたりだった。


「勇者、長谷川様、黒澤様、これはどう言う事ですか」

「バルツ枢機卿様、申し訳ありません。負けました」

「何ですって、貴方方が負けたと仰るのですか」

「はい、僕達の力では及びませんでした」

「そんな事があっていいはずがありません。勇者が負けるなど、あれだけ覚醒させたのに」


「今、覚醒させたと言ったな、村の住民を獣人に殺させて勇者を覚醒させたのか」

「何の事でしょう。わたしは何も存じ上げません。それよりももっと大事な事がございます。貴方様が立会人だと仰るなら獣人国の当事者、代表の方は何処にいらっしゃるんでしょうか」

「目の前にいるではないか」

「この子供がどうかしましたか」


「ハンナ、元の姿に戻せ」

「はい、お師匠様」

「こいつは獣人国カールの英雄ハンナだ。名前位は聞いた事があるだろう。今回の責任者だ」

「英雄ハンナって、まさかあの「殲滅の魔女」。獣人国最強の魔法使いと言われた方ですか」

「その名は好かんがわしがハンナじゃ。首相の委任状も持っておるぞ。そちらの責任者教皇殿に会わせてもらおうか」

「そ、そんな、ちょっとお待ちください」


 流石のバルツ枢機卿もこれには驚いた。実力は獣人国カール第一の人物だ。今回の獣人国の遷都においてももっとも重要な責任を果たしたと言われている。


 もしこの人物に逆らったら勇者が頼りにならない今、再びこの国は戦火に見舞われるだろう。しかも向こう側にはあのゼロもいる。これはもはや絶体絶命だった。


 バルツ枢機卿の体からは冷や汗が噴出していた。また勇者達もハルケルも獣人国最強の人物と聞いて驚きまた納得もしていた。勝てない訳だと。


 その時突然声が響いた。


「バルツ、その様な神に綽名す者ども殲滅してしまえばよいではないか」

「きょ、教皇様、しかしそれでは国家間の問題に」

「死人に口なしじゃ、ここから出て行く者が一人もいなければ何もなかった事と同じじゃろう」


「おいおい、お前はそれでも神を崇める宗教国家の教皇かよ。それでは専制国家の暴君と同じじゃねーか」

「黙れイレギュラーめ、貴様がおるから神が安らかになれぬのじゃ。今日こそくたばってもらうぞ。あの『神の聖戦士』の敵討ちじゃ」

「お前らも懲りない奴らだな。何度しくじったら目が覚めるんだ」

「黙れ、お前は一度『神の聖戦士』に殺されておるのだ。今度こそ完全に葬ってくれるわ」


「ねぁ、長谷川君、あの『神の聖戦士』が戦ったのは邪神じゃなくてこのゼロさんだったと言うの」

「さーどうなのかね。だってあれは100年前の事なんだろう。じゃーどしてゼロさんが今でもまだ生きてるんだよ」

「さー、どうしてかしら」


「教皇よ、それではそちの国は今回の敗戦を受け入れぬと申すのじゃな」

「当然の事じゃ。今度こそ獣人の国など灰にしてやるわ」

「面白い事言う。灰になるのはどっちかの」


 教皇とハンナの間で意識の火花が飛び交っていた。普通に考えれば教皇に勝機はない。


 ハンナとは魔力量も腕も違う。しかし教皇にはまだ何か奥の手がある様に思えた。


「世の摂理を乱し、神に綽名す邪悪な者どもよ。無に帰るがよい」


 そう言って差し出された教皇の魔法の杖から光を放って渦巻き状の魔力波が飛び出して来た。


 それに飲み込まれそうになっていたハンナをゼロは縮地でかばい横に避けた。


 その後には大きな穴が空き何も残っていなかった。これは物体を破壊する様なものではなかった物体そのものを無と化してしまう魔力波だ。恐らくこれには一切の魔法は通じないだろう。


 ハンナはとっさに体を半身に構え最高の波動拳最終奥義烈破を放った。しかしこの技ですらあの神の魔力波の前では無に帰されてしまった。


 つまりあの力の前では全ての魔法も武技も何も通じないと言う事になる。


 流石は神の御業と言う事になるのか。これでは如何にゼロと言えどもどうしようもない様に思えた。


 遂にゼロ達の運もここで尽きるのか。


 しかしゼロはまた別の視点でこの力を見ていた。

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